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第15夜 戦況、思考の転換点

前回のあらすじ


BOMB!!









爆発音の10分ほど前。







辺境伯領側、帝国との境界線が見える山林に作られた敵観察用の物見塔にて、領主であるハルトと、ハルトと部隊との連絡係を務めるグラスゴーは進行する帝国軍勢を観察していた。

「‥‥なんというか‥‥呆気を取られる程に芸が無いですね。」

グラスゴーは正直にそう感想を述べる。帝国の軍勢の兵の配置、陣形、将軍や指揮官の采配、全てに置いて今までの侵攻の仕方と代わりがない。マンネリ化した手口。確かに今まではそれで通って勝利もしてきたのだろう。しかも、この陣形は実に映える。歩兵部隊、騎兵隊と役割ごとにわかりやすく配列し、しかもその部隊一つ一つの人数が尋常ではない程多い。帝国の国力がよく分かる軍勢だった。とはいえ、2万の軍勢。その軍勢の人数にもグラスゴーはため息を吐いた。

「侵攻の仕方が今までと同じと言い、世界最大の国家である帝国なら百万の兵すら送れただろうに2万しか軍勢を送らない‥‥。舐められたものですね。」

つまり、2万で辺境伯領とフローレンスは落とせると彼らは思っているのだ。グラスゴーは知らないが、当初は1万しか送るつもりが無かったことを踏まえると、辺境伯領が、フローレンスが完全に舐められているほか無かった。

「‥‥ま、実際、城壁内の貴族達や兵士は緩みきって辺境伯領以外に戦争慣れした領地はありませんし、確かに2万でいいかもしれませんね、辺境伯領以外は。」

グラスゴーは自分達が舐められていることに納得が行かないようでそう不満を漏らした。そんな自身の使用人にハルトは表情一つ動かさない。彼は特にこの軍勢に対して何も思ってないかもしれない。そんなハルトを横目に見ながら、グラスゴーは先程から気になっていたことを口にした。

「ところで、何故、合図するまで前線に出るな、と?」

そうハルトはこの作戦の前に、私兵隊全員に自身が合図するまで前線に出るな、という指示を出した。しかし、このままだと帝国の軍勢の侵入を許してしまうことになる。すぐに守りに行きたいところだが、この寡黙な領主兼指揮官はたった一言。「吹き飛びたくなければ、指示を聞け。」という意味深な言葉だけを残して、口を閉ざしてしまった。

しかし、グラスゴーが改めて聞くと、ややあって重い口を開けた。

「‥‥兵力差は否めない。」

その言葉にグラスゴーは目を見開いた。グラスゴーはどうにも抜けていたようだが、この辺境伯領の兵力は集まって5千ほど。実に帝国の軍勢とは4倍以上差があった。しかも、この数年で集まった、言わば寄せ集め集団。更に、向こうの帝国はつい最近まで内戦をしていた為に、兵士のほとんどは戦慣れしているのもあり、一人ひとりの実力差も違う。

ハルトはそこを十二分に分かっていたのだ。

このままでは大敗を喫し、兵の殆どが死ぬのは目に見えている。ならば‥‥どうするか‥‥。

「‥‥向こうの“機動”を奪えばいい‥‥。」

そう言い、ハルトの紫の目が剣呑に光った瞬間だった。





ドオオオオオオンッッッッッ!!!!!!!!




