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「ソウタよ、逃げずに来たようだな。その意気やよし!やはりそなたは我が教えを受けるに相応しい男子よ!」
「師範……待ち合わせに遅れたのを勢いで誤魔化そうとするのは良くないことだと思います」
「う、うむ」
俺はあの後30分ほど待ちぼうけた末、ユニに付き添われてやってきた件の2人を表面上快く出迎えた。
ユニは南の市場で買い物をしていた2人を発見したらしい。今回の授業に必要なものを購入していたと言っていたが、少女の担いでいる光沢のある革袋から漂うほのかな異臭が俺の不安を助長させていた。
「とにかく、わざわざここまで来たんです。いい加減名前ぐらい教えてくれてもいいんじゃないですか?」
「これは失念しておった。私はラオフー。格闘学科にて拳法を教えておる。そしてこの娘は1番弟子のセイレン」
「セイレンです。師範の下で日々功夫を積んでおります」
「格闘学科……」
服装や態度から何となく予想はついていたが、やはりというべきか彼らは武闘家だった。
剣や魔法に頼らず、己が肉体のみで魔物と渡り合う者たち。ゲームやアニメでは定番の職だが、実際にそんなことが可能なのだろうか?
つい先日オーガやケルベロスの動きを目の当たりにしたばかりの俺には、何の武器も持たずにあんな連中を倒すことができるとはどうしても思えなかった。
「その、ラオフー先生を疑うようで悪いんですが、本当にその拳法で魔物と戦えるんですか?拳法って要するに素手ですよね」
俺の質問にラオフー先生はいかにも勿体ぶった様子で頷いた。
「確かに、そなたがそう思うのも無理はない。この国の魔物たちは皆強者ばかり。たかが人の身1つで何ができるというのか?
……その迷いを振り払うことができず、戦士学科に転科していった門下生は数知れぬ。おかげで格闘学科は閑古鳥よ」
当時のことを思い出しているのか、ラオフー先生は遠い目をしていた。
とはいえ彼らを責めることはできまい。魔物との戦いは命懸けなのだ。素手より武器を持った方が強いのは当たり前のことだし、少しでも生き残る可能性が高いなら誰だってそちらを選ぶ。
「……だが、それは早計に過ぎるというものよ。人に秘められた可能性は大きい。たとえ拳1つでも、魔物は倒せる。倒せるのだ」
そこで言葉を止めて顔を上げたラオフー先生は、俺たちを放置して町の東門へと足早に進み始めた。残された俺たち3人は慌てて先生の後を追う。
「ひたすらマイペースというか、相手を焦らすのが好きな人なんだな……」
いい加減ウンザリしてきたが、「魔法を使えない俺の体質が強みになる」という発言の真意を聞くまで帰るわけにはいかない。何しろ明日にはもう次のダンジョン実習が始まってしまうのだ。
俺はラオフー先生を見失わないように、東門に続く大通りを半ばヤケクソ気味に走り出した。
「すみません、師範に悪気はないんです。ただ、ちょっと周りが見えなくなることがたまに……時々……結構」
俺に並走するセイレンがフォローになっていないフォローをする。彼女は右肩に革袋を、そしてもう一方の肩にユニを担ぎながら軽やかな足取りで走っていた。ユニは肩の上で目を回していた。
「セイレンは凄いな。俺も鍛えたらそんな事ができるようになるのか?」
中々本質に辿り着かないラオフー先生の話より、セイレンの人間離れした身体能力の方が格闘学科に対する俺の期待を膨らませていた。
「はい!むしろソウタさんならあっという間に私を追い抜いてしまうかもしれませんね。それだけのものをソウタさんは持っていますから」
またそれだ。この2人は俺に素質があるというが、いったい何を根拠にしているのだろうか?
