第62話 決断の時。
『転職祭』当日がとても忙しい事がわかり、又ソニアさんが僕の露店を期待している事と、そのソニアさん達に当日物凄くお世話にならざる得ない事もわかった。
情報を集めて四面楚歌とはこの事か……いや、ソニアさん達に助けて貰えるんだから三面楚歌?
でも、まだ5日の余裕があるうちにわかって良かったと思おう。5日あれば大抵の事は出来るはずだっ!
まず何を作って露店で売るのかを決めなきゃいけない。
そう思って僕はソニアさんにお礼を言い、フードを被って露店通りへと飛び出した。
此処なら普段からプレイヤー向けの色んな飲食系露店が並んでいるから市場調査にぴったりだ。
焼き鳥、串焼き、お粥、おにぎり、サンドイッチ、フランクフルト、アメリカンドッグ、フライドチキン、肉まん、おでん、ラーメン、チョコバナナ、アイスクリーム、鯛焼き、クレープ、りんご飴、ジンギスカンキャラメル……
本当になんでもあるなぁ……。
ゲームなんだから当然かもしれないけどリアルで食べられる全ての物は『セカンドアース』にもあるんじゃないだろうか?
こんなにいっぱいあると目移りして逆に決められない……それにお昼まではまだ時間があるのにこうして見ているとお腹が刺激されて……。
「きゃっ」
「わふっ!?」
両側の露店を見ながら歩いていて前への注意が足りなかったのか、前の人にぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさいっ」
「いえ、大丈夫ですわ。でも気をつけなさいな? ちゃんと前を見て歩かないと危ないですわ……よ……?」
羽根扇子を口元に当てて注意していた女性が何かに気付いたのか、目を細めて僕のフードの中を覗き込んだ。
「って、貴女……もしかして『白き薔薇の巫女姫』?」
「え?……あ、えっと……シェンカさん?」
そこに立っていたのはシェンカさんだった。
昨日の眩しい金色のアーマードレスではなく、普通の鎧を身につけていて、一瞬わからなかった。
「シェンカで結構ですわ。巫女姫」
「あ、えっと、じゃあ僕の事はユウでお願いします。シェンカさん」
「……わかりましたわ。ユウ」
よし! 又一歩『巫女姫』脱却に歩みを進めたっ!
「でも、今日はあの……豪華なドレスじゃないんですね」
「あれはコンサート用の衣装ですもの。今日は狩りに行きますから汚れても困りますし、それ以上にあの衣装ではパーティメンバーに迷惑がかかりますわ」
なるほど、確かにあんなにピカピカしてる鎧だとモンスターに見つかりやすくなるだろうし、近くの人も眩しいかもしれないしなぁ……。
そういえば僕は純白のローブしか持ってないけど、やっぱりそれじゃダメなのかな……今度コテツさんに相談した方が良いのかも。
「それで、ユウは何をしてらしたのかしら?」
「あ、うん。えっと、知り合いに頼まれて、『転職祭』当日に露店を出す事になって、どんなお店が良いのかなぁ……って思って、市場調査を……」
「……貴女、『巫女姫』ですのに料理までなさるの?」
「?……うん、えっと……料理は好きだけど……??」
訝しげな顔で尋ねるシェンカさんにそう答えた。けど……何でそんな顔してるんだろう?
元々は両親がやたらと僕の料理を褒めてくれた事が理由な気がするけど、結構料理は作る方だと思う。……と言っても男の料理だから簡単な物ばかりだけど……あ、男が料理するってやっぱり普通は変に見られるのかな?
でも『料理が出来る男はモテる』とか聞いた事あるんだけどなぁ……やっぱりそういうのって嘘なんだろうか?
小さな声で「そういう所で……アンクル様にアピールを……でも和食しか作れな……」とか何やらぶつぶつシェンカさんが呟いているけど良く聞こえない。
暫く眺めていると、自分の世界に埋没していたシェンカさんだったけど僕の視線に気付いたのか、慌てて羽根扇子で口元を隠した。
「……ま、まぁいいですわ。でも、そんな色々なイベントに参加して無理をしてはなりませんわよ? 当日の歌唱コンクールには言い訳出来ないよう全力で参加して貰わねば困りますわ」
「うん、ありがとう! シェンカさんの為にもがんばるよっ!」
「わ、わわわ、私の為っ!? そ、そういう事じゃなく、こ、これは勝負なのれすから、ちゃんとして貰いたいだけですわっ!」
何故か顔を真っ赤にしてあたふたしたシェンカさんは、フンっと顔を横向けた。
シェンカさんって結構『勝負』にこだわるタイプなのかもしれない。でもそうするとシェンカさんに花を持たせる為に手を抜いたりしたら怒りそう……って、素人の僕が手を抜いたりとかいう心配もないか、うん。
「それと、露店ですけれど……やはりお祭りの露店といえば、手軽で持ち運びしやすい、ファストフード系のメニューが良いんじゃないかしら? 器や、両手を使うメニューはどうしても不便ですし、容器代の費用も嵩みますから価格もあがりますし」
「え?」
横を向いたままのシェンカさんが突然そう僕にアドバイスをくれた。
「後は……そうですわね、ユウが『歌唱コンクール』で露店を抜けて、その間他の方が店員をされるのでしたら、ユウ以外の方でも作れる、もしくは作り置きが出来るメニューを選ぶのが好ましいかと思いますわ。あとは……男性や前衛職の方には肉料理が、女性にはやはり甘い物が人気なのかしら」
僕に視線を向ける事なく、アドバイスを続けるシェンカさん。
確かにシェンカさんの言う通り、焼きそばとかって美味しいけど食べにくいよね。それにソニアさんやタニアちゃんに一時的にお店をお願いするんだから、ソニアさんに調理を代わって貰えるようなのが良いのも間違いない。
「シェンカさん! ありがとうっ! そういうメニューで考えてみるねっ!」
「べ、別にお礼を言われるような事ではありませんわ」
「そんな事ないよっ! どういうメニューが良いのか自分じゃ全然思いつかなかったし、詳しいシェンカさんにアドバイス貰えて助かったよっ! ありがとうっ!」
「そ、それくらい淑女の嗜みですわっ」
頭祖下げる僕に、そう言ってシェンカさんは振り返りもせず、足早に去っていった。
淑女ってすごいんだなぁ……僕には絶対なれないや。
いや、僕の場合なるのは紳士か。紳士の嗜みにもこういうのあるんだろうか?
