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13話:閲覧

 静謐なティールームに、紅茶とコーヒーの香りが漂う。

 セイント総合学園の資金と伝手で調達された高級な茶葉と豆は、ヒカリと影の手元の磁器に注がれ、繊細な湯気を立ち上らせている。


 ヒカリは紅茶を、影はコーヒーを口に運びながら、窓の外で繰り広げられる要塞都市カンタベリーと魔王リアス、魔星の戦闘を遠く見つめる。爆音と閃光が夜を切り裂く中、室内は不思議な静けさに包まれている。


 影の声は、まるで老練な賢者のように穏やかだ。


「平和ね」

「あの人が守ってますから。魔王リアスと、その兵器である魔星。確かに恐ろしい相手です。全てを反転させて消滅させる。けれど、皇スザクには敵わない」


 その言葉には、皇スザクへの深い信頼と、彼女に頼らざるを得ない現実への苛立ちが滲む。影は小さく頷き、コーヒーカップを傾けながら続ける。


「彼女に任せれば、セイント総合学園の敵は全て滅殺される。しかし暴力によってでしか解決できない彼女は、英雄であっても救世主にはなり得ない」

「悲しい話ね」

「だからこそ、私がなります。全てのセイント総合学園生徒の意見を聞いて、その上で責任ある判断を行う」 ヒカリは怒っている。


 無限の赫怒。

 怒りこそ正義の本質であり、人を強く突き動かすエネルギーの源である。皇スザクに頼らなければ立ち行かない世界に対してヒカリは常に怒りがあった。不甲斐ない己はもちろん、その恩恵を当然のものであると受け取る生徒にも腹が立つ。


 情けない。頼らなければならない自分に。

 情けない。それを当然と受け入れる『みんな』が。

 情けない。それらを知りながら変えられない現状が。

 ヒカリは叫び、上から目線で言ってやりたい。

 何故もっと前を向かないのか?

 何故もっと頑張らないのか?

 何故もっと真面目に生きないのか?

 何故もっと本気で生きないのか?

 頑張るのが面倒? 気分が乗らない? 失敗が怖い? 恥をかくのが恐ろしい? 自分の本気が通じないないと知ることが嫌だ? 


 甘えるな。

 彼女は常に本気で生きている。真面目に、誠実に、本気で頑張り続けている。その背中を見て、どうして彼女のように胸を張って生きようと努力しないのだ。

 それを聞いた影は小さく笑う。


「強烈な思想ね」

「自覚してます」


 だからこそ。


「私が救世主として問うんです。全てのセイント総合学園生徒と、嘘がつけない環境で、正面から問いただしましょう。これからのセイント総合学園の方針や運営について」

「みんな真面目に考えろ……ね。大多数の生徒は何となく生きている。日々の小さな日常を繰り返す。それが無意味ではあるけど、無価値ではない。人それぞれの価値観があるんだから。それを貴方は否定するの?」

「その権利はありません。私は問いかけるだけです。セイント総合学園の舵取りに参画しろ、と。貴方の清き一票が自分の未来を変えるぞ、としっかりとお伝えして」


 影は呆れながらも、楽しそうに笑う。


「一般生徒からすれば傍迷惑ね。彼女達からすれば偉い人たちの政治は、権力が欲しい人だけで勝手にやってくれ、って思うでしょう」

「そんな怠惰は許しません。同じ組織に所属している以上責任は、全員で背負うべきです。そうしなければ皇スザクがあまりにも哀れです。スザクの活躍による恩恵だけ享受し、その責任や苦悩を背負わない。そんな事は認めないし、逃さない」


 物事を決めるのは『重い』。

 言い換えるならばストレスといっても良いだろう。様々な可能性を考慮し、自らの手札を確認しながら、世界の理不尽に対して最善を選んでいく。


 それに成功すれば、次の問題や難題が降りかかり、不撓不屈の精神で考え、行動し、選び続けなければならない。それによって他者を絶望させることもあるだろう。望まなくても、自らの勢力を勝たせるために崖下に蹴落とす事は避けられない。


