表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/66

幕間 書店にて。

 




 side.古書店の主人










 この本屋を継いだのが私がとても若い時。

 まだ15になるかならないかの時だったわ。

 何十年も前に亡くなった祖父は本当に本が好きで、ゲテモノみたいな本から高尚な本まで国中から‥‥時には辺境伯領までこっそり行って外国の本まで取り寄せていた。そうして取り寄せて、1人で宝箱を開ける子どものように本を読んで、読み終わった本を書店に並べていた。

 そして、私に言うの。「この書店は私の楽園(パライソ)なのだよ。」と。

 パライソというのは昔あった楽園のことらしいわ。私は未だにそれをよくは知らない。この書店にそのパライソのことを説明した本はない。口伝でしか遺されていないものらしいから、祖父が亡くなった今は知る事も出来ない。


 さて。


 そんな祖父の楽園を私は祖父から遺産として受け取った。正直に言うと私は本に興味が無かったわ。それに私には少しこの店の店番にトラウマがあるのよ。

 この店はさっきも言った通り、ポピュラーな本だけじゃなくて珍しい本から海外の本まであるものだから、結構マニアな趣味を持つ変わった常連客が多かった。お城の本ばかり買う人、図鑑マニア、魔族とか獣人の解剖図を買う人もいたわ。‥‥そして、幼心にとても怖かった常連客がいた。


 若い青年だったと思う。


 一瞬見ただけで部屋に逃げてしまうぐらい怖い人だった。何というか‥‥今に死んでしまうと思うような怖さを抱えた人。祖父は何故か平気のようで、怖がる私をよくからかった。だけど、その人は本当に怖くて、毎週のようにやってくるその人から、店番を手伝っていた幼い私はよく店番を放って逃げた。やがて、店番も嫌になり、それがきっかけで書店とは疎遠になった。そして、とうとう祖父から遺産として受け取るまで私が書店に行くことは無かった。


 それでも私が書店を継いだのは、祖父のパライソが未だに大量の本を抱えていて、まだ品出し出来ていない本もあり、売らないとこのままカビ臭くなって、祖父に申し訳ないと思ったから。あと、私があれだけ怖がっていたあの常連客を含め‥‥私が帰ってくる頃には書店に客は誰一人いなかったから。王様の命令でどんな平民もその日暮らししか出来なくなるぐらいの重税が平民に課せられて、本なんていう娯楽まで皆、手につけられなくなった。‥‥それは苦しいこと。人間、少しでも娯楽がないと行き詰まってしまう。

 だから、私は店を開けた。自身で店番し、掃除もしつつ、誰かの支えになればいいと本を売る横で貸本屋を始め、安い値段で本が読めるようにした。

 すると、あの当時の常連客達は帰って来なかったけれど、街には愛されるようになった。


 それが何十年。


 私はおばあちゃんになってしまっていた。

 私の書店は貧しい子どもたちに文字を教える青空教室にもなりつつ、若い子から本の虫になってしまった人間まで、常連客はあの当時とは全く違った人に変わったけれど、書店は相変わらず本好きの人で溢れかえっていた。

 ‥‥私は亡くなった祖父と同じ年齢の自分に少しだけ寂しくなりながらも、その溢れかえる本好きの人の為に1冊1冊一つずつ集める日々を送っていた。税は厳しいけれど、未だに本に興味は無いけれど、沢山の人に囲まれた日々、穏やかな生活。とても幸せだった。


 だけど、そんなある日。


 突然のことだったわ。


 私の店に“あの怖い常連客”が来たの

 ‥‥あの時より若い姿だったからすぐに勘違いだと分かったけれど。

 確かにあの常連客にしか見えなかったの。


 ええ、ええ、信じられなかったわ。

 でも、一目見て勘違いしたの。あの人だって。あの時と同じ恐怖を感じたもの‥‥若しかしたらあの常連客の血縁かも知れない、それぐらいとてもよく似ていた。瓜二つとかそんなレベルじゃなかったわ。思わず、逃げ出そうと腰を浮かせたのだけど‥‥その店に入ってきた怖い常連客似のその人の後ろに‥‥とても可愛い女の子がいた。びっくりしたわ?どう見ても、彼の連れだったから、そっちに驚いて腰を浮かせたまま、動けなくなっちゃった。


「お兄様。」


 そう連れの子が常連客に似たその人のことを呼んでいたから、2人は兄妹なのだとすぐに分かった。随分、仲のいい兄妹なのね。何だかアヒルの子みたいに妹ちゃんがお兄さんの後をついて行くのだけど、あんなに怖い雰囲気してる人も明らかに邪険にしていないもの。

 お兄さんはやっぱりというか思った通りというか、祖父が買い込んだ本のコーナーに直行した。


 ‥‥そう言えば、私が知る、あの常連客がこの店でどんな本を買っていたか、私は知らないままだ。


 一方、妹ちゃんはお兄さんについて行っただけで、そのコーナーに最初こそ興味が無さそうだったけど、何か面白いものでも見つけたのか興味深げに本棚に手を伸ばして、1冊取り出して立ち読みし始めた。


 手に取ったのは‥‥レムナート叙事詩‥‥。


 ‥‥妹ちゃん。アナタ、結構頭が良いのね。

 レムナート叙事詩はフローレンスではなく、大昔、絶滅したというエルフ一族が口伝で伝えた神話譚を他の種族の民が紙に書き記したもの。だけど、その文字は今では使われていない古代の主流言語で読める人は殆どいない。読めたとしても未だに意味が分かっていない単語ばかりだ。祖父は読める方の人だったけど、それでも叙事詩を全部読了するまでに半年はかかった。

