春、香るまで…
ハチと伊織のもとにやってきた、小さな春のお話です。
「あれ?いーくん、帰ってたんだね。おかえり」
買い物から帰ると、いーくんがリビングのソファーに寝そべっている。
何か見てるのかな?
「ただいま。ハチも、おかえり」
「うん、ただいま」
そのままキッチンへ行き、手早く買ってきたものを片付ける。
今の僕は、ちょっとだけ心が弾んでる、かな。
ガラス容器に水を入れ、リビングに持っていく。
「ハチ、なに持ってるの?」
「これ?さっきもらったんだよ」
テーブルの上にそっと置くと、横からいーくんが物珍しそうに覗き込んでくる。
買い物から帰る途中で、いつも庭の手入れをしてくれている庭師さんが球根をくれたこと。
どうやって育てるのか聞いたら、容器もくれたことなどをいーくんに説明していく。
「もう、芽が出てるんだね。なんの球根?」
「ヒヤシンスだって。何色が咲くのかはお楽しみ、らしいよ」
色んな角度から覗き込んでいるいーくんが面白くて、思わず笑ってしまった。
なんか懐かしい感じがするんだけど……。
あ、そうか。思い出した。
「いーくん、小学校でヒヤシンス育てたよね。覚えてない?」
隣で遠い目をしてる。これは覚えてないな。
「……なんか、育てたような?」
誤魔化すように隣で写真を撮りだしたいーくんがおかしくて、また笑ってしまう。
「ねぇ、ハチ。これ、毎日写真撮って観察するの、面白そうじゃない?」
いーくんが撮った写真を覗き込み……
「じゃあ……」
『day1』と指で書き込む。
「これで観察日記っぽくならない?」
「ハチ、それ最高」
二人で顔を見合わせ、ニコッと笑いあった。
なんだか、うちにだけ春が来たみたいだ。
ソファーの横にある出窓。ここなら日差しもあるし、ちょうどいいかな。
砂時計のような形をした容器は、午後の日差しを受けて光が柔らかく広がって、散らばる。
部屋の中に小さな陽だまりができたみたいだ。
「毎日観察するのが楽しみだな」
「花が咲くと、春の香りがするんだろうね」
春の香りか…。
あっという間なんだろうな。
でも、今は……。
この小さな春を、少しでも長く感じたいって思った。
ユズ自身、ヒヤシンスの球根を育て始めたので、ハチと伊織の二人にも同じことをしてもらいました(笑)




