第24夜 王都郊外の屋敷
前回のあらすじ
主人公、王都へ行く。
2日間の船旅は結局、ずっと眠っていた。
兄様が魔法で何かしてくれたのかもしれない。寝ている間に船の揺れで気分が悪くなったり、寝苦しさで起きたりも無かった。凄く安眠だったのだ。久しぶりに寝れて、クマともすぐにお別れ出来たのは嬉しかった。
だけど、1回だけ寝ぼけてベッドサイドにいた兄様に「お膝貸してください。」って言ってしまったらしくて、起きたら兄様の膝枕に寝ていたことはびっくりしたな‥‥。アンナから私が寝ぼけて頼んだってことを聞いたんだけど、「お嬢様はきっと大物になりますよ。」って凄い遠い目をされちゃった。
でも、凄く嬉しかった。あの兄様の膝枕だよ?えへへ。
そんなことがありつつも私達は王都に着いた。
王都はなんというか、本当に中世の西洋の国々のごっちゃに混ぜたような町並みをしていた。全体的に灰色のレンガ作りの家が多くて、教会とか大きなオペラ座はステンドグラスとか彫刻とか大理石で外壁を着飾っていたけど、あとは殆ど似たような灰色の家が小さな路地だけを残して所狭しと並んでいた。
そんな王都の港は凄いもので、何十、何百という船や積荷が並び、魚やフローレンス各地の産品が様々な人々によって運び込まれていた。‥‥心做しか、男性が港に少ないのは若しかしたら徴兵されたからかもしれない。
「ようこそ、王都へ。御領主に‥‥姫様。」
下船から直ぐして、そんな声が聞こえて顔を上げるとそこにはボディガードらしき屈強な男の人を後ろに控えさせた若い男の人がいた。金髪に、サファイアみたいな深い色した青の瞳、そこに黒縁のメガネをかけて知的な印象のある人だった。
‥‥でも、私のことを姫様?って呼んだんだろ?気になるけど、今は聞けそうに無いな。ジュリオさんもだったけど、何なんだろう?
彼は兄様の前に行くと軽く頭を下げた。
「辺境伯領のジュリオより話は伺っています。アーズワース商会の者です。」
アーズワースと聞いて、アンナが目を見開いた。何でだろうと思って聞くとアンナが凄く引き攣った表情で私に小声で説明した。
「フローレンスで1番大きな商会です。1番大きな、というより、フローレンスの経済を牛耳っていると言って差し支えのない大商会です。」
凄い。じゃあ大商会の人自ら出迎えてくれたんだ。ジュリオさんの知り合いか取引相手か知らないけど人脈凄いな。
「若。」
ふと兄様が誰かの名前を呼ぶようにそう告げた。すると、目の前のメガネの男の人が反応した。
「はい、何でしょう?」
「馬車と宿泊する屋敷を。」
「ええ、分かってます。馬車は表に出してますよ、御領主。屋敷にはそこの姫様用に部屋を用意させていただいています。代金は払い済みですので、ご心配なく。」
この人は若って言うらしい。何となくお殿様の息子とか、ヤのつく職業の人を思い出すけど多分、関連は無いよね。多分。そしたら、その人の胸に名刺らしきものが見えた。‥‥次期会長って書いてある‥‥。‥‥え?嘘‥‥もしかしてもの凄くビッグな人に接待されてるの?あ、だから、もしかして若なのかな?
それより。
「姫様の部屋‥‥?」
それに若、次期会長さんはにこやかに告げた。
「着いてからのお楽しみということで。」
「?」
不安になって兄様を見上げるけど、兄様は相変わらず、寡黙だった。
港で借りた馬車に乗り、若さんとボディガードらしきその人に連れられて、王都の郊外に行く。
王都の郊外は家が少ない代わりに林と平原があり、麦畑が広がっていた。やっぱり戦争中だからかあまり麦畑が荒れているところが多かったけど収穫シーズンになったら、景色が全部黄金色になるのかな?MV撮影で麦畑に行ったことがあるけど、凄く綺麗だったんだよね。
そうして郊外の林に囲まれたところに、人気の無い二階建ての一軒家より1.5倍ぐらい大きなお屋敷が建っていた。ここが多分、泊まるところかな?
