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授業内容は思っていたより簡単だった。
冒険学部はあくまでダンジョンを探索し魔物と戦う冒険者を育てるための学部であり、座学は社会人として必要最低限の知識と教養だけをピンポイントで教える方針のようだ。
中には魔物学や魔法学といった聞き慣れない教科もあるらしいが、今日は地理や数学など俺にも馴染みのあるものが中心だった。
正午を告げる鐘と共に授業が終了した。リラ先生から事前に渡されていた学部案内を適当に流し見たが、少なくとも座学の授業は午前中だけのようだ。
初日の手ごたえはまずまずといったところだった。2週間分の遅れを補うために勉強する必要はあるだろうが、じきに追いつくだろう。
「お疲れさまソウタ。それじゃ一緒に食堂行こっか。私が案内してあげる」
「ありがとうプリムラ。……アキュート、そろそろ起きた方がいいぞ」
「いいんだよ放っておいて。いっつも寝てばっかりでさ、ご飯間に合わなくなってもアキュートが悪いんだから」
椅子を後ろの方に傾けて絶妙なバランスを取りながらいびきをかいているアキュートを一瞥すると、プリムラは俺を引っ張っていく。
アキュートは何時間目から寝ていたのだろうか。どちらにしてもここまで堂々と寝ていられるのは一種の才能だと思う。
入学から2週間足らずでエカテリーナ学部長に顔と名前を覚えられていたのには相応の理由があった。
「いつものことさ。起きている時より無害だからね」
ナギアが眼鏡を拭きながら席を立つ。その手にはまた新しい本が握られている。食事中も勉強するのだろうか?
ともあれ、これがこのクラスの日常だというのなら心配はいらないだろう。俺は大人しくプリムラに従って教室を出た。
食堂は割とすぐ近くにあった。校舎1階の東側と南側が一般教室で、西側が食堂や購買だった。
俺たちの1-1教室は南側にあるので、教室を出て左に真っ直ぐ向かえば1~2分足らずで到着する。
そこでプリムラはサラダとパンを、俺は肉を生地に混ぜ込んだパンを注文した。
カウンターの中で鍋をかき混ぜているエプロンのご婦人に何の肉なのか尋ねてみると「あんたの先輩たちが昨日狩ってきてくれたやつだよ」と言われた。
……せめて4本足の獣であることを願いたかった。
食堂に設置されている木製の丸テーブルの1つに先客がいないことを確認すると俺たちは椅子に腰を下ろした。
「ソウタって私より大きいのに意外と小食なんだね……。パン1つでほんとに大丈夫?倒れちゃったりしない?」
「確かにこれだけで満腹にはならないけど、自分のお金じゃないって思うとつい遠慮しちゃうんだよ」
本当はお腹が空いていたのでもっと頼んでもよかったのだが、後見人である学部長から支給された金をあまり無駄遣いしたくなかった。
これはただのお小遣いではない。俺に対する学部長の投資なのだ。彼女の期待を裏切らないよう有意義に使わなければならない。
「そっか、仕送りでもらうお金ってどうしても気になっちゃうよね。私もこっちに来てからは節約生活してるかな。
まあ、家にいた時もそんなに贅沢はできなかったんだけどね」
プリムラはサラダをフォークでつつきながら器用に突き刺して口に運ぶ。俺は固い肉入りパンを皿の上で一口大にちぎる作業を続けながらプリムラの話を聞いていた。
「私の住んでた町ってクリシュカの奥の方にあってね。魔物のせいで商人もあんまり来ないから、もうとにかく何でもかんでも高いの。
だから、私だけこんな美味しいもの食べてていいのかなぁ……って」
魔物が増えれば人は寄り付かなくなる。学部長が言っていた「ダンジョンに滅ぼされる」とは何も直接的な被害だけの話ではなかったのだ。
政治的にも経済的にもクリシュカは孤立しつつある。
「でも!そんな清貧生活もあと2週間の辛抱なのですよソウタ君!」
「真面目な話からいきなり急旋回されると聞いてる方も困るんだが……。まあいいや、それより2週間後に何があるんだ?」
プリムラは嬉しそうにテーブルから身を乗り出して俺に顔を近付けると「決まってるじゃない!探索解禁だよ!」と言った。
「あのね、新入生って最初の1か月は勝手にダンジョンに入っちゃ駄目なの。
学園に入ったばかりの未熟な生徒が危険な目に遭わないようにってことらしいんだけど、それがあと2週間で解禁されるの」
「つまり、自由にダンジョンに行けるようになる?」
「さすがに生徒の実力によって行けるダンジョンは制限されるけどね。私にとっては何よりクエストを受けられるようになるのが1番大きいかな」
クエストとは俺の想像する通り冒険者の主な収入源であり、冒険者ギルドから斡旋される、あの魔物を倒してこいとかあれを採取してこいとか、そういった依頼のことだろう。
冒険学部の特色の1つにこのクエスト制度がある。
学園内に冒険者ギルドの支部が存在し、学園側の検閲を受けてはいるものの、市民や騎士団からギルドに寄せられる様々な依頼を生徒の時分から体験できるのだ。
学園側に一定のマージンを取られるとはいえ、報酬も得ることができる。この制度を利用して自分の手で学費を賄っている生徒も多いとリラ先生は言っていた。
見れば食堂の北の方に調理室とは別区画のカウンターがあり、そこに眼光鋭い親父が座っていた。明らかにカタギの雰囲気ではないのであそこが冒険者ギルドの支部なのだろう。
「クエストを成功させて、いっぱいお金を稼いで、今度は私が家族に仕送りして……それでね、余ったお金で甘ーいケーキをお腹いっぱい食べるの!」
いっぱしの冒険者として親孝行な目標を抱きながら同時に年相応のささやかな夢を楽しそうに話すプリムラは微笑ましかった。
俺も負けてられない。自分で稼げるようになれば食費を切り詰める必要もなくなるし、そうなれば俺も学部長の援助なしで暮らしていけるようになるだろう。
学園で教わる内容を1つずつ確実に物にしていって、一人前の冒険者になってみせる。意気込みと共に肉入りパンを噛みしめた。
「うん、あらためて口にするとなんかやる気出てきた。それじゃあしっかり食べて午後のダンジョン実習も頑張ろうね!」
「……午後の、ダンジョン、実習?」
思わず口から吹き出しそうになったパンを強引に嚥下する。
聞いてないぞそんなこと。確か今日の授業は午前中で終わりではなかったのか。
「あ、そっか。あの時ソウタはまだ教室に来てなかったね。
今朝早くに体育のタルカス先生が来て、午後から急遽ダンジョン実習を実施することになったって言ってたの。
どうしていきなりなんだろうって思ってたんだけど、もしかしたらソウタに早く慣れてもらいたいからなのかも」
「マジですか……」
「先生は1時に集合って言ってたから、早く食べて一緒に行こうよ」
「はい……」
こうして俺は昨日に続いて何の準備もできないままダンジョンに放り込まれるのだった。




