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グロムが言っていた通り、採石場に続く岩だらけの道には多くの魔物たちがたむろしていた。まずはこいつらを片付けなければ現場に向かうことすらできない。
迂回して後々挟撃される可能性を考えれば、ここにいる魔物たちを予め討伐しておくのが最善策だと考えた俺たちは、物陰に隠れながら緊張した面持ちで攻撃のタイミングをうかがっていた。
「ゴブリンが8匹に、ガルムが5匹、スライムは2匹だけか。どれも強敵ってほどじゃないけど、これだけ多いと面倒だな」
両脇を2~3メートルの崖に挟まれた道の上に、馴染みのある魔物たちが互いに干渉し合うこともなくぼんやりと突っ立っている様は実に異様だった。
「デビルアイは……いないみたいだね。あいつさえ倒せば魅了も切れるから仲間割れを誘えるんだけどなぁ……。
自分だけ安全な場所に引っ込んでるなんて姑息な奴だよ」
銀色に輝く全身鎧を身に纏い、肩に大きな斧槍を立て掛けたグロムが忌々しげにぼやく。
優男然としたグロムだが、見るからに重そうな鎧と自分の背丈を超える得物を抵抗なく扱っているあたり口だけの男というわけではないようだ。
獰猛な魔物たちを根こそぎ骨抜きにして採石場を襲わせた当の本人は今のところ見当たらない。グロムの説明ではデビルアイに戦闘能力は皆無ということなので、みすみす危険を冒して前線に姿を現すことはないのかもしれない。
「見方を変えればチャンスでもあるわ。デビルアイに気付かれる前に戦力を削ることができるのだから。
あれがこちらの動きを察知すれば確実にすべての魔物を呼び寄せるだろうし」
ジャンヌは腰に提げていた片手剣を鞘から抜くと、特に気負った様子もなく魔物たちの前に歩み出た。あまりにも自然すぎる動きに反応が遅れた俺は急いで後に続く。
俺たちの存在に気付いた何匹かの魔物たちが顔をこちらに向けて臨戦態勢を取る。だが、先頭にいたゴブリンはその手に持った棍棒を構える前に絶命することになった。
「まず1匹」
地面を滑るような速さで懐に飛び込んだジャンヌが剣を袈裟に切り上げる。ゴブリンの首が飛んだ。
彼女はそのまま速度を落とさず群れの中を突っ切り、進路上にいた魔物たちを何匹か通り魔的に切り捨てた。そして群れの最後尾にいたゴブリンを横凪ぎに切り払うと、そのまま体を180度回転させて停止した。
「私は魔物たちを逃がさないようにここで保守するわ。あなたたちは前の方にいる魔物をお願い」
「せめて前もって打ち合わせをしておいてほしかったんだが……」
作戦そのものは理に適っているのだが、唐突すぎる。俺たちはまだお互いの実力すら推し量れていないのだしもうちょっと意識して足並みを合わせるのが肝要ではないだろうか?
「それだけ自信があるってことだろう?ボクらも彼女に負けないように頑張ろうじゃないか。『さあ、どこからでも掛かってきなよ!』」
ジャンヌとは対照的にのんびりと構えていたグロムは斧槍を野球選手のように構えると、飛び掛かってきた2匹のガルムに向かってフルスイングした。槍の穂先が近くにいた俺の髪を撫でる。
馬車がギリギリすれ違えるかどうかといった程度の道幅では逃げ場所など存在しない。まんまと攻撃円の中に足を踏み入れてしまったガルムたちはそのまま岩壁に叩き付けられた。あと数センチ近ければ俺も同じ運命を辿っていたかと思うと笑えない。
「ご、ごめん。ちょっと危なかったね、今のは。実を言うとボクも他の人とクエストに行く機会ってほとんどなくてさ」
「……俺はもっと前に出るから遠慮せず暴れてくれ」
今、理解した。この2人は他人との共闘にまるで慣れていない。
プリムラやリンがどれだけ俺に気を遣って動いていたのか良く分かった。連携の取れていないパーティとはそれだけで危険なのだ。
デビルアイがここにいなくて良かった。彼らの問題点を把握する前に討伐の本番が始まっていればいくら個々のポテンシャルが高かろうが全滅必死だった。実はアキュートって割と空気が読める奴だったんじゃないか?
