第74話 ダンボールの中。
「それで貴方はどうしてこんな所に?」
お互い笑いあい、一段落した後で僕も又同じ事を男性に尋ねてみた。
「私は……おっと、自己紹介がまだだったね。私の名前はシルフィード・テ……シルフィードだ」
そう言って男性……シルフィードさんは僕に微笑みかけた。
「あ、はい、えっと、僕は侍祭のユウです。」
慌てて僕も自己紹介する。
「ユウ?……侍祭のユウ……ユウ?」
と、何故か僕の名前を反芻しながら頭を悩ませ始めるシルフィードさん。
「シルフィードさん?」
「あ、すまない、あー……もし人違いだったらいいんだが……もしかして今日の昼に『料理コンテスト』に参加したりしていないか?」
「あ、はい、してましたけど……」
「もしかして、その時最高点を出したりしなかったか?」
「えっと……自分では確認してないですが、噂だと」
僕が答えた瞬間、シルフィードさんの顔が見るからにぱぁっと明るくなった。
「では貴女が『魔皇女の雫』を扱う料理人『ユウ』かっ!」
「な、何その異名っ!? 初めて聞いたよっ!?」
「商人ギルドのギルドマスターに聞いたんだっ! 今回の『料理コンテスト』に奇跡の調味料を操る料理人が現れたとっ!」
て事はシルフィードさんは商人ギルドのギルドマスターと知り合いなのかな? 見るからに仕立ての良い服着てるし、おかしくないか。
まぁ冒険者の僕ですらも知らないうちに生産者ギルドのギルドマスターさんと顔見知りだったし、珍しい事じゃないのかも。
「それで、その料理人『ユウ』の料理が食べられる露店があると聞いて居ても立っても居られなくなって飛び出してきたら、何故か追われてこの有様になっちゃってね」
そう言って胸を張るシルフィードさん。
……追われた挙げ句ダンボールに隠れるのは胸を張る行動じゃないと思うけど……人の事は言えないけど。
思い立ったら吉日な人なのかもしれない。
「あ、でも……」
「ん? なんだい?」
言い淀む僕を覗き込むシルフィードさん。
その笑顔を見ると言い出しにくくなる。けど言わないと問題を先送りにしても何も解決しない。
「えっと……さっき、連絡があって、露店の方は完売したって……」
つっかえながら説明する僕の言葉を聞いていくうちにシルフィードさんの笑顔はどんどん曇り、最終的にこの世の終わりのような顔になってしまった。
僕の料理を聞いて楽しみにしてくれて、それで飛び出して、トラブルに巻き込まれて追われて、そんな大変な思いをしてまで僕の料理を食べたいと思ってくれたのにそれがもう無いと宣告しなきゃいけなかった。
本当に申し訳ない……完売と言っていた以上もう露店には一個も残ってないだろうし……どうしたら……あ。
「その……シルフィードさん?」
「ん……なんだい……?」
さっきと同じやりとりなのに、シルフィードさんの表情は何処までも暗い。その表情を見ていると罪悪感に締め付けられる。
「その……僕の食べかけだから、嫌なら全然良いんだけど……一応、お昼に一口だけしか食べてない僕の露店のホットドッグがあるけど……食べます?」
おそるおそる説明する僕の言葉を聞いていくうちにシルフィードさんの絶望に光が差し、目が輝き、最終的に晴れ渡るような笑顔になった。
「勿論だっ! 本当に貰っていいのかいっ!?」
「あ、は、はい」
あまりの勢いに圧されて僕はアイテムウィンドウから慌てて食べかけのホットドッグを取り出して渡す。
受け取ったシルフィードさんは最高潮に目を輝かせた。
「これがユウの料理か……」
ゆっくりとかぶりつき、一口、口に含むシルフィードさん。
何度か咀嚼して味わった後、飲み込んだシルフィードさんは……
物凄い勢いで涙を流していた。
「し、シルフィードさんっ!?」
し、しまった! じ、自分用だったからマスタードかけすぎだったっ!?
そりゃマスタードダメな人も居るよね? 確認してなかったっ!
どうしよう、ただでさえ食べかけを渡すなんて事してるのに、その上マスタード多めとか何処の罰ゲーム状態になっちゃった?!