大地を裂くような爆発音。

それが帝国側の領地で鳴り響き、大量の土砂と土埃とともに侵攻していた兵士や馬が空にその衝撃波によって舞い上がる。遠く離れたこちらでも彼らの悲鳴が聞こえた。

突然のことにグラスゴーは顎が外れる程に口を開いて驚いた。‥‥今、一体何が起こった?いや、起こったというか、爆発したというか‥‥。

「グラスゴー。」

「はい!?」

「合図。」

「は、はい!!」

グラスゴーは各部隊に反撃するよう伝える。伝えながら、あの爆発が自身の主人のものだと気づいて、さあっと青ざめる。

(もしや昨日帰りが遅かったのは‥‥。)

昨日、シヴァリエを連れて帰るまでにかなり時間をかけたように思う。何があって、何をしていたのかグラスゴーには聞く暇もなく未だに分からないが、おそらく彼がこれだけのことを準備する時間があるとすれば、その時間だけだ。

(昨夜のうちにはもうこの対策をしていたというのか‥‥。)

しかも、爆散したのは‥‥。

(歩兵部隊と騎兵隊‥‥!!これはもしや‥‥!)

グラスゴーが慌てて、自身の魔法で戦場を遠視した。







突然の爆発に帝国側の軍勢は大混乱に陥っていた。

魔法陣型の罠魔法が仕掛けてあるとは思わず、歩兵部隊と騎兵隊を中心に負傷者が大量に出たのだ。至る所から悲鳴や治療を求める声があがる。しかし、治療をしてくれる魔族は‥‥今、別の脅威に脅かされていた。

帝国領に潜んでいた私兵隊が軍の治療を担ってもいる魔法士部隊を爆発に前後して急襲してきたのである。魔法士は剣などの物理攻撃に弱い為に戦火の中では歩兵部隊や騎兵隊に混じりながら戦うのが一般的だが、帝国が見た目重視で部隊ごとに配列し、分離していたのが運の尽き。その部隊が機能を失い、負傷した今、彼らは矢面に立つしか無かった。投石部隊もまた味方の中に敵が混じっている現状に、不用意に投石出来ず、山林に隠れていた私兵隊の弓部隊に首や心臓を次々と貫かれた。


そう。


つまり。


本当に一瞬にして、帝国側が不利になったのだ。


2万の軍勢が5千の軍勢に負けるわけは無かった。しかし、たった1度の爆破によって崩れ去る。慢心と常習化が産んだ不利、それを崖の上から見ていたレーテンブルグ候は思わず唖然としていた。

「‥‥な、何故‥‥!?」

理解する前に理解を拒むようなこの状況、レーテンブルグ候は愕然と呆然と、騒然となる自身の軍勢を見た。

まだ残存している兵の方が、辺境伯領の私兵隊より多い実状と、部隊長を任せた実力ある彼らがまだ諦めていない事実がある故に、まだ勝負は分からないが歩兵部隊と騎兵隊という軍勢の主力であり、機動である部隊が戦闘不能になったのは痛い。生き残っている者が奮闘しているが、どうなるか‥‥。

レーテンブルグ候は歯噛みする。こうなっては人数でどうにかするしかない。部隊としての機能はゼロだが、個人ならば‥‥勝機がある。





そうレーテンブルグ候が思った直後。





「‥‥話をつけにいく。」

「はい?」

「後は任せた。」

「ん?ハルト様?え?もうですか!?」

物見塔から突如としてハルトが移動魔法を展開して出て行く。事前にそれをすることは伝えられていたグラスゴーだが、勝機すらどちらも掴んでいない最中に飛び出すとは思わなかった。

ふと、もしや、と頭を捻る。


(何か、さっきあったか?)


恐らく戦況の中で起こった何かの変化に早急に話をつけなければならないと踏んだのだろう。しかし、目視する分には何の変化もない。


そう“目視する分には”







レーテンブルグ候が各所に指示を飛ばしている中、皇子はそのアーモンド型の目を忙しなく動かしていた。しかし、動かしていても目の前を見ているわけでも、戦場を見ているわけでも無かった。

彼の目は常に世界を見ていた。

魔眼、千里眼を生まれつき持つ彼は、世界中の至る所、様々な場所をその場にいながらにして見る事が出来た。

帝国のみならず、獣人の国や、フローレンスの国内や世界の情勢、実状の隅々、市井の人々も異国の人々のその一人ひとりに至るまで彼は見ることができるため、実に彼は見た目に反して早熟した面があった。