 ‥‥貴族の一部では高等教育の一貫として、おしえているところがあるって聞いた事があったけど、妹ちゃんがそうだったみたいね。あんなに小さいのに、じっと読み込んでいる。分からないならパラッと読んで、さっさと本棚に仕舞うような本だから。

「兄様。」

「‥‥。」

「これはどう読むんですか?」

「‥‥初まり。」

「ありがとうございます‥‥!」

 ‥‥凄くさらりとした会話だったけど、なるほどお兄さんから妹ちゃんは習っているのね。お兄さん、もしかしてマスターしているのかしら。お兄さんはお兄さんで本を何冊も選びながら、時々読み込んでいる妹ちゃんの方を見て、妹ちゃんが困っている時には訳を教えているもの。全部的確に。

 それより意外だったのは、あのお兄さん、怖いお兄さんだけど案外優しいのね。

 もっと感情がない、居るだけで恐怖を与えるような冷徹な人だと思ったのだけど。


 しばらくして、お兄さんとその妹ちゃんがレジに来た。


 レジに本を、妹ちゃんにはお金を預けて、お兄さんは店の外に出てしまった。外で待つつもりみたい。

 妹ちゃんは小さいのにお利口さんでお金をきっちり数えて払った。まだ歳も1桁だろうに、お金の計算が出来るって凄いわ。しかも、彼女が買った本は、さっきのレムナート叙事詩と、数百年くらい前に出された国語辞典。‥‥大人でも買わないわ。

「お嬢ちゃん。この本で良いの?お嬢ちゃんには難しい本だと思うのだけど。」

 思わず、私はそう言った。だって、無理してないかしら。年齢に合わなくて読めないんじゃないかしら?

 でも、妹ちゃんはそれに微笑み返した。

「大丈夫です。いつも読んでいる本も似たような本ですから。」

 いつも読んでいる本ねぇ‥‥。

「それにこういう本を早く読めるようになりたいんです。」

「?」

 そう言う妹ちゃんに私は首を傾げたけど、ふと、妹ちゃんの本の横、お兄さんが買った本を見て、納得した。

 お兄さんの本は全部異国の本だった。年代も言語もバラバラ、1000年前に出された本をそのまま写した本もある。はっきり言ってお兄さんはバイリンガルとかそんなレベルじゃない。多分、“どの時代の如何なる国の言葉さえ読めるんじゃないかしら”?本の内容はさておき、これだけバラバラだとお兄さんが如何に段違いに頭が良いか理解できた。

 そして、妹ちゃんのラインナップ‥‥多分、妹ちゃんはお兄さんと同じものを読んでみたいのね‥‥。

「いつか、読めると良いわね。」

「はい!」

 そう妹ちゃんは元気よく、返事した。すると、思い出した様に私に聞いてきた。


「あと、あのすみません。この辺りでカフェってありますか?」

「カフェ‥‥右通りの端にあるけど、どうしたの?」

「兄様がコーヒーを飲みたいと仰っていたので、探していたんです。」


 ‥‥そう言って、妹ちゃんは凄く幸せそうに花が満開になるように表情をほころばせた。‥‥貴方、お兄さん本当に大好きなのね。私には分からないけど、お兄さんが貴方に優しいのはこのちょっとの間でも分かったから、懐く理由は何となく分かる。


 ‥‥あの常連客を思い出す。怖くて怖くて堪らない人だったけど覚えている。彼はいつも独りでこの店に来ていた。あんなに怖い人なら、誰だって近づかないわ、とも思っていた。祖父があの常連客をどう思っていたか、分からないけれど、私は絶対に好きになれなかった。

 でも、今日来た、あの常連客そっくりのお兄さんは妹ちゃんと来た。少なくとも、そこがあの常連客と違う。



 ‥‥そう言えば、何となく雰囲気も常連客より柔らかい気がした。



 それはきっとこの目の前の彼女のおかげなのでしょうね。

 この子のお兄さんへの好意はどこまでも真っ直ぐで表裏が無いもの。それがお兄さんの怖い印象を中和してくれるのかもしれない。そして、同時に、お兄さんも彼女に優しくしているのかもしれないわ。

「‥‥またおいで。」

 あの常連客だったら、絶対に言わないようなセリフ。だけど、この妹ちゃんとあのお兄さんなら‥‥ずっとこの店にいてもいいと思ったの。お兄さんは怖いけど、妹ちゃんと一緒にいるところを見ると、いつまでも見ていたくなるようなほっこりとする気持ちになるから‥‥この兄妹がどうなるのか見たくなっちゃったのよね。

 妹ちゃんは笑顔で言った。

「はい、またお兄様と来ます‥‥!」



 それからその2人は度々2人きりで来るようになった。1年に1度とかそのくらいの頻度だけど、いつでも仲が良かった。そうして、いつの間にか私の店の常連客になっていた。妹ちゃんはどんどん綺麗になっていって、まるで魔法のようだったわ‥‥。お兄さんは背が更に高くなったかしら?残念だけど未だに怖くて顔をよく見れないのよね。話しかけられもしない。だから、私は未だきちんとお兄さんとも話したことないし、容姿もよく覚えてない。

 でも、妹ちゃん曰く。物凄く綺麗な人らしいから、今度は頑張って見てみようかしら。


 もう出会ってから8年。


 私は祖父よりだいぶ歳上になってしまったけれど、あと数年はもっと生きていたいわ。


 あの兄妹がどうなるのか、私はまだ見ていないもの。


 あれから妹ちゃんはもうお兄さんが買う本も辞典なしで読めるようになっていた。感想を言い合う2人を見ながら、私は思うのよね。


 今後もお幸せに、って。


 未来がどうなるかなんて知らないけれど、私は今日もやって来た2人を見ながら、そう思って願っている。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