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『5、6、7……、よしっ。ねえ見た父さん!?8回跳ねたよ!新記録!』
『おおっ、凄いな宗太。もう父さんが教えることは何もないな』
河原のキャンプ場で、親子が水切りをしていた。
水切りというのは小石を池や川に向かって投げ、石が水面にぶつかる時の反発力を利用して石を跳ねさせることによって、その距離や跳ねた回数を競う遊びだ。地方によっては石投げとか石きりとか呼ばれることもある。
少年はついさっきこの遊びを父に教えられたばかりだったが、子供特有の呑み込みの早さであっという間に父親の最高記録を塗り替えてしまった。
『じゃあもう1回やるからね!今度は向こう岸まで届かせてみせるから!』
既に敗北宣言をしてしまった父親は時たま助言を与えるだけで、後は我が子が楽しそうにはしゃぐ姿を眺めているだけだったが、それでも退屈はしていないようだった。
『2人とも、ご飯できたわよ。宗太も遊んでないでお皿配って』
少し離れた場所でカレーを作っていた母親が声を上げた。食欲をそそるスパイスの匂いに釣られて少年は思わず唾を飲む。
しかし念願の2桁記録樹立に向けて確かな手ごたえを感じていた少年は腹の虫をぐっと抑え込んだ。
『今行く!でももうちょっとで記録更新できそうだから!10回跳ねたら行くから待ってて!』
『もう、先に食べてるわよ。冷めないうちに早く来なさい』
呆れた様子でそう言った母親は息子が戻ってくるまで自分の皿に手を付けようとはしなかった。父親もまた、示し合わせるまでもなくそれに従っていた。
ごく普通の、家族の光景だった。
「……なんで今さら思い出すんだろうな」
ベッドから起き上がった俺は重い頭を振って起き抜けの脳を強引に覚醒させる。
俺がまだ小学校に入ったばかりの、たぶん人生で1番恵まれていた時の夢。
あの頃は友達もたくさんいたし、毎日が新鮮で楽しかった。何より父さんと母さんが仲良くしていた。
「終わってしまったことを考えても仕方ないだろ。それより目の前の問題を片付けないと」
今の俺は冒険学部の生徒なのだ。冒険者になるために覚えなければならないことはまだまだ多い。
もう帰れない世界のことを気にしても意味はないし、仮に帰れたとしてもそこに居場所はない。
だから未練はない。
……未練は、ない。
冒険学部の1日は午前の部と午後の部の2つに分けられる。
午前中は必修授業の時間であり、各教室でクラス全員が揃って座学を学んだりグラウンドで体力訓練に励んだりする。学期末には定期試験もあるらしい。
一方、午後は特別な行事がない限り自由時間となり、ダンジョンに行くのも空き教室で行われる補習を受けるのもすべて生徒たちの裁量に任されている。
そして、冒険学部独自の制度である"選択学科"の授業が行われるのもまた午後の部なのだ。
授業といってもはっきりした授業内容や時間枠が決められているわけではなく、生徒の実力に合わせて専門の教師たちがほぼ個別に指導を行う形式の、どちらかといえば部活あるいは大学の研究室に近い位置付けのようだ。
まだ自由探索も許されていない雛鳥たちが午後の部を各学科の授業に費やしながらダンジョンに羽ばたくための力を静かに蓄える……今はちょうどそういう期間だった。
「これから学科棟を見に行こうと思ってるんだけど、よければ一緒に来てくれないか?」
昨日と同じく食堂でごく軽い昼食を済ませた俺は、木製のカップの中で湯気を立てるハーブティーで口の中を潤した後、同席していたプリムラとアキュートに声をかけた。
じっくり一晩考えたのだが、やはり俺1人で学科を決めるには情報が不足しすぎていた。
既に学科の授業を受け始めている2人なら何らかのアドバイスもできるだろうし、最低でも本人の所属学科に関する情報は得られるだろう。
だが、俺の目論見もむなしく、プリムラから返ってきたのは謝罪の言葉だった。
「ごめんねソウタ。案内してあげたいのは山々なんだけど、私たち今日は補習を受けなきゃいけないの」
「プリムラが……補習?」