だから、今回も来る前から分かっていたのだ。


自身の父が戦火の混乱の中で自身と要らない存在であるレーテンブルグ候を殺そうとしているなど。

自身の父であるナーバルは実を言うと魔眼を持つ実の子に激しい嫉妬を抱えていた。魔眼の為に早熟し可愛げが無かったのも理由だろう。だから、彼はずっと実の子を自身の手を汚さずに殺す機会が欲しかった。

戦争など実にその機会だろう。何かのタイミングで自身を敵陣に放り出せば、簡単に殺される。

実際、レーテンブルグ候と自身の後ろに控える兵士が軍勢に自身らを放り出すタイミングを見計らっている。

そうして死んだら、弔い合戦だなんだの理由をつけて、次の戦の理由にも活用できる。実に合理的でよく考えられたものだと思う。


しかし、死にたくはない。


それが正直だった。まだ生きていたい。まだ何も始まってない。事実、自身には魔眼はあっても魔法も剣も知らない無知だ。全てこれから身につけたい知識と経験が沢山ある。それらが揃えば、この目で見ている世界を実際に歩いてみたい。

未来の無い少年にはたくさんの夢と希望があった。

しかし、それを叶わせるには‥‥今、この危機を無知かつ無力なりに打破しなければならない。前日に逃亡しようとしたが叶わなかった。背後は自身の使用人のフリをした監視者がいる。状況はなかなかに困難であった。


しかも、更に悪いことに。


(目が‥‥僕の魔眼が‥‥“惹き付けられる”‥‥!)


この戦場についてから、自身の魔眼はいつもなら広く様々な場所を映すが、ある一点を見ようと皇子の意思に関係なく動く。先程からその魔眼の通りにそちらを見ないように瞳を忙しなく動かし別の場所を見ようと必死に抵抗しているが、惹き付ける力の方が強く、気力が持ちそうに無かった。

見たくは無い。

何故なら、それが“見たら終わり”、“存在を認識した時点で終わり”だと直感しているからである。しかし、魔眼は皇子の意思に反して、もうその存在に既に惹かれている。そうして皇子を自身と同じようにしようとしているのだ。

こわい。

見てしまったら、自分が壊れるような気がしてこわい。自分が知らない自分になってしまうようで、こわい。


だというのに。


(‥‥っ!?)

まだ幼子の皇子に魔眼をコントロールする術も、その魔眼を拒む術もない。

あるタイミングでそれを見てしまう。

自身の感情を、自身の人格を、自身の未来を変えてしまうような存在を。

そうして。

見てしまった後の後悔の無さを、呪いと言わず、魅了と言わず、洗脳と言わず何と言おう。


皇子から声は出なかった。


あれだけ抵抗していたというのに、むしろ、歓喜にも近い感情が彼の中を巡る。

その魔眼越しの視界に映るそれに現状も忘れて惚けてしまう。

(あれは‥‥あの子は‥‥。なんて‥‥!)


視界に映るは、白銀の髪、神秘的な色彩を放つ紫色の瞳、自分とは対照的な透き通った白い肌‥‥今は幼いが数年後には実に妖艶で優美な美少女になるだろう‥‥そんな少女。


魔眼が彼女を見たまま離さない。自身も自ずと彼女から視線を離さなかった。何て可愛い。何て惹かれる。何て‥‥こんなにも夢中になるんだろう‥‥!皇子は思わずほう、と熱い吐息を吐いた。思考が茹だち、理性は蕩け、本能が彼女を強烈に求める。幸いな事にも最悪な事にも‥‥それをおかしいと言う自身も他人もいない。皇子は既にその思考を完全に彼女に支配されていた。



こうして、実の父より死を望まれている帝国の第一皇子、シリウスは初恋というにも、一目惚れというにも、呪われ過ぎた恋情をこの時、強烈に抱き‥‥そして、人生を変えることになる。







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