第72話 黒騎士語り。 後編
小柄な……中学生、下手したら小学生と言っても通る程の小さな身体。同じ位小さな顔と、整った顔立ち。大きな青い瞳はモヒカンを睨んでいるが、それで彼女の可愛さを損ねてはいない。いや、むしろ必死な表情は彼女の可愛さを引き立てているようにも見える。
更にブレザーの学生服のような制服にエプロンを合わせている様はまるで『可愛い妹が家族の為に学生服のままエプロン着用で料理作ってくれてますよ』感が溢れている。
そして足下まで伸びる長い銀髪が彼女の言葉と共に揺れて、まるで彼女の回りだけが輝いているように見えた。いや、もしかしたら本当に輝いていたのかもしれない。
「い、いっぱい並んでくれてるお客さんが居るし、ひっ、1人の人に全部売るなんて、できませんっ!」
「うるせぇなぁ! ごちゃごちゃ言わずに売れば良いんだよっ!!」
モヒカンに呆れ、彼女に見惚れていた俺は、モヒカンが彼女に振り上げた腕を見て考える前に列から飛び出し、反射的にその腕を掴んで居た。
えっと……つい飛び出しちゃったけど……ど、どうしよう?
とりあえず……
「天下の往来で幼気な少女に乱暴を振るうようなプレイヤーがまだ居ると驚きだ」
努めて冷静な声でモヒカンにそう告げる。
実際こうした暴力行為や違法行為を行うプレイヤーには厳しい処罰が下されるのが『セカンドアース』なのだ。
なんでも西の森でMPKをしようとしたプレイヤー達は一発アカウント停止になったとか何とか。
「なっ、なんだ手前ぇ?!」
突然の俺の登場に慌て、少し怯えたような声をあげるモヒカン。
それもそうか。突然フルフェイス兜の全身黒ずくめの戦士とか、俺が見ても多分ビビる。
どう見ても悪役だ。
「ただの通りすがりだよ。そして見過ごせなかったから介入しただけだ。」
「うっ、うるせぇ部外者は黙ってろっ!!」
そう言って腕を振り解こうとするモヒカン。が、一向に振り解けない。
その筋肉は伊達なんだろうか? ……と思いつつ自分のステータスが見えて気付いた。
無意識に突撃したから固有スキル『剛力』と『神速』がオンになっていたらしい。
確かにあの距離で少女を救うには『神速』状態じゃなきゃ無理だったか……この二つの固有スキルはオンにしておくとAP消費するから無意識にオンオフ出来るように普段から特訓してた成果が出たようだ。
「部外者、そうだねぇ……でも、君達も『PVPトーナメント』の参加者でしょ? なら、勝負を挑まれたら断れないよね?」
俺とモヒカンが手を掴んでいる様を見ていたグラスがニヤニヤ表情で会話に入ってきた。
そういえばモヒカンは3人組で、よく見たらバッジも付けている。
なるほど、確かに血の気が多そうだし参加してても不思議じゃないか。
しかし……グラスの奴、何を企んでる?
「……俺はそんなつもりでは」
「いーのいーの。こういう手合いはしっかり力を見せつけた方が後腐れないんだから」
無駄な戦闘もグラスに良いように使われるのも御免だから何とか切り抜けようと思った俺にシャーリ姉ぇまでやってきた。列から全員離れて戻れなくなったらどうするんだ。
しかし、シャーリ姉ぇの言う通りなのかもしれないが……モヒカンキャラやってる位の奴等だけど、それでも文明的に言葉だけで説得できないものか。
「おおぅ? やるってんならやってやるよっ! 後悔すんなよぉっ!?」
モヒカン達はやる気満々だった。
モヒカン達は弱かった。
行列が埋まる事を危惧した俺が『剛力』に『神速』だけでなく『闘気』もオンにして全力で倒しに行ったから当然かもしれないが、それでも弱かった。
そんなんでよく暴力沙汰なんて起こせたもんだ。
……やっぱりザコモヒカンキャラをしたかっただけなんだろうか?