シェンカさんと別れて1人、女将さんの宿屋にお昼を食べに行く。
最近はずっとホームでお昼を作っていたから疎遠になっていたけど、やっぱり旦那さんの作るご飯は美味しい。
今日のランチはポトフとパンとマカロニサラダのセットだった。
ぷりぷりのマカロニの食感が楽しくて、優しいポトフの味が胃に心地良い。
そうしてランチを堪能して幸せを満喫しているが、そうしながらも悩みは顔を擡げてくる。
シェンカさんのお陰で一応ある程度の方向性は見えたけど……。
・持ち運びしやすいもの
・作り置きができるもの
・ソニアさん達でも調理、提供が容易なもの
・お肉料理かスイーツ
「って一体何があるんだろう?」
パンを囓りながら自問する。
作り置き自体はアイテムウィンドウや保存庫を利用すれば作りたての状態でキープ出来るけど……露店で目の前で作るライブ感や匂いが食欲をそそるってのもあるし、完全に作り置きを出すだけじゃ味気ないよなぁ……。
かといって作るのに特別な機材や技術が必要な物だとソニアさん達が大変だし……。
それで肉……肉……。
ポトフの中のウィンナーをフォークで弄りながら考える。
この美味しいポトフを販売したら……いや、スープ系は持ち運びが大変だしダメだよね。作り置きしやすいって意味じゃスープ最強なんだけどなぁ……。
「なんだいユウ、さっきから変な顔をして唸ってばかりで。今日の料理、何か不味かったかい?」
僕が料理を見ながら唸っていたのが気になったのか、女将さんが声をかけてきた。
って、いけない、僕が旦那さんの料理に不満があるみたいに見えてた!?
「そ、そんな事ないしゅ! だ、旦那しゃんの料理、今日もすごきゅ美味しいですっ!」
弁解する僕を見て何故か女将さんは苦笑した。
「そんな慌てなくていいよ。旦那の料理が美味しいのはあたしが一番知ってるしね。で、何があったんだい?」
「あ、えっと……週末のイベントで露店を出す事になって、何を作ろうかと思って」
「へぇ、すごいじゃないか。あたしも食べに行こうかね」
「あ、ありがとうございますっ! 是非っ……って、まだ料理も決まってないけど」
「あはは、料理なんて何でも良いさ。ユウの手料理なら皆喜んで食べるだろ」
あっけらかんと笑う女将さん。そんな素人料理が喜んで貰えるとは思えないけど……あ、でも学祭とかのノリなら結構許されるのかなぁ……?
そう思いつつ、僕はポトフの中の最後のウィンナーを食べた。
「いっそこのポトフとパンをセットにして売りたい位で……す…………?」
「?」
突然黙ってしまった僕に怪訝な顔をする女将さん。
でも僕はそれに気付く余裕はなくなっていた。
パン、ポトフ、作り置き……必要なのはソースと……当日必要なのは……あとは……。
「女将さんっ!!」
「は、はいぃっ?!」
「イベント当日まで、夜に厨房って借りる事できないですかっ!?」
「あ、うん、それは……別に良いけど……」
僕の剣幕に圧されながらもちらりと厨房の方を見る女将さん。僕の声に反応したのか顔を見せていた旦那さんもこくりと頷くのが見えた。
「ありがとうございますっ! あ、あと……もしあったらで良いんだけど……ソーセージ充填機ってあります?」
「あぁ、それもあるよ。ウチのは手作りが売りだからね」
「ありがとうございますっ!!」
つい抑える事が出来ない笑顔で僕は女将さんと旦那さんに頭を下げた。
広い厨房とオーブン。それに肉挽き機にソーセージ充填機。
必要な物は全部揃うっ!
「えーっと、じゃあ露店の出し物は決まったのかい?」
僕のはしゃぎように少し呆然としていた女将さんが僕に尋ねた。
「はいっ! 自家製ホットドッグを作って売ろうと思いますっ!」
僕は満面の笑顔でそう答えた。




