7-2
柔らかな木漏れ日に照らされた森の中で、俺はリハビリ相手であるところのゴブリンと対峙していた。
「ギヒヒッ、死ィネエエエッ!」
ゴブリンはその痩せ細った小さな体から想像もできないほどの大音声を絞り出し、右手に振りかぶった手斧を投擲してくる。
太い枝に削った石を括り付けただけのお粗末なものだが、殺傷力はそこらの刃物に劣らない。もっとも、取り立てて危険というわけでもないのだが。
「よっ……と!」
縦方向に回転しながら飛んでくる手斧の柄に指をかけて難なくキャッチした俺は、手首のスナップをきかせて手斧を返却した。
まさかの展開に唖然としていたゴブリンは、そのまま自らの武器を顔面で受け止める羽目になった。
「あれだな、もうゴブリン程度じゃ肩慣らしにもなんねーな」
大雑把な軌道で大剣を振り回しているアキュートが不満そうにぼやく。彼の一薙ぎによって数匹のゴブリンがボールみたいに吹っ飛んで、近くの木に叩き付けられた。
医務室を出た後、俺たち一行はギルドで適当な低難度クエストを受注し、学園の北東にある森林地帯でゴブリンの討伐に勤しんでいた。
依頼内容は該当地域におけるゴブリンの間引き。良くあることだ。ゴブリンは放っておくとどんどん数を増やして手に負えなくなるので、たとえ報酬が雀の涙ほどであろうと誰かがやらねばならないのだ。
そういえばゴブリンにメスっているのだろうか?増えるというからにはオスとメスがいるはずだが、女っぽい顔つきのゴブリンなんて見たことがないので俺の中では謎のままだ。
「だからって調子に乗ってると危ないわよ。またスライムが出てきたらどうするの?」
俺から見て左手の方では、リンが木のうろの中から奇襲のタイミングを見計らっていたゴブリンを処理していたところだった。
リンと組むのは久しぶりだが、その洞察力と隠密能力には更に磨きがかかっていた。俺は彼女がいたことにすら気付かなかった。
「ソウタもよ。女の子にいいところを見せようなんてはりきってるとまた痛い目に遭うわよ」
「"また"って何だ。悪質なデマを流すのはやめてくれ」
クエストを受けに行った際に食堂でリンと出くわした俺は、教会から滅多に出てこないシスターを連れ回している姿をバッチリと見られてしまったのだ。
俺をからかうのが三度の飯より大好きなリンが、そんな美味しい状況を見過ごすはずがなかった。ここへ来るまでの道中、俺は彼女の巧みな話術よってひたすら羞恥心を抉られ続けた。
「だってソウタったら次から次へと新しい女の子に目移りするんだもの。セイレンにジャンヌに、今度はシスターまで!」
「もうどこから突っ込んでいいのか分からないけど、とにかく俺はやってない」
こうやってムキになって反応するからリンが面白がるんだろうなということは俺にだって分かっている。
しかしながら、周囲の人間に誤解を与えないためにも毅然とした態度で潔白を主張しておかなければ、俺の立場はどんどんややこしくなっていくに違いない。
「ジャンヌから聞いたぞ。彼女にもあることないこと吹き込んでるらしいじゃないか」
「あの子可愛いでしょ?真面目なところとか、息抜きが下手なところなんてソウタそっくり」
「勘弁してくれよ……。何を言ったのか知らないけど、ジャンヌの性格からして真に受けるのは分かってただろ」
「人聞きが悪いわね。私は事実しか言ってないわ」
「事実を誤認させるような発言の間違いじゃないのか?」
「会話を盛り上げるためにひとかけらのスパイスを混ぜ込んだだけよ」
刺激の強すぎる調味料で料理の味を誤魔化すなんて3流コックもいいとこだが、ガールズトークというのはえてしてそういうものなのかもしれない。女性に対する幻想を持ち続けたい年頃の俺は会話の内容について追及しなかった。
そうこうしている間にも他の仲間たちによって討伐は進み、プリムラの火球が最後の1匹を黒焦げにしたところでクエストは終了した。