いや、今はモヒカンなんてどうでもいい。
「大丈夫だったか?」
PVPフィールドが解除されて、俺は少女の元に戻り、声をかけた。
「あ、ひゃいっ?! あ、たた助けて頂いてて、 あ、ありがとうごいざましゅたっ!」
顔を真っ赤にして噛みながらも一生懸命お礼を言ってくれる少女。
その声は耳に心地よく、近くで改めて見る容貌もこの世の物かと思う程に美しい。
「助けになったなら何よりだ。諫めるつもりが俺達が騒がしてしまって申し訳ない」
「い、いえ! 本当に助かりましたから、ありがとうございますっ!!」
そういって少女は俺に輝くような笑顔を見せてくれた。
そう、黒騎士の俺に対してである。
当然俺は兜を外しておらず、素顔を晒していない。このお陰で女の子とも話せるようになったが、初対面だと100%不審な顔をされる。
それは俺のこの格好のせいだから仕方ないんだが、少し寂しくもある。
が、この少女はそんな素振りの一欠片も見えない、まさに心からの笑顔を向けてくれた。
やばい惚れたかもしれない。
いや待て。俺はロリコンじゃない。どう見ても彼女は中学生……下手したら小学生か? そんな幼い子に惚れるとか色々マズいだろっ!?
あ、でも『セカンドアース』って年齢制限があったっけ……て事は高校生以上なのか? なら大丈夫……なのか? いやこの外見の時点でアウトか?
しかも笑顔だけじゃなくキラキラした瞳で俺を見ている気がする。
そ、そういえば俺って彼女が危ない所を助けた訳だし、少なくとも好意を持たれてもおかしくないんだろうか?
「おや? クロノ君はまたナンパしてるのかい?」
「ちっ違っ」
俺の心を見透かしたようにニヤニヤした表情で割り込んできたグラス。
俺の表情は兜で見えないはずなのに何故わかるんだ。こいつは悪魔か。
「シャイで兜も外せないクロノ君にナンパなんて無理よね~。初めましてー、私はシャーリー。此処で逢ったのも何かの縁だし、よろしくね、ユウちゃん」
そう言って少女……彼女が『ユウ』なのか!? に抱きつくシャーリ姉ぇ。
って、何やってんだこのセクハラ女っ! 羨ましいっ! 出来る事なら俺だってしたいっ!
だが男の俺がやったら多分一発アカウント停止だよな……羨ましい、妬ましい、嫉ましい。
更にすりすりと頬ずりしたり、撫でたり揉んだりしている。
美少女と美女の絡み……これはSSに納めておきたい映像だが……片方が姉というのが俺のテンションを大きく下げる。
それに撮影してるのがバレたら……普通はバレないと思うけど……それでもバレたら色々終わる気がする。
特にグラスの奴はそういう事に目敏く気付く。そして言葉巧みに自供させやがる。
とりあえずこれ以上身内の恥を晒すのもどうかと思い、シャーリ姉ぇを諫めるが聞く耳を持たない。いつもの事だけど、今日はいつもに増して頑ななのはシャーリ姉ぇもユウちゃんを気に入ったんだろうか?
シャーリ姉ぇがユウちゃんを離さないまま、自己紹介を行うグラス。俺は流れについて行けず自分で自己紹介出来なかったが、それでも名前は伝わったらしい。良かった。
「種明かしをすると、私達も『料理コンテスト』のランキングを見て、一位のユウさんの料理を食べに来たんですよ」
ニヤニヤした表情でそう告げるグラス。
ユウちゃんは赤面しながらも「普通のホットドッグです」と答えているが、この子の作った料理がマズい訳ないだろうっ!
「料理店の謙遜はよくないですよ? ……ちなみに今回の騒動の発端ですが、販売個数制限等はありますかね?」
何気なく尋ねるグラス。だが俺からは見えていた。今まで笑顔だったグラスの目がすっと僅かに細くなった事に。
そうか、こいつモヒカン騒ぎにかこつけて自分が買える限界を確認したかったのか。
尋ねられたユウちゃんは他の店員と目を合わせたり考え込んだりした後、
「…………ひ、ひとり……10個まで?」
と、恐る恐る答えた。
それを聞いたグラスは満面の笑みで、予想通り限界まで購入を宣言する。
いやまぁ……沢山食べられるのには不満はないけど……なんだかむかつく。
「んっめぇぇぇぇぇぇぇっ!? な、なんだこれはっ!!」
とりあえず少し移動してベンチに腰掛け、さっき購入したユウちゃんのホットドッグをかぶりついた俺の口は、いや全身は旨味のレーザーを発していた。
これまで『セカンドアース』で食べた料理はどれも美味しかった。美味しかったんだが……コレは桁が3つ位違わないかっ!?
