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ようこそ冒険学部へ  作者: 嶋森智也
第2章:クエスト「ダンジョン実習」
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2-10

 夕食を済ませてから寮の自室に戻った俺は、部屋の整理を手早く済ませると授業の月間予定表を広げていた。

 昨晩はまだ部屋が用意できていないとのことで学部長室の仮眠ベッドを使わせてもらったので、自室に入るのはこれがはじめてだった。

 ヴィエッタ学園は全寮制である。冒険学部の生徒はすべて校舎の西に建てられた学生寮で生活を送る。

 室内は畳4枚ほどの小さな空間だが、必要最低限の家具は備え付けられているし、手入れも行き届いていたので居心地は悪くなかった。さすがに風呂とトイレは共用だったが贅沢は言うまい。

 寮長のおばさんの話では、昔は蒸し風呂しかなくて冬の寒い夜も寮の外にある風呂小屋まで行く必要があったが、魔術文化がそれなりに広まってきたことで断熱・保温設備を導入した浴場を寮内に作れるようになったんだとか。魔術様様である。


「えーっと、次のダンジョン実習は……」


 ベッドに腰かけてページをぱらぱらとめくっていく。タイムリミットは次回か、遅くとも2回目の実習。

 それまでの間に何らかの学科を選択し、おぼろげにでも自分の冒険者としてのスタイルを確立しなければならない。

 2週間の遅れというのは俺が考えていた以上に大きかった。タルカス先生はとにかく経験だと言っていたが、このまま漫然と戦闘経験を積んだところで満足のいく成長ができるとは思えなかった。

 そんなことを考えているうちに俺の指は「ダンジョン実習計画表」と書かれたページに辿り着いた。

 今日は4月15日なので、この先の実習日は、18と、19と、20と、21と、22と……


「……いやいやいやいや、これはおかしいだろ」


 なんと4月は18日以降のすべての日付に○印が描かれていた。休日すら存在しなかった。同じ4月でも俺の入学以前は3回しかダンジョン実習がなされていなかったというのに。

 自由探索が解禁される5月のページをめくってみると逆にそちらの方の○印は少なかった。

 

「あー、なるほど。つまり最初の半月で学科を選んで地力をつけさせておいてから実習を畳みかけて一気に仕上げにかかるのか。参ったなこれは」


 スタートダッシュで出遅れてしまった俺は頭を抱えるしかなかった。学部長も中途入学者なんて今までいなかったからこういう問題が発生するとは予想していなかったのだろう。

 ベッドに身を投げ出して打開策を考える。まあ……どのみちやることは決まっているのだが。


「明日と明後日、この2日間でなんとか学科を決めて、その技術を物にしないとな」


 明日も波乱の1日になりそうだった。

 気持ちを切り替えるために風呂にでも行こうかと立ち上がった時、控えめなノックの音が聞こえた。


「プリムラか?入っていいよ」

「わ、凄い。まだ何も言ってないのに当てられちゃったね」


 案の定ドアを開けて入ってきたのはプリムラだった。

 入学したばかりの俺を訪ねてきそうな人間は限られている。少なくともアキュートならこんな慎ましやかなノックはしないだろう。

 もしリンだったら危なかった。「プリムラと逢引の約束でもしてたの?」なんてからかわれるのはまっぴらごめんだった。

 プリムラはいつもの魔女服(魔術師の衣装らしい。魔女と魔術師は別物なんだとか)ではなく、クリーム色のだぼっとしたパジャマ姿だった。

 ついさっき風呂から上がったばかりなのだろう、彼女の長い髪はしっとりしていて、甘い香料の匂いを漂わせていた。

 俺は勉強机の方に座ってプリムラにはベッドに座るように勧めた。

 ……もしかして逆の方がよかったのか?ベッドだと変に意識させてしまうかもしれない。その辺りの気遣いができないのは人とあまり関わってこなかった俺の欠点だった。

 だがプリムラは特に気にした様子もなくちょこんとベッドの端に腰を落ち着けていた。俺の考えすぎなのか、プリムラが無防備なのか。どちらにせよほっとした。


「それで、こんな遅くに何か用か?」

「用ってわけじゃないんだけどね。実習が終わってから上の空っていうか、口数が少なかったから。

 ほら、ソウタは入学初日だから。いきなり環境が変わってさ、いろいろ悩んだりしてたらどうしようって。

 1日歩き回って疲れてるってだけならいいんだけど」

「ん……いや、今日はダンジョンでずっと気を張ってたからさ。まだ興奮が冷めてなくて。ピリピリしてるように感じたのなら謝るよ」


 どうやらプリムラは俺の様子がおかしいことに目ざとく気付いていたらしい。正直なところ時間が足りなくて焦っているのは確かだった。

 アキュートやジャンヌは言わずもがな、プリムラやリンも俺の遥か先を進んでいる。上ばかり見上げても仕方ないのかもしれないが現状で俺より下なんて誰もいないのだから焦りもする。

 しかしここで打ち明けてしまうのは男の沽券に関わる。自分でも変な意地を張っているのは自覚しているが、やはり女の子の前で弱音を吐くのは……ちょっと恥ずかしい。

 そんな俺の気持ちを察してくれたのか、プリムラはそれ以上追及してくることはなかった。


「……明日から、よろしくな」

「え?どうしたのいきなり」

「いや、入学初日だし、一応言っておこうかなって」

「……そっか。うん、これからよろしくね、ソウタ!」


 プリムラには恩がある。この世界に飛ばされてきた時、彼女に会っていなければ俺は今も前を向けていなかったに違いない。

 あの裏表のない純粋さに俺は救われていたのだ。

 だから俺はせめて、このはじめての友人の隣に自信を持って立てるようになるまで弱音は吐くまいと心に誓ったのだった。

2章終了です。3章は少しだけストーリーが動きます。

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