「あのっ、無理に食べなくてもいいですからっ……」
「あ……いや、大丈夫。すまない、ユウ。コレ、すごく美味しいよ。美味しすぎて涙が出てきたんだ」
「あ、ありがとうございます」
『美味しすぎて泣いた』なんて嘘をついてまで僕が悪くないとフォローしてくれるなんてシルフィードさんは優しい人なんだな。
その気持ちが嬉しくて僕はお礼を言い、その気持ちを無碍にしない為にもそれ以上僕からは何も言わなかった。
その後は最初の一口より少なめに少しづつ食べ続けるシルフィードさん。
最初のような溢れる程の涙は無くなり、笑顔で美味しい美味しいと食べてくれた。
少量づつならマスタードも大丈夫だったようだ。良かった。
最後の一口まで食べきり、指まで舐めて名残惜しそうにしているシルフィードさん。僕より大きくて、モデルみたいなイケメンで、王子様っぽいし年上かもしれないのにそういう仕草は子供っぽくてちょっとおかしい。
「ありがとう、ユウ。本当に美味しかったよ。もっと早く知っていれば買い占めに行っていたかもしれない位だ」
「あはははは……」
それはやめてください。
「しかし困ったな……こんな素晴らしい料理をご馳走になって、返す物が今は何もない……」
「そんなのいいですよ。食べかけだったし」
「いやしかしそう言う訳にはっ!!」
必死に食い下がるシルフィードさん。
僕としてはむしろ食べかけのホットドッグ一個でお礼をどうこうという方が申し訳なくて困るんだけどなぁ……。
「あ、じゃあ出来ればで良いんだけど……『魔皇女の雫』については秘密にして貰えると嬉しいかな?」
「秘密に?」
「商人ギルドのギルドマスターさんが何だか物凄く高価だとか言ってたから、有名になると困りそうだし?」
「ふむ……しかしそんな事で……」
「僕にとっては食べかけのホットドッグ自体が『そんな事で』だからね」
「いや、だが……」
何か言おうとするシルフィードさんだったが、最後まで言う事は出来なかった。
「おいっ、こっちから声がしたぞっ!」
突然聞こえてきた男の声と、明らかに複数人の近づいてくる足音。勿論それだけじゃ僕を追っている人か、シルフィードさんを追っている人かはわからない。
僕もシルフィードさんも緊張して無言になり、気配を殺して目で合図をおくる。
ここはただのダンボールだから覗き込まれたら丸見えだ。その前に動き出さなきゃいけない。
だから僕は小声で自分とシルフィードさんに加速をかけた。
そしてもうダンボールに手がかかるという瞬間にシルフィードさんが飛び出し、僕は聖光を唱えた。
一瞬の閃光が辺りを焼き尽くして、背を向けているシルフィードさん以外の目を眩ませる。
その隙に僕も飛び出して加速の速度で男達の横を2人で走り抜けた。
「っ! これは加速か」
「うんっ! さっきかけたから、これで逃げようっ!」
自分の加速に驚いた声をあげるシルフィードさん。こっそりかけたから気付かなかったようだ。
そのシルフィードさんを必死で追いかける僕。
「たしかにこれなら逃げ切れる。だがこれなら…………この方が早いっ!」
「ひゃわっっ!?」
突然僕をお姫様だっこしてシルフィードさんが路地の壁を蹴って立体的に駆け抜けた。
ていうかこの人何っ!? 人間ってこんな事出来るもんなのっ!? って、なんで紐の上を走れるのっ!? 屋根をジャンプで飛び越えるとかどういう事っ!?
「ちょっ、怖っ! やっ!待っ!? こっ、こんなアトラクション頼んでひゃよっ!?」
「喋ると舌を噛むぞっ!」
目を回す僕を見てむしろ楽しそうに飛び回るシルフィードさん。
僕の悲鳴が王都の路地裏に木霊した。
「ふぅ……ここまでくれば大丈夫か」
暫く壁を走り、屋根を飛び越え、裏道を走り抜けて、別の路地裏についてシルフィードさんが一息ついた。
僕はその間抱きかかえられて生きた心地がしなかった。
「それにしてもユウの神聖魔法はすごいな。お陰で助かったよ」
「僕はシルフィードさんがすごいんだと思う」
涙目で抗議の視線を送る僕。本当に怖かった。しかもこの人絶対途中から僕が怖がるのを楽しんでいた。最後の3回転半とか絶対要らないしっ!
僕の加速はあんな動きが出来るようになる魔法じゃないよっ!
「あはははは、すまない。ユウがあまりに良いリアクションをするから、ついサービスしてしまった」
「そんなサービス要らないよっ!?」
「しかしアレは私を追う者達ではなかった。おそらくユウを追っていた者だろう。」
さっきまでのおちゃらけた雰囲気から一転真面目にそう言い出したシルフィードさん。
これでさっきの怖いのを流してしまおうとしてるようで、狡いと思うけど変に蒸し返してもしかたない。
それに絶叫マシンが怖かったと抗議する高校生男子というのも情けないし。
「じゃあシルフィードさんを巻き込んじゃったのかな……ごめんなさい」
「いや、私も追われてる身、お互い様だ。それに、実際にあんなのを見た以上、恩のあるユウをこのまま放っておく訳にもいかない」
食べかけのホットドッグ一個の恩ってどれくらいなんだろう?
もう十分返して貰ったと思うんだけど……。
暫く何かを思案していたシルフィードさんは僕を見て口を開く。
「さっき露店はもう完売したと言っていたが、ユウはこの後予定とかはあったのか?」
「あ、えっと……まだお祭りを何も見てないから、露店を見たり、まだやってるイベントを覗いてみたりしようかと思ってるけど……」
でもあの追跡者達を見ると無理かなぁ。数時間もすれば諦めてくれるだろうし、PVPトーナメント本戦位は見れると思うけど。
「では、この後私と一緒に『転職祭』を覗かないか?」
「一緒に?」
「ああ。恐らくユウの追っ手も私の追っ手も、我々が1人だと思っているだろう。だから2人で行動すればそれだけ追跡者の目を誤魔化せる」
なるほど、確かに一理ある。
「1人の男性」を探している状態で「2人組の男性」は無意識に捜索の対象外になりやすい筈だ。一応お互いにメリットのある話かもしれない。
「でも……良いの?」
不安になって尋ねる。
お互いにメリットがあるとはいえ、明らかに僕の方が好条件だ。シルフィードさんはその気になれば壁だって駆け抜けられるんだから1人で逃げられると思う。
そうならないように頑張るけど、むしろ僕が邪魔をしてしまう可能性が高い。
「勿論。食事の恩は死んでも返せというのが私の家の家訓だからね」
「そ、そんな事で死んじゃダメだよ!?」
「あっはっは、冗談さ。私も危なくなったら逃げるから安心していい」
なら……良いのかな? 確かに僕を置いていってくれるなら、シルフィードさんは1人で何処まででも逃げる事出来そうだし。
「そういう事なら……宜しくお願いします」
「こちらこそ」
頭を下げる僕に笑顔で答えるシルフィードさん。
そうして僕はシルフィードさんと逃走同盟を結んだ。




