第70話 ステージフォーユー。
『歌唱コンクール』のステージに到着した僕とシェンカさんは受付のお姉さんにその旨を伝えて、裏に作られた大部屋の控え室に案内された。
既に何人ものプレイヤーが大部屋の各所に居て準備をしている。
そしてどのプレイヤーも気合いの入った派手な衣装や扇情的な衣装の人ばかりだった。
原色やキラキラが眩しくて控え室だと直視できない位だ。
普通な格好なのは……20人位の集団で学生服とセーラー服の人達だろうか? 『セカンドアース』で学生服の集団なんだから、違う意味で目立つ衣装ではあるけど。
でもこうして実際の参加者の人達を見ると、普通のローブや制服でいいかなと思っていた僕の方が間違っていて、マヤやシェンカさんの言い分が正しかったような気がしてくる。
だからといってこんな恥ずかしい衣装を着るのは正直嫌だけど……でも他に選択肢もないし……うぅ……。
「仕方ないっ! 男は度胸っ!!」
思い切ってアイテムウィンドウの衣装をドラッグする。と、身体が一瞬輝き、マヤに借りた衣装が僕を包み込んだ。
白とピンクを基調にして随所にレースをあしらったセーラー服をイメージした衣装なのだろうか? でもそれなのに何故ヘソだし?
更にこちらもレースとリボンをあしらった物凄く短いスカートで少し動くと物凄くめくれてしまいそうだ。下にスパッツがあるのがせめてもの救いだろうか……。
あとゲーム世界で本当によかったかもしれない……こんな衣装、自分1人でちゃんと着れたかもよくわからない上に、着てる途中で我に返って凹んでいたかもしれない……げ、ゲーム世界万歳。
「あら、もう着替えましたのね。……うん、確かにユウによく似合っててとても可愛いですわ。マヤさんの見立ても中々ですわね」
「そんな追い打ちかけないで……余計辛いから……」
「? 何故ですの?」
小首を傾げるシェンカさん。
どうして女の子は何にでも「可愛い」というのだろうか……言われた男の方は結構ショックなのに。
「まぁ、それはいいですわ。とりあえずプログラムは私がそろそろで、私の次がユウなのですから、舞台袖の特等席で私のコンサートに酔いしれると良いですわよ」
「あ、うん! 楽しみにしてるよっ! シェンカさんっ!」
「え? あ、う、うん。な、ならいいですわ」
何故か顔を赤くしてぷいと横を向くシェンカさん。どうしたんだろ?
でも、そうだよね、自分がコスプレしたり、歌ったりて事でちょっと凹んでたけど、他の人の歌、特にシェンカさんの歌が特等席で聴けるんだもんね。
せっかくのお祭りでコンサートなんだから楽しまなきゃっ!
コンサートとかライブって行った事ないし、ゲーム世界とはいえ楽しみだなぁ……。
程なくして呼び出されるシェンカさんと一緒に舞台袖に移動すると、丁度前の人達が終わり、大きな拍手と歓声があがる。
その拍手を受けながら退場する女性四人組の人達。……バンドなのだろうか? 皆それぞれに楽器を持っていた。
シェンカさんは舞台袖に居るスタッフの方に選曲と時間に付いての最終確認をしている。
シェンカさんの邪魔をしちゃ悪いし、どうしてもバンドのお姉さん達に目が行く。歌いきって汗の滴るお姉さん達の満足げな表情が凄く綺麗で、少し見とれてしまう。と、すれ違う時お姉さん達の1人が僕を見て、
「キミはこれから? がんばってね」
と小声で言った。
「あ、ありがとうございますっ! その、お疲れ様ですっ!」
慌てて僕も頭を下げる。
と、何故か下げた頭を誰かに撫でられてしまった。多分お姉さん達の誰かなんだろうけど……頭を下げるの撫でやすいんだろうか?
でも、さっきまで歌ってた人に声をかけてもらえるなんて本当に舞台袖って特等席なんだっ! すごいっ!
僕が感動に震えていると、再び一際大きな歓声が上がり、音楽が鳴り始めた。
シェンカさんのコンサートが始まった。
「わぁ……」
伴奏に合わせて歌い出したシェンカさん。その歌声も綺麗で力強く、楽しい曲調に引き込まれるものだったけど、それだけではなかった。
歌いながら、ステージを所狭しと踊り回り、観客にアピールしている。 魔法なのだろうか? 随所で歌に合わせて光ったり揺らめいたりしている。
シェンカさんの黄金の衣装と相まって光の妖精が降りたったみたいだ。
観客もシェンカさんの歌声とパフォーマンスにテンションが上がって絶叫している。
シェンカさんが自分で自慢していただけの事はある。スキルがあるから出来る、ってレベルじゃないのが見ていてわかる。
すごい、これがプロのコンサートっ!!