これが「ただのホットドッグ」だったら他の料理がどうなってしまうのか。
「ホント、美味しい~わね~」
「……驚きです。まさか此程とは……」
横でグラスとシャーリ姉ぇも舌鼓を打っている。まぁ、コレを食べて打たない奴なんて居ないと思うが。
「しかしこんな美味いとはいえ、グラスが食糧買い込むなんて意外だな」
ホットドッグを飲むように食べきってしまい、もう一個食べようか悩みながら俺はさっき感じた疑問を口にした。
わざわざ策を弄してまで複数購入するとかやり過ぎに感じたのだ。
しかし俺の問いにグラスはさも意外そうな顔をして俺を見つめる。
「もしかしてクロノ君は知らなかったのですか?」
「何を?」
「……『ユウ』さんの料理にはHPとAPの回復効果があるそうなのですよ」
「マジ!?」
慌てて自分のステータスを確認する。
確かにさっきのモヒカンとの戦闘、そして午前中に減っていた筈のAPが全快していた。休憩を挟んでいるとはいえ、通常の回復速度ではありえない回復だ。
「あの行列の大半も、勿論モヒカン達も、AP回復効果を狙っての行列ですよ。PVPトーナメント予選は10分のインターバルがあるとはいえ、まともにAPを消費していたら回復が追いつきません。
そこに今までゲーム内に存在しなかった安価なAP回復剤となれば皆飛びつきますよ。」
「ふーん……掲示板とかでそういう情報が流れていた、と」
「そういう事です」
うーん……わからなくはないけど、こんな美味しい物をAP回復の為に食べる方が尚更勿体ない気がするんだけどなぁ……。
しかし美味しいだけでなく、更にAP回復までしてくれると聞くと尚更食べるのが勿体なくなってきた。どうしよう……。
「おう! お前等もPVPトーナメント参加者だろう! 俺たちと戦え!」
俺の悩みを余所に突然現れた熊みたいな3人組。
くそう、これだからPVPって嫌いなんだっ! 街でくらいのんびりしていたいのにっ!
「私は食事中だから~、クロノ君よろしく~」
「魔法師の私もこれ以上APを消費すると本戦に関わるからクロノ君よろしくお願いします」
少しづつ大事に食べているシャーリ姉ぇと、食べ終わったホットドッグの包み紙を綺麗に折りたたんでいるグラス。
てかグラス、手前ぇは今ホットドッグ食ってAP回復するって言っただろ!? サボる気満々じゃねーかっ!!
結局俺1人で熊3匹をぶちのめす事になった。
モヒカンよりは強かった。
「もうやだ! 戦いたくない!」
次から次にやってくるPVPトーナメント参加者を倒して俺はグラスを睨む。がグラスはのほほんを笑っている。くそう。
「そうですね、もう少し長めの休憩が欲しい所ですし、アレに行きますか」
「アレってなんだよ」
「今行われてるイベントの1つ。『歌唱コンクール』です。『歌唱』という性質上、コンクール会場ではPVPが禁止されてるのですよ。と言ってもトーナメント参加者は30分以上居る事は許されないようですが」
「よし行こう! すぐ行こう!」
もう休めるなら何処でも良い。歌でこの荒れた心を癒せるなら尚良い。
そうしてすぐに『歌唱コンクール』会場に移動する……最中に1度勝負を挑まれたが、それも撃退してなんとか会場に到着。
と、物凄い歓声と黄金のスパークが迸っていた。
「な、なんだこれ?」
「これは……『黄金の歌姫』ですかね」
ステージ上に立つ色っぽい服装の派手な女性を見て解説するグラス。
有名人なのだろうか? 確かに聞こえてくる歌声は上手いし力強いし、パフォーマンスも含めて会場全体が一体になっているように感じる。
「派手ね~」
「いや、でもこれコンクールのレベル超えてないか?」
「パフォーマンス込みのコンクールなんですよ。受けたモノ勝ちです」
そういうモノなんだろうか? まぁ折角のお祭りなんだし、受けた方が良いか。
