表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/16

第一章 フリーランス冒険者の流儀と覚悟

粗大ゴミの最期と、コタツ部屋の女神様

 只野英太ただのえいた、20歳。

 職業、実家の粗大ゴミ。

 工業高校をどうにか卒業し、地元の自動車工場に就職したものの、あまりの激務と単調なライン作業に絶望し、わずか3日でバックレた。

 それ以来、俺は20歳になる今日まで、実家の自室――もといコタツ部屋に引きこもって生きてきた。

 親からの視線はとうの昔に諦めと軽蔑に変わり、優秀な兄たちからは「我が家の恥」「生きた産業廃棄物」と陰口を叩かれている。俺自身、それに反論する気すら起きなかった。

 俺は気が小さい。怒られるのも、争うのも、痛いのも大嫌いだ。

 面倒なことからは全部逃げて、コタツの中でスマホをポチポチしながら、美味いラーメンでも食って静かに生きていきたい。ただそれだけを願う、徹底した事勿れ主義者だった。

 その日も、俺は深夜のコンビニへと足を運んでいた。

 プレイしているソーシャルゲームの期間限定ガチャを回すため、WebMoneyを買いに行く途中だった。

 日付も変わり、街灯だけが等間隔に並ぶ薄暗い住宅街。

 そこで、俺のしょうもない人生は、唐突に終わりを迎えることになった。

「いやああああっ! 誰か、誰か助けて……っ!」

 悲鳴だった。

 ビクッと肩を揺らし、電柱の陰に身を隠す。そっと路地の奥を覗き込むと、街灯の光の下で、見知らぬ若い女性が地面に尻餅をついていた。

 その前に立っているのは、キャップを深く被った男。男の右手には、鈍く光る刃渡りの長い包丁が握られている。

「どうして分かってくれないんだよぉ……俺たち、両想いだって言ったじゃないか……!」

 男の目は完全にイッていた。典型的なストーカーだ。

 女性は恐怖で腰が抜け、後ずさりすることしかできていない。

 俺の心臓は、これまでにないほどの早鐘を打っていた。

 足はガクガクと震え、奥歯がカチカチと鳴る。

(逃げろ。関わるな。警察を呼べばいい。俺みたいな引きこもりが飛び出したところで、どうにかなる相手じゃない)

 本能が、生存本能が「逃げろ」と叫んでいる。

 これまでそうしてきたように、目を背けて、耳を塞いで、バックレてしまえばいい。そうすれば俺は死なない。コタツに帰って、ガチャを回せる。

 男が、包丁を振り上げた。

 警察なんて間に合わない。あと数秒で、あの女性は刺し殺される。

(――本当に、それでいいのか?)

 逃げ続けてきた人生だった。

 学校のトラブルからも、就職先のライン作業からも、家族の冷たい視線からも。

 だけど、もし今ここで、見ず知らずとはいえ助けを求めている人間を見捨てて逃げたら。

(俺は、ただの引きこもりどころじゃない。本当の、正真正銘の『ゴミ』になっちまう)

 そんなの、絶対に御免だ。

 理不尽に誰かが奪われるのを、指をくわえて見ているだけの人生なんて、クソ食らえだ。

 ――その瞬間。

 ガチャリ、と。俺の脳内で、何かのスイッチが切り替わる音がした。

 先程まであれほどやかましかった心臓の音がピタリと静まり、極限の恐怖が、氷のような冷たさと凪いだ感情に塗り替えられていく。

「……あーあ、仕方ねえ」

 精神的な迷いは、完全に消え去っていた。

 残ったのは、どうしようもないほどの冷静さと、少しのヤケクソだ。

 俺は地面を蹴った。

 一直線に男の死角から飛び出し、その腰のあたりめがけて、全体重を乗せたタックルをぶちかました。

「うおおおおおっ!」

「なっ、なんだてめ――ぐふっ!」

 不意を突かれた男は無様に体勢を崩し、俺と一緒にアスファルトに転がる。

 女性に「逃げろ!」と叫ぼうとした、その時だった。

「……あ」

 腹部に、焼けるような熱さと、強烈な痛みが走った。

 見下ろすと、もみ合った拍子に、男の持っていた包丁が俺の腹に深々と突き刺さっていた。

 ドクドクと、嫌な音を立てて自分の血がアスファルトに広がっていく。

「ひっ……! ち、違う、俺は悪くない……!」

 男はパニックを起こし、包丁から手を離して暗闇へと逃げ去っていった。

 俺はその場に仰向けに倒れ込む。

「あ、ああ……しっかりしてください! 今、救急車を……っ!」

 女性が涙ながらに俺の傷口を押さえてくれている。

 彼女は無傷だ。それなら、まあ、悪くない。

(痛えな……。結局、俺の人生、最後までどんくさかったな……)

