12話:魔王対決①
雨は止み、要塞都市カンタベリーの中央管理センタービルの屋上に、皇スザクは屹立していた。
曇天の空は、未来の行き先を閉ざすかのように重く垂れ込め、不愉快なまでにその灰色の帳を広げている。だが、彼女の瞳には、その曇天を突き破る決意が宿っていた。
輝く未来の青空は、自らの手で切り開く――それが、彼女の不屈の信念だった。
彼女の視線の先には、世界を滅ぼす終焉存在『魔王リアス』と、彼女が制御する破壊兵器『魔星』が浮かんでいた。
土星を思わせる巨大な黒い円環機械は、禍々しい回転を続け、黒い粒子を撒き散らす。
ヘルリオンの声が、通信越しに響く。
『あの黒い粒子は反転物質ね。正義を悪に。聖なるものを魔に。そして、生者を死者へ。有を無に』
「死にますね」
皇スザクの声は、淡々と、しかしその奥に燃えるような決意を湛える。
『死ぬわ。時間との勝負ね。死ぬまでに魔王と魔星を破壊してほしい』
技研の技術で強化された騎士甲冑が、彼女の身体を包む。白亜の翼には鋼の装甲が装着され、可動域を犠牲にした代わりに防御力が飛躍的に高まっていた。
甲冑の継ぎ目から微かに漏れる光は、彼女の内に秘めた神秘の脈動を思わせる。
『調子はどう?』
ヘルリオンの声に、皇スザクは即座に応じる。
「万全です。視界もクリア」
『そう。なら予定通り作戦を開始するわ。通信を個人通信から広域通信へ切り替える。頼むわ、聖騎士」
「拝命した、勇者』
「カウント5、4、3、2、1――」
中央管理センタービルの内部で、ヘルリオンが制御端末を操作する。彼女の指が鍵盤を叩くリズムは、戦場の鼓動を刻むようだ。 要塞都市カンタベリーは、ヘルリオン一人で設計し、建築し、世界の終焉存在に立ち向かうために最適化された要塞だ。その機能を最大限に発揮させ、全自治区の端末、全ての生徒のデバイスへのハッキングを開始する。
「0。広域通信へ切り替え!」
皇スザクは大きく息を吸い、呼吸を整える。彼女の声は、広域通信を通じて、カンタベリーの全ての生徒に届く。
「私はセイント総合学園の皇スザクです。そして、技研のヘルリオンと共に、世界を滅ぼそうとする魔王を破壊する為に特攻を仕掛けます」
作戦はシンプルだ。広域通信で状況を全ての生徒に通達する。皇スザクとヘルリオンが敗れた場合、残された者たちが混乱の中で一方的に滅ぼされないよう、情報を共有する。
それが、先発となる彼女たちの責任だった。
「あれらは世界を滅ぼす魔星。魔王とその魔星。破壊しないと未来はありません」
セイント総合学園からの増援は、恐らく間に合わない。皇スザクはそれを承知していた。
要塞都市カンタベリーの火力支援を背に、彼女は単騎で特攻する。魔星を破壊し、魔王リアスを滅ぼす。それが、彼女に課された使命だ。
『魔星』――リアスの背後に浮かぶ黒い土星は、黒い粒子によって世界を蝕む。その速度は緩やかだが、魔王や魔星を討滅したとしても、地表に生物が生きられる世界が残らなければ、勝利の意味は失われる。
自然災害が多発する世界はエネルギー量こそ多いかもしれないが、人が住む上では論外だ。
「私は多くの人を傷つけ、踏み潰し、涙を流させました。敵も味方も、思想や選択こそ違えど、抱いた想いを否定してはいけない。それを理解した上で、自らの目的を邪魔をする者達を轢殺し、蔑んだ」
皇スザクの甲冑から火花が散る。それは、彼女の内に秘めた情熱の発露であり、人間でありながら生徒の限界を超えた性能を誇る存在の証明だった。
彼女の声は、まるで戦場の中心で神話を紡ぐかのように響く。
「この世の涙と嘆きと悲しみがあります。しかしその全てを私が背負い、希望で笑顔溢れる明日を創るべく、この命を燃やします」
この世界の生徒は、誰もが『神秘』を保有している。
それは、ゲームで例えるならレベルやHP、攻撃力、会心率、治癒、スキルといった要素に比肩する。経験と戦いを通じて錬磨された皇スザクの性能は、生徒の限界値まで高められていた。
「私は世界を守るべく戦います。我が担い手たるヒカリに捧げます」
彼女の神秘は、ガンマレイ――収束性に特化した光の波動。スナイパーライフルを通じて放たれるそれは、闇を滅する聖槍となる。
「類創せよ。浮かぶ星々を繋ぎ天座を兆す」
詠唱が紡がれる。
その言葉は、彼女の全能力を十全に発揮するための鍵であり、出力を基準値から発動値へと劇的に跳ね上げる。
覚醒の序説を唱えた瞬間、皇スザクの神秘が爆発と共に煌めいた。