ノリが良い事自体は嫌いじゃないし、俺たちが楽しい音楽に耳を傾けながら『黄金の歌姫』のパフォーマンスに注目していると、一際大きな閃光が爆発してステージ上から歌姫が消えてライブが終了した。
最後まで派手だった。
そして『黄金の歌姫』が消えた後も会場は拍手と歓声と熱気に包まれている辺り、詳しくは知らないが有名人の実力という事だろうか。
知らない俺が途中から聞いただけでも結構気分が高揚させられてしまっているし。最初から聞いていたらファンになってたかもなぁ……。
と、眺めていると観衆が静まる前に次の歌い手がステージに出てきた。
ちょこまかと歩く姿に合わせてヒラヒラとしたスカートとリボンが揺れている。
俺の目は点になっていた。
現れたのはユウちゃんだった。
「おやまぁ……」
「きゃー! ユウちゃんかわいいー!」
グラスでも知らなかったのか驚いた声を上げ、シャーリ姉ぇは黄色い声を上げた。
確かに可愛い。さっきの制服エプロン姿も可愛かったが、今回の魔法少女っぽい格好も良い。あんな魔法少女になら懲らしめられたい。
ステージ中央に立ったユウちゃんはおどおどと辺りを見渡し、不安げな表情を浮かべている。
『黄金の歌姫』によって盛り上げられたボルテージに戸惑っているのかもしれない。
あのライブは素人レベルじゃなかった。その熱気の中に突然放り込まれたら普通は戸惑うか……でも、そんな姿も可愛いと思ってしまう。
「あぁ、怯えてるユウちゃんも可愛いわね~」
涎を垂らす勢いで呟くシャーリ姉ぇ。同じ思考なのが残念すぎる。
しかし一向に歌い出さないユウちゃんに少しづつ会場が静かになってきていた。
そこでユウちゃんが伴奏の方に視線を送り、ぺこりと頭を下げて彼女の歌が始まった。
彼女が歌声を紡ぎ出し、そして世界は動きを止めた。
聞いた事がある歌だ。たしか誰か有名な洋楽だった筈だと思う。
『セカンドアース』の自動翻訳機能なのか英語が得意でない俺にも何故か歌声と共に歌詞の意味が理解出来た。
でも、そんな事はどうでもいい。
その歌は魂に直接響く歌声だった。
『黄金の歌姫』のパフォーマンスのように、踊る訳でも、魔法演出を駆使してる訳でもない。
ただ中央に立って、直立不動で、時々両手を少し動かし、身体を揺らす程度で、歌い続けるだけなのに……なのに間違いなくステージで光が爆発し、溢れる輝きが会場を埋め尽くし、俺たちの心を、魂を揺さぶっていた。
俺は知らず泣いていた。
ユウちゃんと伴奏以外誰も動けない。歓声はおろか一言の声を出す事も出来なかった。
そんな事をして少しでもユウちゃんを見逃したり、その歌を聞き逃す訳にはいかなかった。
ただただ、この曲をずっと聴いていたい。
皆がそう思っていたと思う。
そんな永遠とも思える時間は一瞬で過ぎ去り、歌い終わったユウちゃんは最初と同じようにぺこりと頭を下げて、ステージから去っていった。
終わった事が信じられないように、まだ誰も動けなかった。
シャーリ姉ぇやグラスですら一言も発しない。
そうしてどれだけ時間が経ったのか、次の出演者がステージに出てきた事で、やっと呪縛から解放された観衆は全員が立ち上がり、絶賛と拍手と歓声を上げた。
「本当に……驚きました。今のは何だったのでしょう?」
「何って、ユウちゃんの歌じゃないの~?」
「歌……歌とは、あれほどの力があるのですか?」
「ユウちゃんだからかもね~? も~最高っ! 私、今日一日でユウちゃんのファンになっちゃった!」
信じられないモノを見たような表情のグラスと、ハイテンションなシャーリ姉ぇが話をしている。
俺はまだ、夢の中にいるように、ユウちゃんの歌声を反芻していた。
そして思う。
ユウちゃんに出逢えて、その手料理を食べる事が出来、あの歌声を聞く事が出来た。
やはり『セカンドアース』は最っ高だっ! いや、最高以上だっ!!