予想外の理由だった。問題児のアキュートだけならまだしも、プリムラが補習を受けなければならないほど成績が悪いようには見えない。
彼女にも苦手な教科があるのだろうかと思ったが、そこでアキュートが詳しい理由を説明してくれた。
「一昨日のあれだよ。オーガがいたダンジョンの一件。あの時勝手にダンジョンに入った罰ってことで、いい機会だからみっちり勉強してこいとさ」
「私も先生たちに内緒でアキュートを追っかけていっちゃったから同罪なの。規則は規則だし、仕方ないよね」
「しかも俺だけ明日以降もあるんだぜ?『せっかくですから貴方の学力が平均値に到達するまで続けます』とか何とか言いやがって。あの学部長ぜってードSだわ」
「日頃の行いって大事なんだなぁ……」
「うるせぇよ」
異世界にドSという意味合いを持つ表現が存在することに密かな感動を覚えていた俺をよそに、ケルベロスのステーキ(昨日のやつを食堂に届けて調理してもらった)を食べ終えたアキュートはベルトを緩めながら椅子の背にだらしなくもたれかかっていた。
おそらくあの晩俺と別れた後に相当絞られたのだろう、彼の全身から「やってらんねーよ」という空気が漂っていた。
「それにしても学科の選択かぁ……ソウタは何にするの?」
「何にするっていうか、むしろ何も決まってないから他のみんなの意見を聞きたいと思ってたんだが」
「戦士にしろよ、戦士学科。男なら前衛だろ」
突如として復活したアキュートが反動をつけて椅子から立ち上がると俺の傍までやってきた。
ダレたり張り切ったりと忙しい奴だが気分屋の彼が乗り気になってくれたことはありがたい。補習が始まるまでの間にで可能な限り話を聞いておこう。
「戦士学科は主にタルカスのオッサンが仕切ってる。オッサンは多芸だから、剣でも槍でも近接武器なら全部教えてくれるんだ。
授業は戦闘がメインだしこの前の実習みたいなこともよくやるから、俺の性には合ってる」
戦士学科は文字通りパーティの最前列で道を切り拓く戦士を育てているらしい。
魔法が発達した世界といってもフィジカルは無視できない概念だ。鍛え上げた体は強力な魔物との戦いにおいても役立つに違いない。
「魔術師もいいんじゃないかな?魔術師に必要なのは冷静さだって先生も言ってたし、あんまり慌てたりしないソウタにぴったりだよ」
アキュートに触発されたのか、今度はシチュー皿を綺麗に空にしたプリムラがごちそうさまの祈りを手早く済ませてから俺の席に椅子を寄せてきた。
「魔術系の学科はいっぱいあるんだけど、私は黒魔術学科に入ってるの」
「黒魔術って具体的にどんな魔術が使えるんだ?プリムラが火球や岩を出すのは見たことがあるんだが」
「うーん……ものすっごく簡単に言うと相手を攻撃する魔術になるのかな。四大元素って呼ばれる火とか水とか、あと雷なんかも。
エカテリーナ先生が教えてくれるの。教え方も上手くて人気なんだ」
「あの女と1日中顔突き合わせるとか何の拷問だよ……」
黒魔術学科も戦士学科と同じく攻撃的な技術を教えているらしい。
魔術……確かに習得できれば大きなアドバンテージになるのだろうが、生まれてこの方魔術なんてものに触れてこなかった俺にも扱えるものなのだろうか?
こういうのは大抵才能とかセンスと呼ばれるものが必要になりそうな気もするが。
2人からもう少し詳しい内容を聞こうとした俺だったが、生憎と補習の開始時間はすぐそこまで迫っていた。
「あっ、そろそろ時間だから私行くね。ソウタも頑張ってね。ほらアキュート、早く」
「あ~~~~、めんどくせえ……」
食堂の時計に目をやりながらそう言うと、プリムラはアキュートを促しながら食堂から小走りに出て行った。露骨にやる気のないアキュートも彼女に続く。
プリムラは道すがら3人分の食器を重ねてカウンターに持っていってくれた。
「さて、どうしたものかな……」
2人の情報はある程度の指針にはなった。後は実際に学科を見学して俺自身が決めるしかないだろう。
補習が始まるということは、各学科でも授業が開始されている頃合なのかもしれない。俺もそろそろ学科棟に行こうかな……。
第3のアドバイザーが現れたのはちょうど俺がそんなことを考えていた時だった。




