第89話 ホノカ語り。
パパにお願いしてVRマシンを買って貰ったのは『セカンドアース』のβテストの頃だったと思う。
学校には馬鹿しか居ないしずっと家に居る私が『外』に興味を持った事をパパ達は喜んでいたようにも見えた。
と言っても私としては軽い気持ちであり、登録を誤魔化してアバターを作成し『ホノカ』となって『セカンドアース』に降り立った時に最初に感じた事は少なくない失望だった。
男が多すぎるっ!
7対3位だろうか? 後から聞いた話ではそれでも女性が多い方だという事のようだけど、それでもプレイヤーの人口比は男が圧倒的に多く感じられた。
正式サービスが開始された今は6対4位になってるそうだけど、それでも汚い男が視界内に溢れるとか苦痛でしかない。
しかもその男達の多くが私に声をかけて来るのだ。
確かに『ホノカ』は私の外見をトレースしている以上小柄で、自分で言うのも何だけど可愛い部類だと思う。
だけど、可愛いから声をかけるというその男達の考えこそ気持ち悪い。
だから私はすぐに『セカンドアース』をやめるつもりだった。
でも私の幸運はそのすぐ後にあった。
サラサラさん達『銀の翼』に出逢えたのだ。
出会い方は何処にでもあるごく普通なもの。
私に声をかけてきた男があまりにしつこいから火球を撃ち込んだら大事になって、魔法師の私じゃさすがにどうしようもなくなってもうゲームやめようと思った時に助けてくれた人。
それがサラサラさんとコテツさんだった。
その後ケンカ両成敗という事で冒険者ギルドでお説教を受けたけど、そんな事はどうでもいい。
その事が切欠でサラサラさん達と仲良くなり、私もクラン『銀の翼』に入れて貰う事になった。
その時のメンバーは4人。サラサラさん、コテツさん、ルルイエさん。そして私。
元々サラサラさんとコテツさんがリアルでも友人関係で、ゲーム内でルルイエさんと出会い、そして私が呼ばれたそうだ。
勿論前もって確認した事だったけど、女性だけしか居ないクランは私の条件にぴったりだった。サラサラさんやコテツさんは素敵な大人の女性だったから言う事はない。
その上クランリーダーであるサラサラさんは更に好条件を提示してくれた。
『新メンバーの加入は現クランメンバー全員の同意をもってのみとする。』
つまり私が首を縦に振らない限り『銀の翼』は女の園を守る事が出来るのだ!
本来はクランリーダーが決定する権限を私達一般メンバーとも相談して決めてくれるサラサラさんはすごい人だと思う。
コテツさんは「面倒臭がりだから、他の人に丸投げしてるだけ」って言ってたけど多分それだけじゃないと思う。……それも少しあると思うけど。
クランに入った事で前のように声をかけられる事も減ったし、少しくらいは私が何か言う前にサラサラさんやコテツさんが断ってくれたから前よりずっとゲームが楽しくなった。
私はゲームを続ける事を決めた。
5人目のメンバーはノワールさん。
連れてきたのはルルイエさんだった。1人でずっと樹上からモンスターを射殺していた弓手が居たから連れてきたのだという。
見た目は黒髪姫カットでゴスロリお嬢様って感じで、年上の人にこんな事を言うのもどうかと思うけど、どこのお人形さんだろうという感じだった。
でもノワールさんは変な人だった。皆が挨拶をしても、
「よろしく」
と頭を下げるだけでそれ以上語らず、無表情なままだった。
「ノワっちってシャイやから、その辺許したってな」
ルルイエさんが笑いながらそう言った。そうなのかな?
