第44話 天国の地獄。
暖かな日差しと全身を包み込む柔らかな感触に僕は目が覚めた。
目が覚めた……という事は眠っていたんだろうか?
確か昨日はマヤを助けに行って、オークキングと戦って、ダンジョンを見て回って……その後、街に戻ってきた所までは覚えているけど、そこでぷっつりと記憶がない。
という事はそこで寝てしまって、誰かがベッドまで運んでくれたのかな?
だとしたら後でお礼を言わないと……
寝ぼけた身体のまま少し伸びをしようとすると、身体があまり動かない事に気付いた。
「あれ? ……昨日動きすぎて筋肉痛にでもなったかな……?」
それともまだ夢の中なのだろうか?
そう思って改めて右手を動かそうとすると、ふにょんと柔らかい何かに当たってそこで止まる。
「ぁんっ……」
と同時に右上の方から聞こえてきた艶めかしい声。
聞き覚えのある声、しかし聞いた事のないような艶っぽい声に恐る恐る僕は視線を右上に向けた。
「っ!!」
当然予想通り目の前にあったのはコテツさんの顔。僕の髪に寝息が当たる程近くに……というか僕を抱き枕にしてるようだった。
コテツさんの顔だけじゃなくて、胸とか太ももとか他にも色々……というかむしろ全身か!? 全身なのか!? が僕の身体に密着している。
コテツさんの身体は僕より少し体温が高く、筋肉質な筈なのに柔らかくて気持ちいい……。
って、堪能してる場合じゃないっ!
何故コテツさんが一緒に寝てるのっ!? やっぱり夢!? もしかしてこれまでが全部夢で僕ってもしかしてオークキングに殺されちゃってたりするのかなっ!?
夢だとしてもこのままコテツさんが起きたら何を言われるかわからない。
夢の中でも変質者扱いは絶対嫌だっ!!
とりあえずコテツさんを起こさないように左側に身体をスライドさせて……。
と、左手でシーツをたぐり寄せる。
「んぁぁ……」
シーツの筈が何故か再び柔らかくあたたかい感触。
そして聞き覚えのある声。いやいや、そんな訳がない、夢にしても出来すぎている。
第一あんな声聞いた事がないし……
そう思いつつも覚悟を決めて左側を覗き込む。
そこに見えるのは当然のようにマヤの姿だった。
いつもの金属鎧ではなく、ラフなシャツとパンツだけの格好で、左側から僕を抱き枕にしていたっぽい。
いつもは抱きつかれた所で硬い金属の感触しかないが、今はその装甲は解き放たれ、柔らかい感触が存分に僕の左半身から浸食してくる。
何時の間にマヤは肉体的にもレベルアップしていたのか……これが『セカンドアース』の力なのか!?
しかし両側から美女と美少女に抱きつかれるなんて夢のシチュエーションでしかも寝起きとか高校生男子としてピンチ以外何者でもない。
もしバレたりしたら、今後の僕の人生に関わるっ!
とりあえず静まれ僕の……あれ?
意識を下の方に集中した時、不意に僕の下半身当たりに見える黒い影。
僕はローブを着たまま寝てしまっていたから、黒い衣装なんて身につけてない筈だけど……。
黒いシーツなんて無かったと思うし、そもそも左右と同じように柔らかくて暖かい。
「んんっ……」
僕の予想通りならそれは最悪の事態だけど、それを確認しない訳にもいかない……。
意を決して視線を下に落とす。
そこに見えたのは僕の上で、僕を抱き枕のようにして眠るノワールさんだった。
彼女もマヤと同じように肌着のみの格好をしていて、その姿だけでも高校生男子には目に毒だ。
しかもその身体が最も至近距離でアレがアレになっているっ!?
夢だとしてもどんな夢見てるんだよ僕って事だし、夢じゃないならソレはソレで何があったらこうなるの!? って感じだ。
もしただの事故とかで、目覚めた皆が僕を見て軽蔑の眼差しとかしてきたら……やばい、もう生きていけない。
柔らかいし気持ちいいし堪能したいけど、一時の感情に流されて今まで築き上げてきた信用を失う訳にはいかないっ!
ここは何とか皆が起きる前に脱出を……
「あんっ……」
腕を抜いて……
「ひぃんっ……あっ」
身体を……
「んんっ…………ぁ」
右に動こうとするとマヤに引き寄せられ、左に動こうとするとコテツさんに抱き留められ、上にスライドしようとするとノワールさんが身体を押し付けてくる。
そして身じろぎする度に3人の僕との距離が近づき、更に抱きつく力がどんどん強くなってる気がする。
3人が眠ったまま牽制するように僕を引き寄せ、その度に身体が捻られるような痛みが走り出す。
「っ! ちょ、それは……痛……からっ!」
これ以上は命に関わる。
名誉も大事だけど、それ以上に命も大事だよね、これは仕方ない。
慌てて声を出そうとするも、頭を抱き寄せられたりして、満足に声を出せなくなっていく。
視界の隅に見えるHPゲージが少しずつ減り始めるのが見えた。
僕は天国の中で死を覚悟した。
結局僕が解放されたのはそれから2時間後だった。
3人はただログアウトしているだけで、当然『眠っている』以上に何をやっても起きない状態だったというのはその時に教えて貰った。
だから無理にでも引きはがして良かったのに、と。
僕の筋力で引きはがせる気は正直しなかったけど。
仏頂面の僕は黙々と朝食のパンを口に放り込む。
「だから悪かったって。夜も遅かったしさ、ユウを宿に運んだついでに、同じ宿に皆で泊まろうってしただけなんだって」
「それは聞いたし、運んで貰ったのは感謝してるけど……本当に死にかけたんだから」
実際治癒が間に合わなければ死んでいてもおかしくない。
気持ちよかったのは気持ちよかったけど……。
「ユウだって美人3人に抱きしめられて気持ちよかったんでしょ? ギブアンドテイクだと思うわ」
「ひ、人の心を読まないでくれないかなっ!?」
何故かツヤツヤのマヤの言葉にツッコミをいれて気付いた。
これじゃ肯定してるじゃないかっ! 僕の馬鹿っ!