甲冑が光を放ち、白亜の翼が輝きを増す。
スナイパーライフルから放たれるのは、闇を貫く光の聖槍――ガンマレイの極光だ。
「……光」
聖槍が放たれる。その光は天を裂く流星の如く、魔星と魔王リアスへ向けて突き進む。だが、リアスの紅い瞳が、ちらりとその光を捉える。
次の瞬間、光の聖槍は掻き消えた。
反転現象。
リアスの神秘が、力を無力化し、勝利を無意味化し、光を否定する。黒い粒子が空気を満たし、皇スザクの光を飲み込む。
それは、弱者が強者を一方的に蹂躙する魔王の力だ。 そして、リアスの小さな手が握る巨大なレールガン――『滅亡剣スーパーノヴァ』。
それは、勇者の聖剣として扱われるはずだった力が、魔王の手に落ち、破壊の具現と化したものだ。
滅亡剣ともいうべきレールガンが唸り、黒い流星が放たれる。 漆黒の弾丸は、第二射を準備していた皇スザクの身体を撃ち抜いた。
「――っ!」
黒い弾丸は、彼女の甲冑を貫き、身体を侵食する。反転物質が、彼女の存在を損壊させ、血と光を奪っていく。皇スザクの膝が折れ、翼が震える。だが、彼女の瞳はなおも燃えていた。
『皇スザク!』
ヘルリオンの声が、通信越しに響く。彼女の言葉は、まるで魂に直接突き刺さる。
「遠距離戦は不利か。ならば」
皇スザクは歯を食いしばり、力を振り絞る。甲冑から火花が散り、翼が再び輝きを放つ。彼女はスナイパーライフルを構え直し、ガンマレイを再び収束させる。だが、リアスのレールガンが再び唸る。
黒い流星が、彼女の身体を再び貫く。
血が飛び散り、甲冑が砕ける音が戦場に響く。
「ヘルリオン! ミサイル!」
『了解』
そびえ立つ灰色の塔々からは、無数の砲口が火を噴き、曇天切り裂く轟音が響き渡った。
魔王リアスは、技研の制服を翻し、冷ややかな微笑を浮かべて虚空に浮かぶ。その背後には『魔星』、黒い土星を思わせる巨大な機械の塊が、不気味な赤い光を放ちながら低く唸る。
カンタベリーの攻撃は一斉に始まった。まず、城壁の基部に据えられた超重電磁砲が、雷鳴のような衝撃音とともにプラズマの奔流を放つ。
青白い光の帯が空を裂き、リアスと『魔星』に向かって一直線に突き進む。だが、リアスは片手を軽く振るだけで、黒い粒子を展開。プラズマは黒い粒子に飲み込まれ、まるで存在しなかったかのように消滅する。
「無駄ですよ」
とリアスが嘲笑うその瞬間、第二波が襲い掛かる。無数のミサイルが、尾を引く炎を纏いながら弧を描いて飛来する。誘導ミサイル、クラスター弾、EMP弾――それぞれが異なる軌道で、まるで生き物のように目標を追う。
ミサイルの群れは空を埋め尽くし、爆音と閃光が連続する。『魔星』の表面から突如、無数の細い機械からレーザーが伸び、ミサイルを次々に撃ち落とす。
爆発の火球が夜空を赤く染め、破片が雨のように降り注ぐ。
カンタベリーは怯まない。
城壁の頂上から、巨大なレーザー砲が起動する。深紅の光が収束し、一瞬の静寂の後、太い光柱がリアスを直撃する。光は彼女の黒のバリアを貫こうと激しく火花を散らすが、リアスは動じず、逆にその光を吸収するかのように黒い粒子をさらに濃くする。
『魔星』は回転を加速させ、表面のリングから無数の小型ドローンが放たれる。それぞれが自爆機能を備え、カンタベリーの砲台を狙って突進する。
都市の防空システムが反応し、ガトリング砲が唸りを上げてドローンを粉砕するが、数機が砲台に到達し、爆発とともに火柱が上がる。
カンタベリーの無人戦闘機が編隊を組み、魔星の周囲を旋回しながら小型レールガンを連射。弾丸は音速を超え、魔星の装甲に無数の火花を刻むが、深くは抉れない。
リアスは静かに手を掲げ、黒い粒子を放つ。その波は戦闘機を一瞬で飲み込み、機体を消滅させる。
ヘルリオンは歯噛みするが、要塞都市カンタベリーとしての最後の切り札を投入する。地平線を揺らすほどの震動とともに、地下から巨大な粒子加速砲が姿を現す。膨大なエネルギーが収束し、純白の光が魔星を直撃。
衝撃波が大気を焼き、空間そのものが歪む。魔星のリングが一部砕け、黒い破片が四散した。
「…………」
魔王リアス、一瞬の動揺。
その瞬間、皇スザクは背後より最大出力の零距離射撃を行った。
要塞都市カンタベリーの全力攻撃は全て囮。皇スザクが魔王リアスまで近づくまでの目眩ましと時間稼ぎだったのだ。
「世界は、必ず守る」
雄々しく皇スザクは断言する。




