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辺りに充満していた土埃もようやく収まって静寂を取り戻したダンジョンの中で、俺はとりあえずこの世界の神に五体満足で生きていることを感謝した。
「死ぬかと思った……」
先ほどまで広場だった場所は土やら岩やら木の根っこやらといった雑多な堆積物によって完全に封鎖されていた。
落盤の中心地にいたオーガがどうなったのか、考えるまでもなかった。
「う……ぶぇっ、クソが……砂がジャリジャリする」
「オーガに食べられるよりマシでしょ?元はといえばアキュートが悪いんだから」
大剣を鞘ごと壁に立て掛けて、吐瀉物を我慢する酔っ払いのようなポーズで口の中の砂を吐き出しているアキュート。プリムラも今はマントを脱いでスカートに付着した土砂を払っている。
お互いに見た目は最悪だが、落盤に巻き込まれたり負傷している者がいなかったのは幸いだった。
全員がひとまずの身だしなみを整えた後、最初に口を開いたのはアキュートだった。
「んで、お前誰よ?」
彼にしてみれば当然の質問だろう。プリムラは俺のことをクラスメートだと勘違いしているようだがさすがに2人続けて勘違いが続くなんてことはなかった。
「名前はソウタだ。所属は……えっと」
「ちょっとアキュート、ソウタを怖がらせないでよ。君は普通の顔してるつもりなんだろうけど他人から見たらカツアゲしてるように見えるんだよ」
「これが俺の地顔なんだよ。それで、ソウタっていったか?教会の司祭みたいなカッコしてるけど……騎士学部の制服にも見えるな」
「あ、それ私も思ってた。騎士学部のは赤色だけどね」
アキュートは物珍しそうに俺を観察している。学ランというのはやはりこの世界では珍しいようだ。魔女っ娘スタイルの方が目立つような気もするがそれはカルチャーギャップというやつだ。
何にせよ、同級生のフリを続けるのもそろそろ限界だろう。
「まあ、なんというか……詳しい話はダンジョンを出てからにしないか?ここでモタモタしててまたオーガが出てきましたなんてことになるのだけは勘弁願いたいんだが」
「そっ、それもそうだね!ほら、アキュートも帰ろう?勝手にダンジョンに入ったなんて先生にバレたら大変なんだから」
「今回はいい線行ってると思ったんだけどなぁ……あのオーガさえいなけりゃなぁ……」
広場が崩壊したことでその先に進む道も閉ざされてしまった。いくらアキュートが無鉄砲でもこれ以上の探索は無意味だということが分かったのだろう。愚痴をこぼしながらも俺たちの後についてくる。
事情を明かすにしろ隠すにしろ、全てはダンジョンを出てから。それまでは、この奇妙な縁で知り合った2人の仲間たちと同じ方向を向いていたかった。
洞窟の入り口は大きな樫の木の根っこに覆われた、ウサギ穴のような小さなトンネルだった。
なるほど、これならオーガは出てこれないし知能の低いゴブリンが見つけ出すことも困難だろう。魔物が外に出てこないのならば長年ダンジョンとして認識されることがなかったのも頷ける。
「脱出完了、っと。みんなお疲れさま!」
穴を抜けると一足先に外に出ていたプリムラが手を振っていた。その隣ではアキュートが地面に足を投げ出してリラックスしている。
「んー……風が気持ちいい。やっぱり人間は地上が一番だね」
「同感だな。はじめてダンジョンに入ったけど、空が見えないと息が詰まりそうになるんだな……」
「一時はどうなることかと思ったがとりあえず一件落着だな。お前らもお疲れさん」
外の世界は新緑の木々がまばらに立ち並ぶ森の中だった。ここがプリムラの話していた"施しの森"という場所なのだろう。
風はまだ肌寒さを感じさせるものの既に新芽が生え始めており、黒みがかった大地のところどころが緑色で彩られていた。この世界では春先なのだろうか。
見上げた空には雲ひとつない満天の星空が広がっていた。どこを探しても見覚えのある星々は見当たらなかった。今更ながらここが"異世界"であることを強く実感する。
頼る者もいない異世界にたった1人放り込まれた俺がこれからどうするべきか、その答えは全く浮かんでこなかったが、それでも星は綺麗で、息苦しさを感じる地下洞窟から無事脱出できた解放感も相まって俺の心は晴れやかだった。
焦る必要はない。この世界を見て、色々な物事を知って、それからゆっくり考えていこう。……そう思っていた矢先だった。
「──何が一件落着なものですか。『入学後1か月間は基礎講習を厳とし、教師の同伴なき探索行為を禁止する』……貴方には何度も説明したはずですよ、アキュート」
ハッとして視線を下ろすと、俺たち3人の目の前に赤毛の若い女性が立っていた。
深紅の軍服に身を包み、黒のタイトスカートにハイヒールという森歩きを舐めているようなスタイルでありながらヒールには土ひとつ付いていない。金色に輝く肩章の飾り紐が夜風に揺らめいていた。
そして彼女の持つ青い瞳は夜空に煌めく星々を反射してキラキラと輝いていたが、その美しさに目を奪われる余裕がないほどに強烈な怒りのオーラが唇を真一文字に結んだ彼女から漂ってくる。
「衛兵がたまたま森に入る貴方たちを目撃していたから良かったものの、一歩間違えば大変なことになっていたのですよ」
「エカテリーナ先生!」
「げ、学部長……」
「学部長、って……まさか」
三者三様の声をあげる中、その女性は鉄面皮を崩さずに俺たちをじっと見つめていた。
「お察しの通り、私が王立ヴィエッタ学園冒険学部の長、エカテリーナです。では皆さん、詳しい事情を説明していただけますね?……もちろん、そこの貴方も含めて」




