夏の夕暮れ
ハチと伊織の、ある夏の日の夕暮れ
まだまだ暑いな……。
手でぱたぱたと仰ぐけど、なんとなく風を感じる程度で、こめかみを汗が伝っていく。
足元からは、日中よく温められたアスファルトの熱が伝わってくる。
「はぁ〜……」
帰ったらすぐに風呂入りたい。
もうすぐ9月だっていうのに、夕方になっても暑さが残っている。
ビルの影になって、陽が直接当たることはないけど。
それでも、密度の濃い空気は体にまとわりついて、不快感が増す。
そんな中、ときおり吹く風が、一瞬、蒸し暑さを忘れさせてくれる。
横断歩道を渡っている途中……。
ふと、右に目を向けると、雲が山吹色に染まっている。
「え?もうそんな時間?」
後ろから人が走って追い越していく。
あっ。
慌てて横断歩道を渡った。
角を曲がった瞬間、爽やかな風が吹いた気がした。
実際には吹いてないのかもしれないけど……。
でも、目に入ってきた光景に、涼しさを感じたんだ。
自分でも口元が緩んだのが分かって、思わず走り出す。
「ハチ、ただいま」
「あっ、いーくん、おかえり」
やっぱりハチの笑顔はいいな。
今まで暑くて、張り付いたTシャツが鬱陶しかったのに。
そんなの、すっかり忘れてた。
「庭の水やり?俺もやっていい?」
ハチからホースを受け取ると、ハンドルをギュッと握る。
一瞬、手が押し返される感じがしたと思ったら、勢いよく水が噴き出す。
「あっ、いーくん、上からふんわりとね」
「了解」
キラキラとした水が、庭の木や花に降っていく。
まるで、自分が雨を降らせてるみたいだ。
楽しくなって、あちこち水を撒く俺を、ハチは笑って見てた。
「いーくん、あっちはもう少しかな?」
「よし、任せろ」
地面の色が濃くなって、葉っぱにも水玉がキラッとしてる。
夏の夕暮れ、ハチとこんな時間を過ごすのもいいかもな。
「……え?」
空がピンク色に染まってた。
ビルも染まって、空気にまで色がついてるんじゃないかと思うほど。
でも、まだ、上だけが薄っすらと水色を残してる。
まるで、そこだけ日が暮れるのを嫌がってるみたいに。
「……綺麗だな」
「いーくん?」
「……え?あっ、ハチ……」
気づいたら、ホースを持ったまま固まっていた。
夕焼けって、時間を止める魔法でも使ってるのかもな。
普段なら、そんな物語のような恥ずかしいことは考えないのに。
今日だけは、不思議とそう思った。
「夕焼け、きれいだな」
「うん、そうだね」




