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「参ったな。この展開は想定してなかった」
俺はメイド学科棟でユニの淹れてくれた紅茶とにらめっこしながらため息をついた。
俺の魔術は不発に終わった。その後何度か同じ工程を繰り返したが結果は同じだった。
メリッサ先生にとってもこのような事態は異例だったようで、校舎の備品倉庫から何やら変な眼鏡だの壺だのよく分からないマジックアイテムを引っ張り出してきて俺の体を隅々まで調べ始めた。
そして数時間に及ぶ精密検査の結果、疲れ果てた表情でメリッサ先生はこう結論付けた。
『お手上げだね。あんたの体はそもそも魔力を外に排出できるような仕組みになってない。はっきり言うと、魔術に限らずあらゆる魔法が使えないんだ』
……だそうだ。
考えてみれば、地球に魔法なんてものは存在しなかった。地球出身の俺が魔法を使えるなんて考える方が不自然だったのだ。
むしろ地球において魔法を使えるような体質の人間が稀だったからこそ、そういった人々がおとぎ話や伝説という形で長く語り継がれていたのかもしれない。
まあ、歴史の真相はこの際どうでもいい。魔法が使えないのは残念だがそれも潔く受け入れよう。
問題は、たった2日間の猶予期間を丸1日ふいにしてしまったということなのだ。
「あの……元気出してくださいね、ソウタさん。なにも魔術だけが冒険者のすべてじゃありませんから」
「それはそうなんだが……。本当にこれからどうしたものかな」
目の前にぶら下げられた魔術という果実を今まさに口にしようとした瞬間に取り上げられた俺はやる気ガタ落ちだった。無理なら無理ともっと早くに言ってほしかった……。
気を取り直して他の学科に行こうにも、この時間だと既に大半の学科は終了間際だろう。寮に帰るにしてもいささか早い。
この半端な時間帯に俺は何をするでもなくメイド学科で腐っていた。そんな俺を見かねたのか、ユニが俺の正面に座ると口を開いた。
「まだ落ち込むのは早すぎますよ、ソウタさん。そりゃ、僕だって騎士になるのを諦めた時は辛かったですけど……。
それでもですね、今は今で充実した日々を送れているんです。
だからその、何て言ったらいいのかな……。望んでたような形じゃなくても、それでもいいやって思えるような時もあるっていうか……ええと」
「ユニ……」
どうやらユニは俺が魔術師を目指していたのだと早とちりしているらしく、言葉を尽くして必死に慰めようとしてくれている。
確かに学科選択の1歩目で躓いたことにショックを受けてはいたが、魔術そのものは「使えたらいいな」程度の軽い感覚だったので、そこまで深刻に考えられると逆にこっちが申し訳なく感じてしまう。
(……それにしても、こういう話って今までしたことがなかったな)
将来の夢とか、なりたいものとか、言葉にしてみると青臭い、小っ恥ずかしくなりそうな会話を誰かとすることになるなんて、ほんの数日前までは思いもしなかった。
そういった話を正面からぶつけ合えるのが友人なのだとしたら、俺はこの世界に来てから数多くの友を得てきたことになる。それはとても幸いなことだ。
……ならば、俺のやるべきことは1つだった。友人にここまで気を遣わせておきながら何もしないのは仁義に欠ける。
俺は紅茶を勢いよく飲み干すと椅子から立ち上がった。ようやく気持ちの切り替えができた俺を見て、ユニの顔がぱあっと明るくなる。
「ありがとうな、ユニ。しっかり休んで元気も出たし、今日はもうちょっと足掻いてみる」
「は……はい!お気を付けて!……って、それはいいんですけど、今からだとほとんどの学科は活動を終えてますよ」
「とりあえずどこか開いてる学科がないか探してみる。なければ担当の先生を探す。それでも駄目なら……開き直ってメイド学科にでも入るさ」
「その時は歓迎しますよ。ちょうど洗濯物が多すぎて困っていたところなんです」
どのみち今は時間がないのだ。悩んだって仕方ない。アキュート曰く迷いながら進め、だ。
俺はユニとひとしきり笑い合った後、メイド学科を後に──
「話はとくと聞かせてもらった!!そなたこそ我らが探し求めていた者に他ならん!!」
前触れなく蹴破られる扉。そこには燃える夕日を背に受けて並び立つ2つの影があった。
1人目は男。夕日のただ中に身を置きながらもその色合いを強く主張する真っ赤なカンフースーツを着た小太りで禿頭の中年男性。
2人目は女。男とは対照的な藍色のチャイナドレスに身を包んでいる、黒髪の小柄な少女。どちらもこの学園ではあまり見ない東洋的な顔立ちをしていた。
ここは異世界なのでさすがに中国は存在しないだろうが、2人の特徴的な中華衣装は明らかにクリシュカの文化にはないものだった。
この面妖な2人組は顔をしかめる俺たちを一瞥すると、ずかずかと部屋の中に押し入ってきた。
2人は俺の前で両拳を合わせキビキビとした動作で一礼、そして禿頭の男が口を開いた。
「ソウタといったな。聞けばあの女妖術師に才覚なしと破門を言い渡されたそうではないか」
「解釈にかなり偏りがある気もしますが、まあ間違いではないです」
「気に病むことはない。誰しも分相応な役割というものがある。そなたの大器は魔術とかいうまやかし如きに収まるものではなかったということ」
「ソウタさんの才能はこのまま埋もれさせていいものではありません。どうか私たちと共に達人の頂を目指しましょう!」
チャイナドレスの少女がずいっと進み出て俺の手を掴む。ややゴツゴツとした手のひらから伝わる感触は、彼女が何らかの厳しい鍛錬を積んでいることを雄弁に語っていた。
よく分からないが、この意味不明な勢いはあのミスティアとかいうメイドさんに通じるものがあった。要はまたどこかの学科に勧誘されているのだ、俺は。
どこでもいいから活動中の学科を探そうとしていた矢先なので本来ならば願ったり叶ったりな状況なのだが、彼らのどこか世間ずれした言動に俺の第6感が警鐘を鳴らしていた。
だが、そんな無意識の警告すら気にならなくなってしまう程度には、男の発言は俺の興味を強く引くものだった。
「魔力を放出することができない体質とな。何の問題があろうか。むしろそれこそがそなたの才覚そのものよ!」
「えっ、魔法が使えないってデメリット以外の何物でもないと思うんですが……?」
「ソウタよ、一面的に物事を見てはならぬ。人生万事塞翁が馬の如し。何事にも表と裏があるのだ」
「どういうことですか?俺の体質を活かせる方法をあなたは知ってるんですか?」
「そう急くな。今はまだ時期ではない。すべては明日だ」
「明日……?」
俺が話に食いついたことで脈有りと判断したのか、男はこれで話は終わりとばかりに踵を返す。少女もそれに続いた。
「明日の放課後、ピオネールの町の中央広場に来てください。そこで落ち合いましょう。
……大丈夫ですよ。師範は絶対に嘘をつきませんから」
去り際に少女はもう1度振り返って礼をすると、飛ぶような速さで師範と呼ばれていた男の後を追っていった。
台風が去った後、残された俺たちはしばらくの間開けっ放しの入り口を呆然と見つめていた。
「……何だったんでしょう?」
「さっぱり分からない。……でも、行くしかないだろ」
あそこまで思わせぶりなことを言われて「続きはまた後日別の場所で」なんて、まるで悪徳商法のようだったが、あれでも恐らくはどこかの学科の教師なのだろうし、滅多なことにはならないはずだ。
そう。普通ならば。