でも女の子だし断る理由はない。こうして5人目の仲間が出来た。
6人目は正式サービス開始直後だった。
名前はマヤさん。
この人も年上のお姉さんだった。……まぁこのゲーム内で私より年下なんてほぼ居ないと思うけど。
彼女は『セカンドアース』で探してる人が居るそうで、探し人の為にゲームを始めたと言っていた。
だからクランに入ると迷惑をかけるかも、と最初は遠慮をしていたが、サラサラさんが説得し、メンバーが反対する理由も特になかったから加入する事になった。
実際クランの前衛が手薄だったからマヤさんの加入はクランのパーティバランスが良くなってその後の狩りがしやすくなった。
特に私みたいな魔法師にとって前衛のタンク性能はとても大きいのだとマヤさんの加入で思い知った。
今まで唱えられなかった大魔法がマヤさんのお陰でぽんぽん撃てるようになったのだ。
それで思い返してみたらマヤさんが入る前の『銀の翼』は鎧を着てないコテツさん、中衛のサラサラさんとルルイエさん、後衛のノワールさんと私。だったのだからかなり後ろ寄りの構成だったのだろう。
それにマヤさんは真面目で、ある意味サラサラさんよりリーダーがするような事務や連絡と言った作業を請け負ってくれていた。
いつもごろごろしてるルルイエさんや何も喋らず無表情で黙って座っているだけのノワールさん。ログインが比較的少なめなサラサラさんと、露店で居ない事も多いコテツさん。という構成ではまさに必要不可欠な人だった。
そして7人目……出会いは最悪だった。
暫くマヤさんがクランを空けて、やっと戻ってきて暫くした頃。あの時の事は今でも夢に見る。
それはありえない事だったから。
私がログインして、日課にもなってしまっていた、ホームのお風呂に向かったら、既に先客が居たのだ。
他のクランメンバーが昼間からお風呂に入るのは珍しいなぁ……と思いつつ、入っていくとそこに居たのが……
ユウだった。
湯船から立ち上がった状態で固まった1つの人影。
小柄な……私と変わらない位の背丈。筋肉も殆どついてないその手足は私より細い位で、きめ細かな白い肌はお風呂に入っているからか桃色に火照り、物凄く長い銀髪がその肢体に絡みついて輝いている。
身体と同じように小さな顔の大きな瞳は驚きに見開かれて此方を見ていた。
新しいメンバー加入予定の女の子なのかな?
その姿を見て一瞬そう思った。
「あ、えと、これは、その、僕は、あ、えっとっ、ちゅがうんれすっ、らから、ああっ」
少女が何か言い繕おうとしていた。
違和感を感じた私の視線が彼女の下の方を見た時、あるはずのない物がそこにあるのを見て、私は悲鳴を上げていた。
最悪だ。本当に最悪だった。私が、この私が、知らない男の、あの、あれを、見ちゃうなんてっ!
しかもその男がクランに加入するというのだっ! 許せる訳がないっ!
私は断固として反対した。
全員が賛成していようとも、マヤさんのリアルでの知り合いだとしても、『銀の翼』に男を入れるなんてありえないっ!
たとえ見た目が女の子にしか見えなくても関係ない!
自分はログアウト出来ないとか、痛覚がカットされてなくてダメージが本当に痛いとか言われても知らないっ!
どうしてもというのなら私が抜けても仕方ないとまで思った。
でもそこでサラサラさんに手渡されたクッキーを食べて、その美味しさに心を奪われている間に、気付いたらユウはクラン仮加入状態で収まっていた。
自分でも失態だと思うけど、なってしまったものは仕方ない。
まだ仮加入なのだからこれからいじめて追い出せば良いのだ。私の方が先輩なんだしっ!
