第76話 本戦へと至る道。
「ひどいめにあったぁ……」
スタッフの人が総出でペットモンスターを引きはがしてくれたお陰で僕はなんとか脱出する事が出来た。
群がるペットモンスター達は純真な瞳でただただ甘えて来ていただけだったから迎撃する訳にもいかず、又多勢に無勢では防護印も効果ない。
結果、僕は全身涎まみれの酷い有様になり果てていた。
「おかえりユウ」
「……ただいまシルフィードさん」
笑顔で出迎えてくれたシルフィードさん。さっきも貴方は僕をそういう目で見続けて助けてくれませんでしたね。
つい恨みがましい目で見てしまう。
「いや、ほら、ユウがあまりに可愛くてつい、ね」
僕の視線に気付いたのかシルフィードさんはそう言って意味のわからない弁明を始める。
そもそも男の子に可愛いからというのは何の弁明にもならないけど。
「そんな怒らないでよ、ユウ。ほら、タオルで顔を拭いて」
未だジト目で頬を膨らましていた僕にシルフィードさんがタオルを手渡してくれた。
無言でそれを受け取ってとりあえず顔についたペットモンスターの唾液を拭き取る。ふっくらしてお日様の匂いのするタオルが気持ちいい。
気持ち良かったからつい油断して笑みがこぼれてしまった。
「機嫌治ったみたいだね」
そう言ってシルフィードさんが微笑んだ。
「そうでもないよ」
掌で踊らされてる気がしたから、そう言ってぷいと横を向いた。
でも顔は拭けたとはいえ、まだ気持ち悪い事には変わり無いし、一度お風呂に入っちゃいたいけど……どうしようかな? ホームまで帰ってお風呂に入って戻って来ては大変だし……。
それにあまり時間をかけているとPVPトーナメント本戦が始まっちゃうかもしれない。
「ねぇ、シルフィードさん。この辺にお風呂って貸してくれる所ないかな?」
1人で考えていてもわからないからシルフィードさんに聞いてみる事にした。
「お風呂? そうか、うん。じゃあこの近くにある私の知り合いの宿に行って借りようか」
即決したシルフィードさんに手を引かれて僕はお風呂に向かって移動した。
と言っても移動距離は本当に僅かだった。
当然のように目の前の豪華な建物に入っていくシルフィードさん。
壁に星が5つ並び、床には真っ赤な絨毯が敷かれている。
ある意味懐かしく、ある意味二度と来る事はないと思っていた場所。
そこはテランの最高級ホテルだった。
「これはこれはシルフィード様、いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょう?」
僕達を見た受付の人が当たり前のようにシルフィードさんに頭を下げる。
「突然で申し訳ないがお風呂を貸して貰えないだろうか? 友人が少しトラブルに巻き込まれて汚れてしまってね」
「畏まりました。では此方へどうぞ」
とんとん拍子で部屋へ案内されていく。シルフィードさんって一体何者なのっ!?
このホテルって一部屋5万Eとかそんなだったと思うんだけど、そこに顔パスってどういう事っ!?
いや、それよりもっと大事な事がある!
そう、今シルフィードさんが僕の事を『友人』と言ってくれたっ!
シルフィードさんも僕の事を友達と思ってくれてたんだっ! 良かった! 僕だけじゃなかったっ!
えへへ、やっぱりこうして言葉にして貰えると嬉しいなぁ。
「ユウ、何してるの? 行くよ?」
「あ、うん! ま、待ってっ!!」
慌てて駆け出す僕を見てシルフィードさんが何故か不思議そうな顔をした。
「ユウ、そんなにお風呂に入るのが嬉しいのかい?」
「え? 何で??」
「だって、にやけて締まりのない顔をしてるじゃないか」
「ふぇ!? あ、う、うん。 そ、そうだよ、お風呂、たのしみだなー!」
どうやら顔に出ていたらしい。危ない、1人でへらへら笑ってたら馬鹿みたいじゃないか。気を引き締めないと。
眉間に力を込めてキリッとした表情を造る。
何故かシルフィードさんが苦笑したような顔をした。
前にも泊まっていた時には使わせて貰ったけどやはり高級ホテルのお風呂は違う。
清掃が行き届いているのは勿論だけど、一つ一つが輝いていて、お風呂が宝石のようだ。
それでいてとても使いやすい。
ホームの露天風呂風のお風呂も良いけど、アレって露天風呂としての見た目優先だからちょっと不便だったりする。豪華さという意味では方向性の違いとはいえやはり此方が上だし。
時間が無いとはいえ、ざっと身体を洗って汚れを落としてから僕はしっかり湯船に浸かった。
せっかく最高級ホテルのお風呂を借りてるんだから、シャワーだけで済ますのは勿体なさすぎる。
そう、勿体ない。だから僕は湯船の中から部屋に居る筈のシルフィードさんに改めて尋ねた。
「ねぇシルフィードさん~、本当にシルフィードさんは入らなくて良いの~?」
「け、結構だっ! そもそも私は汚れてないから大丈夫だろうっ!?」
「遠慮しなくていいのに~」
慌てた声で帰ってくる返事。
さすが最高級ホテルだけあってお風呂も広くて、5人でも6人でも同時に湯船に浸かれる位だし、男同士なんだし、遠慮する事ないのになぁ……。
他の人がお風呂に居ると落ち着けないタイプなのかな? 僕も知らない人だらけだと落ち着けないしわからないでもない。昔はよくじろじろ見られたりして嫌な思い出もあるし。
「こっちは男湯ですよ」
とか当たり前な事を言う人も居た。意味不明だよね、ホント。
あ、でもシルフィードさんってこのホテルも顔パスみたいだったし、いつも使ってるから勿体ないとかじゃないのかな?