こんな凄い物をステージ袖から見れるなんて、これだけで参加した価値があったかもしれない。
そうして持ち時間5分以上10分以内の制限のうち、10分フルに使ってシェンカさんは最後に大きな光を爆発させて、ステージから降りてきた。
正直10分経った事にも気付かなかった。良い物って時間を感じさせないんだなぁ……。
ふと気付くとスタッフからタオルを受け取り、汗を拭きながらシェンカさんが僕を見つめていた。
「どうだったかしら、ユウ?」
「あ、最高だったっ! すごかったっ! もっと聞いてたかった! その10分ってすごく短いと思ったよっ!」
コンサートの興奮が冷めない僕はついシェンカさんに熱く語ってしまった。
一瞬シェンカさんは驚いたように目を見開いたが、すぐ満足げな表情になる。
「『黄金の歌姫』ですもの。これ位は当然ですわ」
そう言って羽根扇子を取り出して自分を扇ぐ。
「次はユウの番ね」
「うんっ! 次は僕の……ぼくの?」
「『純白の歌姫』がどのような歌を歌われるのか楽しみにしておりますわ」
「う、うん…………」
シェンカさんの歌にすっかり忘れていたこれからの事を思い出し、僕は顔面蒼白になりながらスタッフの人に最終確認を求められた。
スタッフの人に言われるままにステージに出て中央に経つ。
観客はまだシェンカさんの歌の熱気に包まれている気がする。
その後が素人の僕である。
どうしよう……盛り下げるとかってレベルじゃない。場違いも良い所じゃないか……あ、マヤとコテツさん、ノワールさんが見える。アンクルさん達も居る……サラサラさんやホノカちゃんも見つけた。
ステージってこうしてみると観客の顔1人1人がよく見えるんだなぁ……。
アンクルさんが居るって事はちゃんとシェンカさんの歌を聴いて貰えたって事かな? ならよかった。あの歌を聴いたのなら間違いなくアンクルさんの中でシェンカさんの好感度は上がってるはずだ。
あ、そうか。元々シェンカさんのアピールのお手伝いの意味も込めて参加したんだし、僕が他の人みたいな事をする必要ないよね。
……しろと言われても出来ないだけだけど。シェンカさんのコンサートを見て、ちょっと興奮しすぎてたかもしれない。
正直盛り下げちゃうのはこの後の人にも、イベントに対しても申し訳ないかもしれないけど、素人なんだし許して貰おう、うん。
せめて5分で終わる曲一曲で許して下さい……
そう思いつつ、1つ息を吐いてから伴奏の人に視線を送って頭を下げる。
そうしてゆっくりと曲が流れ始め、僕はステージ中央で直立不動のまま歌い始めた。
マイケル・ジャクソン 『We Are The World』――
何曲も歌うのは恥ずかしいしせめて一曲だけで済むもの。5分以上の長さで僕の歌える歌。
そういう事も選曲の理由だけど、それだけでもない。
下手なりに僕も歌は好きだし、シェンカさんの歌に感動した。
他の『歌唱コンクール』参加者の人達も本気で一生懸命取り組んでいる人達で、歌う事を楽しんでいるのは見ていてもわかった。
だから僕も、僕自身が歌う事を楽しんで、『セカンドアース』に来れた感謝を伝えたい。
『セカンドアース』で僕達はプレイヤーもNPCも皆生きていて、手を取り合って、こうして生きている。そして素晴らしい今のように、素晴らしい明日を一緒に作っていきたい。
その想いを込めて歌っていたら、歌はすぐ終わってしまった。
歌って自分で歌っているとすぐ終わってしまうものだよね。
そして歌い終わって我に返る。
バンドの人達やシェンカさんの時とは違い、熱気どころか拍手も歓声もなく、観客の皆が呆然としてるように見える。
……そ、そりゃそうだよね、シェンカさんのあの歌の後に素人が5分も延々歌い続けてたんだし、呆れるか……。
心の中で少ししょんぼりしながら、それでも観客と伴奏の人達にぺこりと頭を下げて、気持ち駆け足で僕はステージ袖に逃げ込んだ。
そこには次の出場者の人達と、あとシェンカさんも待っていてくれていた。
が、そのシェンカさん達も戻ってきた僕を見つめたまま、呆然としている。
「あ、えっと……その、ど、どうだったかな? シェンカさん」
さっきのシェンカさんを真似て聞いてみた。
「え? ……あ、う、あぁ……」
よくわからない声をあげて目を白黒させるシェンカさん。
「??」
「あ、ええ。ま、まぁ、よ、良かったんじゃないかしら? 私には劣りますけどっ!」
「そっか。ありがとう」
シェンカさんに劣るのは当たり前だし、お世辞でも良かったと言って貰えて少しは安心した。
枯れ木も山の賑わい程度には役に立てただろうか?
そう思いつつ控え室に戻った僕は、即ステージ衣装から露店の制服に戻し、アイテムウィンドウのお茶を取り出して一口含んだ時、ステージの方から物凄い拍手と歓声が聞こえてきた。
僕の次の人達も大盛況みたい。
『歌唱コンクール』は大成功みたいで本当に良かった。
ちょっと恥ずかしかったけど、プロの人の生伴奏で普段出さないような大きな声で好きに歌えて、しかもシェンカさんのコンサートをステージ袖で見れた。
僕にとっては良い事づくめだったかもしれない。




