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「よう、新入り。まさか入学してくるとはな」
簡単な自己紹介とホームルームを終え、自分の席に座って授業の準備をしていた俺のところに早速アキュートがやってきた。
ちなみに俺の席は最後尾の列、アキュートの2つ隣である。
「学園に顔出すより先にダンジョンに潜るたぁなかなか見込みがあるじゃねえか。やっぱ冒険者は冒険してこそだよな」
「潜ったというか、放り出されたというか……とにかく、あれは不可抗力だよ」
ダンジョンで会った時と同じ丈の長い赤のロングコートを着た少年は俺とほとんど変わらない背丈だったが、明るい太陽の下で見るその顔はやや幼く、早熟な印象を受けた。もしかすると見た目より年下なのかもしれない。
「不可抗力であんな深くまで来る奴がいるかよ。あの洞窟は前人未踏のダンジョンだったからな。穴場を見つけて居ても立っても居られなくなったんだろ?」
俺はちゃんと分かってるから、と言わんばかりに腕を組んでうんうんと頷くアキュート。
どうやら校則違反の片棒を担いだことで彼は俺を不良仲間と認識してしまったようだ。
新入生いびりと勘違いしているのかアワアワしながら様子をうかがっている耳の長い少女や、さっきからこちらを白い目で見ている黒縁眼鏡の少年の態度からクラス内でのアキュートの立ち位置を推し量ることができた。根は悪い奴ではないのだろうが……。
「友達は選んだ方がいいよ、ソウタ。パーティに馬鹿がいると命がいくつあっても足りないからね」
眼鏡の少年は俺にそっけなく忠告すると、ぶ厚い装丁の本をカバンから取り出して読書に耽りはじめた。
彼の机の上には既に授業の準備が展開されていた。アキュートの机は……言うまでもなかった。
少年に揶揄されたアキュートはふんと鼻を鳴らすと彼の方に向き直って反撃を開始した。
「分かってねえなナギア。本物の馬鹿っていうのは考えてばっかで動かねえ奴のことを言うんだよ」
ナギアと呼ばれた少年は本に目を落としたまま軽く首を振った。男にしてはよく手入れされた金色のおかっぱ頭がサラサラとなびく。
「分かってないのは君だよアキュート。論理的に物事を整理してから的確な行動をすることが最善なんだ。鼠みたいに無駄に動き回っても時間と体力を浪費するだけさ」
「何もしないより何かした方がいいに決まってるだろうが。0と1じゃ雲泥の差だぜ?」
「軽率な行動が取り返しのつかない結果に繋がることだってあるのさ。まあ君の場合は1度痛い目を見た方が……いや、その程度で治るなら苦労しないか」
「んなこと考えるのはそれこそ時間の無駄だろ。小難しいこと考えてチャンスを逃すのは間抜けのやることだぜ」
「そういうのは君1人の時にやってくれ」
教室内に「また始まったよ」という空気が流れる。この光景はクラスメートたちにとっては見慣れたものらしく、仲裁に入ろうとする人間は誰もいなかった。
「もう、またやってる。2人とも子供だよね」
いつの間にかプリムラが隣に来ていた。彼女も相変わらずの魔女っ娘スタイルだがさすがに杖と帽子はロッカーに置いてきているようだ。
彼女は小さな声で「入学おめでとう」と言うと、俺の袖を引っ張って非戦闘地域まで退避させた。
「この時期に新入生なんてびっくりしちゃった。
っていうか、ソウタってクラスメートじゃなかったんだね。なんか私勘違いしちゃってて恥ずかしいなぁ……。
でもこれからクラスメートってことはあながちハズレでもなかったのかも?」
「あれは適当に合わせた俺も悪かったし気にしなくていいよ。それより、あの2人っていつもあんな感じなのか?」
ヒートアップする2人を遠巻きに眺めながら俺は質問する。ほとんどの生徒は巻き添えを恐れて近寄らないか、あの空間をないものとして扱っていた。
「元々反りが合わない同士だったけど……本格的にああなっちゃったのは最初のダンジョン実習以来かな」
「ダンジョン実習?」
「探索のリハーサルみたいなものだよ。先生たちと一緒にダンジョンの浅い層に潜って魔物と戦ったりするの。
その時は見学だけのはずだったんだけど、最後に見込みのある生徒でチームを作って魔物を退治しようってことになったの」
そこで問題が起きた、ということのようだ。オーガ相手の立ち回りを見る限りアキュートの実力は新入生の中でも上位に違いない。
彼に欠点があるとすれば別の部分だろう。たとえば協調性とか協調性とか。
「魔物はちゃんと倒せたんだけど、アキュートが全然ナギアの指示通りに動いてくれなくて。
結果的にどうにかなったんだからいいだろって言うアキュートにナギアが怒って、もう大喧嘩」
「そりゃそうなるだろうな。アキュートは最善の行動をしたつもりなんだろうけど、好き勝手に動かれたらチームプレイも何もあったもんじゃない。
……それにしても、ダンジョン実習か」
今日の時間割には載っていないようだが俺も近いうちに体験することになるだろう。
その前に魔物と戦うための具体的な力を習得しておかなければまた投石に頼る羽目になってしまう。いくらなんでもそれは格好がつかない。
「後ろで縮こまってばっかのお坊ちゃまには現場判断の重要性が理解できねえんだろうなぁ」
「分かった、認めるよ。イノシシに人並の知性を期待した僕が馬鹿だった」
舌戦は未だ継続中で、周囲の人口密度はさらに減っていた。
「でも、ナギアさんも凄いですよね。あんなに怖そうなアキュートさん相手に全然物怖じしないなんて、私なら絶対無理です」
先ほど俺たちの方を見ていた長い耳の少女(リラ先生から聞いていたがエルフ族らしい。エルフは実在した)が会話に混ざってきた。彼女も避難してきたようだ。
「そうかな?別に噛みついたりしないんだからゴブリンより気は楽なんじゃないかな」
「プリムラさんはちょっと評価の基準がおかしいと思います……」
不思議そうに小首を傾げるプリムラをよそにあわや乱闘かと思われた2人の対決は、教師の到着によってようやくお開きとなった。
個性が集まれば衝突するのは必然だ。ある意味ではこれが冒険学部の一般的な風景なのかもしれないと俺は思った。