雑魚の群れ相手にリハーサルができた幸運を噛み締めながら俺は戦闘に突入した。
こういう時前衛だけのパーティは動きやすい。全員が自分の身を守れるのだから、隊列を気にすることなく自由な位置取りで、各々が得意な間合いを維持できる。
俺は近接オンリーなので本来なら敵に密着して戦闘を行うのが最も適しているのだが、今回のような乱戦になると前述した持続力不足が災いし、思わぬ方向からの不意打ちで大ダメージを受けてしまう恐れがある。
ゆえに俺は群れ全体を視界に収められる位置に陣取ってヒットアンドアウェイを心掛けるつもりだった。ちょうど左右にはおあつらえ向きの崖もあることだし、あそこを定位置にするとしよう。
グロムの巻き添えを食わないように数歩前に出て、さあ崖に飛び乗ろうかと足に魔力を蓄えようとしていた俺の足元に薄ぼんやりとした影が差した。せっかくだ、1匹ぐらい倒してから上に登った方が仲間からサボりを疑われずに済むだろう。
思えば栄えある探索解禁日には相性最悪のスライムばかり出てきて随分と冷や飯を食わされたものだ。ここで華麗に敵を叩きのめしてささやかな自尊心回復を図るのも悪くない。
そう考えて影の主を確認するとそこにいたのはスライムだった。
「またお前かよ……」
こいつとはよくよく縁があるようだ。てっきり前回と同じく血の匂いに釣られて他の魔物たちの死体を漁るとばかり思っていたのに。本能的な獲物の優先順位すら変えてしまうデビルアイの力には油断できないものがあった。
ここで崖上に逃げるのは容易いが、そうなるとスライムの次の標的は距離的にグロムだ。ガチガチの重装戦士である彼が攻撃系の魔法を覚えていると考えるのはさすがに楽観的すぎる。
悩んだ末に俺は逃げることにした。ただし、上ではなく奥に。触腕を伸ばし始めるスライムの脇を走り抜けて後ろに控えていたゴブリンをついでに蹴り飛ばす。
「ソウタ君っ!」
背後でグロムが警告じみた声を上げた。嫌な予感がしたので前に踏み出す予定だった足を急遽捻って斜めに角度をずらす。足元の砂利が嫌な音を立てたが幸い滑ることはなかった。
直後、道に複数の黒点がポツポツと現れて急速にその濃度を増していく。影だ。背後を横目で見やると崖上から数匹のガルムが戦場に飛び込んできたのが見えた。
伏兵。知能の低い魔物が策を使ったという事実に俺は驚いていた。
付近にデビルアイの姿は見えないので、直接指揮を執っているのではなさそうだ。恐らくは崖の上で待機して、誰かが下を通ったら攻撃を開始するように暗示を掛けていたのだろう。
「……もしかして、俺たちより統率がとれてるんじゃないか?」
俺はどうにか増援のガルムに追いつかれる前にジャンヌと合流することに成功した。ジャンヌは淡々と屍の山を築いていたが、駆け寄ってきた俺を見ると驚いたような顔をしていた。
「どうしたの?こっちはまだ余裕があるのだけど……。むしろグロムの方が苦戦しているわ」
「ポジション交代だよ。俺やグロムじゃスライムに対応できない。1人で突っ走るのもいいけどせめてスライムを片付けてからにしてほしいかな」
「あっ……、その、ごめんなさい」
しまった、という顔で一瞬だけ赤面すると、ジャンヌは俺と入れ替わるようにグロムの方へと向かった。もっと冷静なタイプかと思っていたが意外と周りが見えていないのかもしれない。
1頭の狼が率いる100頭の羊は1頭の羊が率いる100頭の狼に勝るとはかの有名なナポレオンの言葉だが、それはまさに今の俺たちの状況を表しているようだった。
「『氷よ。冬の使者よ。凍えし指を我が身に宿せ』」
ジャンヌはまず群れの中央にいた1匹目のスライムに接近すると、剣を持っていない左手から雪のような色の小さな光弾を無数に浴びせ掛けた。
光弾を受けたスライムの体は瞬く間に熱を奪い尽され、凍りついてゆく。ジャンヌはただの氷塊に成り下がったスライムの上に軽やかに飛び乗ると、両手で剣先をくるりと下に回して力任せに突き刺した。
「はあっ!」
ガラスが砕けるような音を立ててスライムが木っ端微塵に砕け散る。太陽の熱で気化したスライムの欠片がドライアイスのように煙を上げて散らばる中、ジャンヌは再び走り出した。その先にはもう1体のスライムに接近されて少しずつ戦線を後ろに下げているグロムがいた。
1番処理が面倒なスライムは彼女に任せておけば問題ない。あとは残りの連中を採石場に逃がさないようにすればいいだけだ。
「……って、駄目だな。そういう考えが恒例のアクシデントを引き起こすんだ」
俺だってそろそろ一端の冒険者を名乗りたい。そのためには油断は禁物、石橋を叩きすぎることはないのだ。
右と左、新たに襲い掛かってきた2匹のガルムに対して俺は1歩引き、その足に体重を掛けて迎撃の準備を整える。
「とりあえず、これが終わったら反省会だな……」
あの2人ともっと意思の疎通を図らなければ勝てる戦いも勝てない。
俺はほぼ同じタイミングで喉笛を狙って地面を跳ねたガルムたちの鼻先を右フックでまとめて薙ぎ払うと、もう残りわずかになった魔物たちを掃討するべく気合いを入れ直した。