運動なんてここに来るまではほとんどしていなかったし、武道だって体育の授業で剣道と柔道を一通り習った程度だ。この体質が関係するとして、そこまで劇的に強くなれるような代物だというのか。
疑問を先延ばしにされ続ける俺をさすがに不憫に思ったのか、セイレンは「本当は口止めされているので、師範には内緒ですよ」と言って、俺が待ち侘びていた答えをこっそり教えてくれた。
「──それは、"気功術"です」
気功術とは、大陸東部の国で編み出された戦闘技術である。
魔法全般が術者の持つ魔力を体の外に排出して超常の力を生み出すのに対し、気功術は術者の魔力を一時的、または部分的に高めて体の内に留めることで身体能力や治癒力を上昇させる。
この、"内に留める"という部分が肝で、大抵の場合体内で過剰に高められた魔力はすぐに体から流れ出ていってしまう。穴の開いた風船に空気を入れてもすぐにしぼんでしまうのと同じだ。
その流出を抑え、戦闘中でも高密度の魔力に体が満たされた状態を維持するためには本来何年もの修行が必要になる。
逆に言うと、魔力を流出させないようにする訓練を省略できるのであれば、単に魔力を高める訓練を行うだけで気功術を習得することができるのだ。
穴の開いていない風船。魔力を排出することができない俺。つまりはそういうことだった。
「それが、そなたが天から与えられた才覚よ。理解したか?」
「はい、ご説明ありがとうございます」
ラオフー先生の説明はセイレンがしてくれたものより遥かに遠回りで分かり難かった。事前にセイレンで予習していなければ半分も理解できなかったに違いない。
ともあれ謎は解けた。俺は魔法が使えない代わりに気功術という分野に大きなアドバンテージを持っているのだ。
「ソウタさんにはまず魔力を一時的に高める訓練をしてもらいます。これがすべての基本ですからね」
ユニを降ろして身軽になったセイレンのはきはきとした声が降ってくる。彼女は俺たちのいる場所から数メートルの高さにある崖の上に立っていた。
ラオフー先生に追いついた俺たちはピオネールの東門を出て1キロばかり進んだ後、街道を南に逸れてこの荒れ地へとやってきた。
緑の多かったピオネール周辺とは打って変わって岩と砂だらけのここは、壁のように大きな岩盤が所狭しと立ち並んでいる、非常に見通しの悪い場所だった。
「魔力とは命の原動力です。ややこしい原理は省きますが、体内の魔力密度が高ければ高いほど強くなると考えてください。ソウタさんだって、おにぎり1つより2つの方が元気が出るでしょう?」
セイレン曰く、気功術とは自分の体に魔力という食事を平時以上にたらふく食わせてはりきってもらおうということらしい。
そういえばユニを担いで走っていたセイレンは息1つ乱していなかった。いくら体力に自信があっても10代の少女にできる芸当ではないだろう。あれも気功術の恩恵ということか。
「常に魔力を全開にする必要はないんです。必要な時に、必要な部位に、必要な分だけ魔力を集中させる。そうすれば──とうっ!」
セイレンは天高く革袋を放り投げると、躊躇いなく崖の縁を蹴って飛び降りた。
彼女の黒い影が俺の頭上を横切っていく。その先にあるのは大人の背丈ほどもある丸みを帯びた岩塊だった。
「破ァッ!」
岩の上に着地する直前、セイレンの足先に半透明のもやのようなものが見えた。それはメリッサ先生が魔術を使う時に見せたそれと同じものだった。
落下中に軽く曲げられていたセイレンの脚が、衝突時のインパクトを最大限に増幅させるためにはこれ以上ないというほどのタイミングで振り下ろされる。
その瞬間、金属が軋むような高音が聞こえた。
演技を終えた体操選手のように、痩せ気味の腕を横にぴんと伸ばして岩の上で静止するセイレン。風圧で大きくはためいたチャイナドレスの前掛けが重力に負けて元の位置に戻る。
それを合図に、彼女の着地した岩塊がまるでくし形に切られたリンゴみたいに綺麗に分割されて崩壊した。
当のセイレンには疲労した様子もなく、バラバラになった岩の中心地で遅れて落ちてきた革袋をキャッチしていた。
「凄い……!」
「な、何だか手品でも見てるみたいですね。僕もちょっと興味湧いてきたかも……」
気功術の真髄を目の当たりにした俺はただ驚くばかりだった。乗り物酔いならぬセイレン酔いから復帰したユニも、この光景に魅入っていた。
これを、この技術を習得できるなら、それはきっと剣や魔法に勝るとも劣らない力になるだろう。俺は改めてラオフー先生に頭を下げた。
「ラオフー先生、お願いします!俺に気功術を教えてください……!」