手早く死体の処理を済ませた後、ちょうどいい高さの倒木に腰を下ろして全員が集合してくるのを待つ。苔むした倒木はしっとりと湿り気を帯びており、戦闘の直後ということもあってそのひんやりとした感触が心地良かった。
「お疲れさま。私たちってもうこの辺じゃ負けなしだね。そろそろ遠征とかした方がいいのかも?」
ヤンキー漫画っぽい台詞を言いながら歩いてきたプリムラは、倒木によじ登って俺の隣に座ろうとする……が、背の低い彼女には大仕事のようだった。あと少しというところで何度もずり落ちる姿が不憫だったので、片手を掴んで引っ張り上げる。
「えへへ、ありがと。ひょいって持ち上がっちゃってびっくりしちゃった。ソウタって力持ちだね」
「まあ、一応格闘学科だし……」
プリムラはつば広の帽子を脱いで膝の上に置くと、もぞもぞと腰の向きを調節していた。彼女の魔女っ娘服はミニスカートなので、こうやって対策をしないと見えてしまうのだ。
続いてやってきたのはナギアとシスターだ。ナギアは木の根や石ころで凸凹している地面をおぼつかない足取りで歩いていた。
「怪我人が出ないと暇で暇で仕方ないよ。本を持って来れば良かった」
「何事もなければそれが1番良いのですよ。ただでさえ、この国は血と悲劇に溢れているのですから」
「それもそうなんですけど、ほどほどに負傷してくれないと白魔術の練習にならないんですよ」
「難しいところですね……おや」
シスターは仲良く並んでいる俺とプリムラを見て、何やら得心がいったというような顔をしていた。
「なるほど。ソウタさんの変化は彼女の影響というわけですか」
「誰か1人、ってわけじゃありませんよ。色々です」
どうやら医務室での話の続きらしい。シスターは会話の内容が理解できず不思議そうにするプリムラを黙って見つめていた。
「むむ、2人で内緒話?なんか怪しいなぁ……」
「プリムラさんがお気になさることではありませんよ。ソウタさんが救われたのであれば、それで良いのです。……いいえ、こんなことを言っている時点で未練があるのでしょうね、私も。我ながら浅ましいものです」
言葉だけ聞くと俺たち3人に恋愛関係のもつれが生じているようだが、そんなムードではなかった。
シスターとはあくまで知人程度の関係だし、何よりここ最近の彼女からは、恋愛感情なんて純粋なものとは程遠い、湿っぽくて、粘ついた、執着のようなものの片鱗を感じるのだ。
まあ、今のところ実害はないのだから考えすぎても仕方ない。シスターもラオフー先生に次いで思わせぶりが好きな人なのだろうと自分を納得させた。
「……にしても、アキュートがやけに遅いな。何してるんだ?」
見ればアキュートはここから少し離れた場所でリンと口論をしていた。正確には口論というより、頭を下げるアキュート(なんて珍しい光景なんだ……)をリンが叱りつけているような感じだった。
「マジ頼む!このまま帰るとか絶対もったいねえって!」
「馬鹿なこと言わないの!調子に乗らないのってついさっき言ったばかりじゃない」
図体のデカい駄々っ子に難儀していたリンは俺の視線に気付くとすぐさま助けを求めてきた。
「アキュートが森の奥を見てみたいって言って聞かないの。ソウタも何とか言ってあげて」
「いやだってここまで来たんだからさぁ……冒険者的にはやっぱ気にならね?」
「森の奥……って、何かあったっけ」
授業内容を脳内から引っ張り出して記憶を反芻する俺。確か、この森の最深部にあるのは……
「"蠢く樹海"だよ。あいつも怖いもの知らずだよね」
ナギアがズバリ答えを言い当ててくれたことで、俺はようやくそのダンジョンの名を思い出した。
地下洞窟の外周部、光射す地上にありながら、クリシュカ東部で最も危険な"ダンジョン"。それがこの先に佇んでいるのだ。