一体何者なんだろう、シルフィードさん。
考えてもわからないし、時間もないから僕は湯船から飛び出して備え付けのタオルで身体を拭き、汚れた制服の代わりにいつもの純白のローブを装備した。
もう結構時間も経ってるし、これにフードをかぶれば大丈夫だろう、うん。
鏡の前で格好いいポーズを決めてから、部屋に戻る。
「シルフィードさん、ありがとう。良いお湯だったよ~」
「そ、そうか。良かった」
「シルフィードさんも一緒に入れば良かったのに」
「…………」
何故か困ったような目で見つめられてしまった。
ぼ、僕と入るのってそんなに嫌なの?!
「ユウ」
「な、何……?」
真面目な表情のシルフィードさんに僕も身構えて応える。
「君はもっと自分を大切にした方が良いと思うぞ」
「ど、どういう事!?」
「その日逢った男とホテルに入り、あまつさえ入浴に誘うなんて危険極まりないという事だよ。私がもしその気があれば襲われててもおかしくないだろう?」
男同士でそんな事ある訳が……そ、そうか、そっち方面の趣味の男性ならありえる……のか!?
シルフィードさんにソノケがあった場合……。
想像して血の気が引き、顔面蒼白になっていく僕。
さっきお風呂に入ったばかりなのに手先が冷たくなる。
そんな僕を見てシルフィードさんが大きくため息をついた。
「わかってくれたならそれでいい。……が、そんなに震えられると正直凹むな」
「あ、う、うん。だ、大丈夫、大丈夫っ! シルフィードさんはそういう人じゃないしっ!」
実際僕が誘ってもお風呂に来なかったんだし、普通に友達なだけだよねっ! うんっ!
「ん? 本当にそうかい?」
ニヤリと笑って僕を抱き寄せ、おでこを付けて僕を見つめるシルフィードさん。
ち、近いよっ!? 確かにシルフィードさんは男から見ても見惚れる位のイケメンだし、格好いいと思うけど、足が地面すれすれだしこの体勢はきついっ!
「ししし、シルフィードしゃん!? 冗談はやめてよねっ!?」
「あはは、やっぱりユウは面白いね」
そう言って解放してくれた。
くそう、なんで男相手に顔を赤らめてるんだ僕。僕だってそのケなんて無いのに。アレか、イケメン無罪か。
「さて、ユウも『PVPトーナメント本戦』を見に行くんだろ? 時間もないしそろそろ行こう」
悔しかったので、そう言ってシルフィードさんが差し出した手を僕はぺしりと叩いてからフードを被った。
そうして時間ぎりぎりに何とか特設コロシアムに到着した僕は正直絶句した。
人が多すぎる。さすが今回の『転職祭』の目玉だけあってログインしてる全てのプレイヤーと多くの王国民が来ているんだろう、観客席に入りきれない人た外にまで居る。
これじゃ入場料を払う所か入る事も無理そうだ。
「これはすごい。大人気だね」
「ど、どうしよう……これじゃ席ってもう無いよね……」
自分の考えの甘さに、マヤやアンクルさんに申し訳ない気持ちになる。
観戦に行くと言っておきながら、ギリギリに会場に来て入れなかったとか言い訳にもならない。
一応各所に中継モニターがあるみたいだけど……それでも出来ればマヤ達の活躍を生で見て応援したい。
立ち見席でも良いから中に入れないかなぁ……と思っていると、シルフィードさんが平然と歩いていって受け付けスタッフの人と何やら話し始めた。
と、すぐに僕を呼ぶシルフィードさん。
「ど、どうしたの?」
慌ててシルフィードさんの側に駆け寄ると、シルフィードさんはにっこり笑った。
「じゃあ行こうか」
「え?」
意味がわからずにシルフィードさんを見つめる。
と、横にいた受付の人が恐縮しながら頭を下げた。
「どうぞ、お通り下さい!!」
な、何? 何がどうなってるの!?
混乱する僕の手を引いてぐいぐい進むシルフィードさん。
そのままコロシアムに入り、連れてこられた席はリング横のかぶりつき席だった。
「えっと……シルフィードさん? これは一体……」
「実はこっそり予約してあったんだ」
種明かしをするようにそう言ってシルフィードさんは悪戯っぽく微笑んだ。
「で、でも、これってすごく高いんじゃ……」
「ホットドッグのお礼だよ」
「全然釣り合ってないよ!? どれだけホットドッグが好きなのっ!?」
大体ホットドッグのお礼ならお昼をご馳走して貰ったり、お風呂借りたりしてむしろ僕の方が借りが多い位になってると思うんだけど、更にこの予約席は下手したらさっきの高級ホテルの宿泊料より高いんじゃ……。
「ユウの料理はそれ程の価値があったという事さ。 それに受け取ってくれないと、もう試合が始まるからこの席が無駄になるだけだし、座ってくれたまえ」
そう言って微笑みながら席に着くシルフィードさん。
たしかにもうコロシアムにも入っちゃったし返金出来ないだろう。
「せめて代金を……」
「ほら、試合が始まるよ。早く席に着かないと」
手持ちで足りるかわからないけど、支払おうとする僕の言葉をわざと無視してシルフィードさんが闘技場を指さした。
「……ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
笑顔のシルフィードさんの隣の席に僕は仕方なく座った。
このお礼に料金分の大量のホットドッグを作って食べさせよう。そう心に誓って。