「あ、えっと……今のは、その……言葉の綾で……」
慌てて言い訳をするも上手く言葉に出来ない。
気持ちよくなかったというのも失礼な気もするし……どうなんだろう?
「ユウ、気持ちよかった?」
「……………………はい」
「良かった」
自白した僕にノワールさんが少し嬉しそうに微笑んだ。
そりゃこんな美人のお姉さんに抱きつかれて眠るなんて男冥利に尽きる訳だし、仕方ない。これは仕方ない。
「まぁあたし等にしても、ユウと一緒に寝たお陰か起きてからすこぶる調子が良いけどなっ!」
「そうなの?」
ログアウト時の睡眠でそんなに違いがあるんだろうか?
そもそもログアウト出来ない僕にはわからない事だ。
「あぁ、アバターの睡眠が足りない? 時なんかはログインした直後の身体が重く感じたりするんだよな」
「ええ。『セカンドアース』では適度な睡眠と美味しい食事が肉体のパフォーマンスをフルに発揮するのに不可欠だと思う。ユウならどちらにも最適ね」
マヤは人の事をなんだと思ってるんだ。
綺麗なお姉さんの抱き枕にして貰えるなんてこっちからお願いしたいけど、その度に死にかけるのは少し悩ませて欲しいよ!?
あまりそんな事を言うと自爆しかねないから黙ってるけど……。
「まぁユウの抱き心地についてはおいおい当番制をちゃんと作るとして、今大事なのはこれからの事よ」
「マヤ、今サラっととんでもない事言わなかったっ?!」
「…………冗談よ」
残念そうにマヤが呟く。
時々マヤが言ってる事が本気か冗談か本当にわからない時がある。
そりゃ男としてはそんな夢のような事は嬉しいけど、毎晩そんな状態で自制出来る自信もない。
「……それで、今後の事って?」
食後のお茶を啜りながらマヤを促す。多分本題はこっちだと思うし。
「ええ……ユウも言っていた通り、やはり私1人でユウを守るのも、一緒に行動するのにも限界があったと思うの」
「うん、それは思う。一緒に頑張ろうって言ったけど、いつまでもマヤに頼ってばかりなのもダメだと思うし」
「かといって1人で動くのも危ないわ」
「そっか? あたしとかはソロも好きだけどなぁ……」
残ったパンを囓りながら呟くコテツさん。
「コテツさんは大丈夫だけど、ユウはダメよ。擦り傷でもしたら大変」
「まぁ、そうだな」
マヤの言葉にあっさり同意するコテツさん。
てか僕の扱いってどうなの!? 擦り傷って、それくらい治癒で治るよっ!?
むしろマヤとの特訓の時も結構打ち身擦り傷位はしてたよねっ!? マヤは基本見てるだけだったよねっ?!
「ユウは侍祭。パーティプレイが最適」
「うん……ありがとう、ノワールさん」
僕がぐぬぬと唸っていると横からノワールさんがフォローをしてくれた。
確かに侍祭である以上、パーティプレイをした方がマヤ達の役に立つのも間違いない。
その事もこの前の探索で思い知った。
「だから、やっぱりユウには今後の為にクランに入って欲しいの」
「クランに?」
「ええ、そうすればホームを恒常的に確保出来るようになるし、連絡も取りやすくなる。勿論パーティも組みやすくなるわ。……問題はクランの方針がユウと合致しない場合だけど……それもリーダーに確認して基本各自自由がモットーだから大丈夫だと思う」
マヤに言われて全く関わってこなかった『クラン』だけど、説明を聞くと至れり尽くせりだ。
むしろ何故今までやらなかったんだという位に。
そういえば白薔薇騎士団もクランなんだっけ。団員さん達楽しそうだったなぁ……。
「僕は別に構わないけど……何処のクランなの?」
マヤが信用しているっぽいリーダーさんの居るクラン、まさか白薔薇騎士団じゃないとは思うけど……。いや、アンクルさんの事は信用してるけど、あそこは騎士の人しか居ないっぽかったし。
僕の質問にマヤとコテツさん、ノワールさんが目配せしたように見えた。
「それは勿論、私達の所属するクラン『銀の翼』よ」