若さんがにこやかに私達に入るよう促した。
「さあさ、どうぞ。最近、クリーニングと改装を終えたばかりなので、特に不具合は無いかと思いますよ。」
お屋敷の中はその言葉通り、凄く綺麗だった。なんというかシンプルな綺麗さだった。焦げ茶色の柱に漆喰っぽい材質の白い壁で全部統一されてて華美なところは全く無く、何となく懐かしい、酷く落ち着く空間だった。
「姫様。」
「は。はい?」
やっぱり私こと姫様って呼ぶ‥‥。
「姫様の部屋は西側の角部屋です。‥‥ライ、姫様と侍女の方を案内しろ。」
「はっ。」
ボディガードらしき人はライというらしい。その人に連れられて、私とアンナは一旦、お兄様と若さんから離れた。
‥‥実は気になっているんだよね。着いてからのお楽しみと若さんは言って居たけどなんだろう?私の部屋に何があるんだろう?
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シヴァリエとアンナの姿が2階に向かい、その姿が見えなくなると、若と呼ばれたその人が深く溜息を吐き‥‥そして、先程まで浮かべていたにこやかな笑顔を一瞬で消し、そこにどこか胡散臭い不遜な表情を浮かべた。そうして、隣で無言のまま佇むその人に声をかけた。
「御領主‥‥いや、主。どういう風の吹き回しだ。」
先程までの敬語や人当たりの良さは無く、そこには何処か苛立ちの混じった厄介事に対する呆れがあった。
「‥‥何の事だ?」
だが、声をかけられた当人であるハルトは無表情のまま、彼の言葉に素知らぬ振りを装う。そんなハルトに構わず、若は続ける。
「このいきなりの来訪は何だ?こちらだって暇ではない。根回しはある程度済んでいたとはいえ、急な来訪など‥‥。魔女に言われなければ、俺は断った。」
その話は2人にしか通じない話だった。水面下で彼らが何をしているのか、ここにいる2人‥‥そして、若に付いているのだろうあの魔女しか分からなかった。
「‥‥。」
ハルトは相変わらず無言だった。若は確認するようにハルトに問う。
「宮殿にはいつ行くつもりだ?‥‥んで、どうせ“姫君を連れていくのだろう”?」
「明後日。」
「‥‥御悠長な予定を立てて下さり、光栄の極み。それならまだこちらも準備が出来るというもの。‥‥それでだが‥‥。」
そこで、若は実に残酷で心底、状況を面白がるような笑みを浮かべた。
「‥‥あの女傑が最近、心を砕いている相手に姫様を会わせても?」
それにハルトは小さく。
「許可しよう。」
そう告げた。
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どうしよう。びっくりして声も出ない。
隣にいるアンナも顔を真っ赤にして興奮していた。
角部屋の私の部屋は凄く可愛いお部屋だった。
実を言うと辺境伯領の家の私の部屋はシンプルなベッドと、無垢の木でできた机と椅子しかないのだけど、この部屋は比べることすら出来ないほど女の子なら大好きな部屋だった。
真っ白なレースのカーテンに覆われたガラス窓。白を基調とした机には金の金具が付いた棚があり、お花の彫物がしてあった。椅子も机とお揃いでお花が彫られていて、凄く可愛い。そして、三面鏡が着いたドレッサーには可愛い化粧品がずらりと並んで、香水だけでも五種類くらいある。そこのドレッサーの横にはアクセサリーボックスも置いてあって、百合のバレッタや、真珠のネックレスとかいっぱい入っていた。そして、クローゼットもこの部屋にはあって、そこにはワンピースやドレスがいっぱい入っていた。しかも、全部可愛い。ドレス丈が短かったらアイドル衣装になりそう。
でも、何より嬉しかったのは、天蓋付きベッド!
本当にお姫様が使うような天蓋付きベッドがそこにあった。クイーンサイズくらいかな?机と同じくお花の模様が柱とか天蓋に彫ってあって本当に素敵。
「‥‥喜んでいただけましたか?」
ライさんがそう私に聞く。
「はい!」
「それは良かったです。王都の生活で最低限必要なものだけしかございませんから、足りなかったらまたご連絡ください。」
ん?ちょっと待って、これが最低限ってどういうことかな?
「‥‥王都で暮らすには、あと50倍ぐらい衣装やアクセサリーや化粧品が必要なのですよ。」
‥‥王都って‥‥常識もスケールでかいんだね‥‥。
でも、私はまだ知らなかった。
この後、私は更に王都の常識に驚かされることになるのを。




