2030年12月。何とか年末。昔の方が簡単やった。規模が大きくなりすぎたwwwとりあえず北摂をじっくりおさえる
二〇三〇年十二月。
年末。
博之は一年分の数字を眺めながら、椅子の背にもたれた。
「……なんとかここまで来たな」
十一月に一気に開けた三つのネイルサロン。
茨木三号店。
JR吹田店。
山田店。
さすがに全部が初月から黒字、なんて都合のいい話にはならなかった。
「新しい三店は、全部まだ赤です」
「まあ、そらそうや」
ただし客がいないわけではない。
山田は約六十人。
JR吹田も約六十人。
そして茨木三号店は、既存店で断っていた予約を受けたこともあり、
すでに百九十人ほどまで入っていた。
「茨木、早すぎへん?」
「元々断ってた人がいましたから」
「やっぱ需要あったんやな」
「だから作れって言ったじゃないですか」
「俺、取りすぎたくない言うてたやろ」
「結局作りましたけどね」
「拾っただけや!」
もはや誰もその言い訳を信用していなかった。
山田とJR吹田は、ここからGoogleレビューを積み上げ、訪問ネイルからも客をつなぐ。
「六十人来てるなら十分や」
「赤字ですよ?」
「ゼロ人ちゃうからな。半年ぐらい見たらええ」
既存店が利益を出しているから、新店を育てる時間も持てる。
会社全体で見れば、十二月の利益はおよそ九百八十万円。
「……ほぼ千万円やな」
「ですね」
「これ十二倍したら?」
「一億一千七百六十万円」
「ほぼ一億二千万やん」
博之は数字を見て、また少し黙った。
「なんか、よう分からんな」
「何がです?」
「最初スナック一軒やったんやぞ」
六席ほどの小さな店から始まった。
それが今では、ネイル、美容院、スナック、訪問美容、訪問ネイル、清掃、営業。
働く人間も百人を超えた。
ただ、利益が一億円を超えるペースだからといって、その金を全部使えるわけではない。
「税金は避ける」
「はい」
「来年からネイル部長も置く」
「正社員ですね」
「税理士先生の費用も上がるやろ」
経理部長もいる。
これから中間管理職も増える。
会社が大きくなるほど、店とは直接関係ない固定費も重たくなってくる。
「やっぱ箱作る金と、会社守る金、分けとかなあかんな」
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「で、オーナーの目標って何なんです?」
年末の打ち合わせで、店長の一人から突然聞かれた。
「目標?」
「最終的に何店舗とか」
「知らん」
「ないんですか?」
「今は北摂固めるぐらいしか考えてへんな」
博之は地図を開いた。
茨木。
高槻。
吹田。
千里線。
江坂。
そして、その先に豊中。
「まずこの辺やな」
「大阪市内は?」
「行かへん」
「京都は?」
「今はいらん」
「枚方とかは?」
「路線変わるやろ。後」
博之の考えは、以前から変わっていない。
梅田や難波のような大繁華街で正面から競争するつもりはない。
沿線の住宅地。
地元客がいる街。
介護施設もある。
家賃も、都心よりはまだ何とかなる。
「沿線をじわじわ押さえる」
「でも取りすぎない?」
「そう」
一つの街に無限に出さない。
ネイルや美容院なら基本二店舗程度。
どうしても客が溢れたり、廃業する店を引き継ぐ場合だけ例外。
「北摂全部うちにしたいわけちゃうからな」
「十分増えてますけど」
「結果論や」
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新しい業態については、まだ急がない。
「老人ホーム買うとか言うてませんでした?」
「言うただけ」
「エステとか整骨院は?」
「おもろいけど、今ちゃうな」
今はネイルと美容院の型ができている。
スナックも運営できる。
老人ホーム訪問部門も育った。
「慣れてるもんを丁寧に増やす方が、たぶん儲かる」
「珍しく堅実」
「俺も学ぶんや」
そして、これから必要なのは箱だけではない。
「人やな」
「スタッフ?」
「その上」
博之と現場の距離が、あまりにも遠くなってきた。
以前ならネイリスト一人一人と話せた。
今は無理だ。
「店長がおって、地域統括がおって、その上に部長みたいなん置く」
「ネイル部長みたいに?」
「そう。美容もそのうちいるかもしれんし、スナックもな」
彼らは正社員にする。
複数店舗をぐるぐる回る。
店長から話を聞く。
現場の問題をまとめる。
本当に博之が判断すべきことだけ上へ持ってくる。
「中間管理職って昔いらんと思ってたけどな」
「必要になりました?」
「俺が全部見れんからな」
「ようやく普通の会社みたいになってきましたね」
「嫌やなあ」
博之は本気で嫌そうな顔をした。
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「どんどんでかくなって、分からんようになってきましたね」
そう言われて、博之は笑った。
「分からんわ」
「社長なのに?」
「昔の方が簡単やった」
スナック一軒。
売上を見る。
女の子に給料を払う。
家賃を払う。
それで終わり。
今は違う。
「どこのネイルが何人とか、どこの美容院がパンパンとか、誰が統括とか、もう全部覚えられへん」
「だから部長作るんでしょう」
「そういうことや」
それでも、投げ出すわけにはいかない。
この会社の仕事だけで生活している人も増えた。
ここを本業にした人。
ここで初めて安定して働けるようになった人。
短時間の仕事をいくつか組み合わせて生活している人。
「ここまで囲ったら、途中で『面倒くさいからやめるわ』は無理やな」
「責任感あるじゃないですか」
「責任感というか……」
博之は少し考えた。
「これ、俺が初めて作った物語みたいなもんやからな」
「会社が?」
「うん」
最初は遊び半分だった。
小さなスナックを一軒。
そこから、人が来て、仕事が増えて、店が増えた。
「最後までどうなるか見たいねん」
二〇三〇年十二月。
会社は月利益九百八十万円。
新しい三店舗は、まだ赤字。
そして来年は、ネイル部長を筆頭に、さらに組織を整える。
「まあ、来年もじわじわやな」
「じわじわの規模じゃなくなってますけどね」
「そこは気にすんな」
博之は笑って、今年最後の帳面を閉じた。
昔の方が、ずっと簡単だった。
それでも今の方が、少しだけ面白かった。