 蹴落とした敗者からの逆襲を受けることもある。想いを共にする同志とも、環境の変化によって違う道を選び、潰しあうこともある。


 では失敗すればどうだろう。

 単純に不利益を被る。一つの政策を失敗し、数万の餓死者を出したり、国が傾き内戦状態というのも少なくない。それに『無能な支配者め、その座を渡せ』と叫びクーデターに至ることもある。


 大多数の人間にとって、自らのコミュニティの未来を考えて意見するのは重すぎるのだ。とてもじゃないが耐えられないし、真面目に向き合い、考える人は精神を病んでいく。


 逆に責任を放棄するならば、その生徒はセイント総合学園にいる権利を失うので全てを接収したあと放逐する。


 ヒカリの行う全てのセイント総合学園生徒と『対話』するというのは、その責任を強制的に背負わせることに他ならない。


『お前の発言のせいで、セイント総合学園は不利益を被ったぞ』

『お前の発言のせいで、私は不幸になった。だから復讐してやると言われているぞ』

『お前の発言のせいで、相手達は絶望することになったぞ』 そう突きつけるのだ。


 最終決定権がヒカリにあるとはいえ、関わってしまったのなら自己弁護しようと心の何処かで思うはずだ。

 『あの出来事を招いたのは私のせいではないだろうか?』と。


 ポジティブなものも、ネガティブなものも、それらを分散しつつも責任ある立場へ追い立てる。実際にどうかは問題ではない。ただ関わって、ヒカリに意見を伝えた時点で、自責は発生する。生徒のよってその強度に違いはあれど、自らの言動について考える良い機会となるだろう。


「人は、自分の言葉が他者の未来を決めてしまうことに対して常に配慮し、考えて、その上で行動するべきです」

「良心あるものは心を痛め、行動は思慮あるものへ。利己的な者はその不確定な現実に追い詰められて傷つく。それらを外れた例外は自らの足で輝く明日へ飛翔するということね」

「はい」

「ヒカリというセイント総合学園の救世主から対話と意見を求められるのは光栄であると同時に、惨めになるでしょうね。太陽の如き貴方は、矮小な生徒を焼き尽くす。関わらないでほしい、自分の用意を自覚してしまい惨めになるから……といったところかしら」


 ヒカリは、皇スザクを想って顔を曇らせる。美しい顔が嘆きと悲嘆に暮れている。それに影は美しいと思った。同時に、彼女にそんな顔をさせる世界に対して怒りを抱き、そしてヒカリの愛を向けられる皇スザクに嫉妬する。


 影は、魔王リアスと英雄スザクが戦う戦場を見下ろしながら呟く。


「果たして、ヒカリの行動はスザクの望むものなのかしら。彼女が遺した今のセイント総合学園で満足するのが幸せだと思うけれど」

「確かに今のセイント総合学園は素晴らしい。しかし過去に縋るのは進歩がない。我々は生きているのだから進まなくてはなりません。例え幾万幾千失敗しても、改善方法が見つかっただけです。諦めなければ夢は叶う。立ち上がり、這い上がり、輝く明日を目指すべく前進するんです。それが私の光」


 影は、本当に心の底からため息を吐いた。


「そうね。貴方はそういう人よ。付き合うわ。光へ向かう地獄の旅路へね。頑張りましょう」


 彼女の言葉には、ヒカリへの敬意と、彼女の狂気にも似た情熱への共感が込められている。ヒカリは光に魅せられた亡者であり、地獄を踏みしめながら前進する者だ。


 その背中は、影の心に恋慕と嫉妬を同時に掻き立てる。窓の外では、カンタベリーの兵器群が魔星に立ち向かい、爆炎と光が夜を切り裂く。だが、ティールームの中では、ヒカリの燃えるような決意と、影の静かな覚悟が、セイント総合学園の未来を切り開くための新たな戦いを予定していた。


 彼女たちの闘争は、スザクの戦場とは異なる形で、だが同じく苛烈に、始まろうとしている。



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