ユウはおかしい。
見た目女の子みたいだし、コテツさんに譲って貰ったからと言って普段から女性用装備の純白のローブを着てる。それを変だと思ってないみたいだ。
男なのに。
それだけじゃない、毎日嬉しそうに朝昼晩の料理を作り、おやつまで準備している。
しかもそのどれもが蕩けるように美味しい。食べる度に私の方がおかしくなりそうな位に美味しい。
男なのに。
しかも毎日ホームの掃除をしているみたい。
勿論個人の部屋には入れないように鍵を設定して貰ったけど、リビングやキッチン、廊下やトイレやお風呂をせっせと掃除してる。
別に誰がしろって言った訳じゃないし、ゲームだから放っておいてもそんなに汚れる事もないのに。
いつだったか少し早めにログインした時、小声で歌を歌いながら楽しそうに窓を拭いてるユウが居て、その歌がもっと聴きたくて隠れて聞いてしまった事まであった。
男なのに。
クラン狩りに行った時、私の強さをユウに見せつけようと思っていたら、魔法自体はうまく行ったけどHPを削りきれなくてボスモンスターに襲われそうになった時、ユウに助けられてしまった。
襲いかかってくるモンスターと私の間に飛び込んで、瀕死とはいえ侍祭のユウがボスモンスターを倒してしまった。
私は攻撃を受けた所で最悪デスペナルティを受けてホームで復活するだけだ。
ユウは物凄く痛くて、最悪一度死んだらもう復活出来ないかもしれないと言っていたのに。
なのにユウは危ない私の前に飛び込んで助けてくれた。
男のくせに。
男のくせに。
ユウのくせに……。
ユウは馬鹿なんだと思う。
転職祭で人に頼まれたからってほいほいイベント参加を受けてきたみたいで、準備だなんだと毎日忙しそうに走り回っていた。
前日なんて死にそうな顔でフラフラになってもまだがんばっていた。
サラサラさんがこっそり皆にユウが倒れないようにサポートしようと提案して持ち回りでフォローしてたけど、多分本人は気付いていない。
ユウは馬鹿なのだ。
でもそのお陰で『転職祭』当日は盛況だったようだ。露店も無事完売したようだし、結局他のイベントも好成績だったみたい。
露店のホットドッグは今やレアアイテムとして物凄い高値で取引されてるって聞くし、歌唱コンクールの動画なんかは動画サイトにまでUPされて物凄い閲覧数を叩き出してるそうだ。
でもそれをユウは知らない。
ユウは馬鹿なのだ。
ユウは馬鹿だから、今日もやらかしていた。
転職直後、皆で行った冒険者ギルドの修練場。
私が射撃場エリアで魔法のテストを、マヤさんとコテツさんがPVPエリアで模擬戦をしてる時、不意に物凄い閃光で周りが真っ白になった。
射撃場エリアもPVPエリアも外部と隔絶されているから目が眩んだりという事はなかったが、エリア外が突然真っ白になったら誰でも驚く。
しかもおそらく中央に居た人達の悲鳴か絶叫かまで聞こえてきたらエリア内の人も不安になっただろう。
原因はユウだった。『聖光』をフルパワーで使っちゃったらしい。
修練場での事故のようなものだが、実際にそれで被害者が出てしまった以上冒険者ギルドとしても放置は良くないらしく、ユウは受付横でお説教を受ける事になった。
これはユウへのお説教というだけでなく、わざわざ皆の見える場所で「こうして罰を与えてます」というデモンストレーションの意味合いも大きいんだと思う。
じゃないと変に長いし、コレをしておかないとギルドが舐められたり、逆に無罪放免に見えるユウに何かしらの嫌がらせが起こりえるのを防ぎたいんじゃないだろうか?
ユウが気付いてるかはわからないけど。
ユウは馬鹿なのだ。
翌日もユウはユウだった。
皆で行った南海の砂浜フィールド。討伐目標は半魚人。
転職して強化された私達なら倒しやすいモンスター。
しかし蓋を開けてみれば圧倒的な戦いだった。
原因はユウだ。
ユウの神聖アーツ『高位』によって『祝福』『加速』そして『魔力活性』が強化され、それによって強化された私達は今までとは全然違う動きと威力が生み出されていた。
私達の転職だけでここまでの差は生まれない。
けど、ユウは自分がどれだけすごいのかを気付いてないようだった。
暢気に、
「がんばれー」
とか応援してる。その声も可愛い。ユウのくせに。
そしてNPCの女性が半魚人に襲われてるのを見て、自然に動いてしまったようにユウは飛び出してしまった。
私が止める間も無かった。
ユウは本当に馬鹿なのだ。
自分だって危ないのに、何度も何度も怒っても、それでも誰かが危ないとみると飛び出しちゃう。
だから私が守らなきゃいけない。
放っておいたらユウは死んじゃうから、誰かを助けるユウは私が助けなきゃいけない。
ユウは本当に馬鹿なのだ。
今日もなんとか助ける事が出来たけど、その時のユウの有様は酷かった。
粘液にまみれて透けた純白のローブ、タコの触手にまさぐられて火照った白い身体、息も絶え絶えに「ありがとう」と口にするユウは女の私から見ても色っぽくて、もっと見てみたくなって……。
って、私は何を言ってるの!?
相手はユウだ、男なのだ。
男は汚くて、うるさくて、えっちで、ダメな種族なのだ。
ユウのくせにっ!
ユウのくせにっ!
ユウのくせにっっ!!