 薄れゆく意識の中、サイレンの音を遠くに聞きながら、俺のしょうもない20年間の人生は幕を閉じた。

     * * *

「――月人つきとくぅぅぅぅん! ああっ、今日のライブも最高尊いぃぃっ!」

 ……うるさい。

 誰だよ、人の家で騒いでる奴は。

 俺はゆっくりと目を開けた。

 そこは、見慣れた俺の四畳半……ではなかった。

 謎の空間だ。雲の上のような真っ白い床の真ん中に、なぜかポツンと『コタツ』が置かれている。

 そして俺は、そのコタツに入って寝ていた。

 目の前には、空中に浮かぶ巨大なモニター(ゴッドチューブというロゴが見える)があり、そこで地球のイケメンアイドルが歌って踊っている。

 そのモニターに張り付くようにして、一人の女が黄色い歓声を上げていた。

 絶世の美女、と言っていい顔立ちだ。長く美しい髪、神秘的なオーラ。

 だが、その服装がすべてを台無しにしていた。

 ダサいジャージの上下に、足元は健康サンダル。手には缶ビールを持ち、コタツの上には『ピアニッシモ・メンソール』の箱と吸殻が山盛りの灰皿が置かれている。

 完全に、定時帰りでオタ活を満喫している干物女だった。

「あの、すいません。ここは……天国? それとも地獄ですか?」

「ん? あ、起きた?」

 女はアイドルへの熱視線をようやく外し、缶ビールをグビッと飲み干してから俺を見た。

「どっちでもないわよ。ここは天界。私は世界神(第3種惑星神格公務員)のルチアナ。永遠の17歳よ。よろしく」

「……17歳がビール飲んでタバコ吸っていいんすか」

「神だからセーフ。細かいこと気にするとハゲるわよ」

 ルチアナと名乗った女神は、コタツに潜り込んでピアニッシモに火をつけ、ふぅ、と紫煙を吐き出した。

「只野英太くん。君、死んだわよ。腹をバッサリいかれてね。ま、君も分かってると思うけど」

「……ですよね」

 自分の腹を撫でるが、傷はない。痛みもない。

 死んだ実感は湧かないが、あの包丁の刺さり方なら助からないだろうなと、不思議と冷静に受け入れられた。

「で? 俺はどうなるんですか? 閻魔様のところで裁きとか?」

「んーん。君、私の担当の『アナスタシア世界』に転生させてあげようと思って」

 女神はニヤリと笑い、俺の顔を覗き込んだ。

「私さ、仕事柄ゴッドチューブでいろんな人間の人生のPV(視聴率)を見てるんだけどさ。君の人生、本当に見どころのない底辺だったわね。3日で仕事バックレるし、親の金でガチャ回すし」

「……すいません。自覚はあります」

「でもね」

 ルチアナは、少しだけ真剣な瞳になって、俺の胸ぐらを軽く小突いた。

「あんた、ずーーーっとゴミだった癖に、最後の最後に最高に光ったじゃん。足ガクガク震わせて泣きそうになってたのに、覚悟決めた瞬間のあの迷いのなさ。……ああいう泥臭い奴、私嫌いじゃないよ」

 女神の言葉に、俺は少しだけ目を丸くした。

 誰かに認められるなんて、いつ以来だろうか。

「だから特別サービス! 剣と魔法と闘気の世界、アナスタシアに特別枠で転生させてあげる。貴族の家に生まれて、チートな『ユニークスキル』もプレゼント!」

「えっ、マジですか? じゃあ俺、今度こそ働かずにスローライフを……」

「はいはい、向こうでもせいぜい私の暇つぶし(PV稼ぎ)に貢献しなさいよー」

 俺が言い終わる前に、ルチアナが俺の額にドンッと指を突き立てた。

《ピロン♪ ユニークスキル【鬼ごっこ】を授与されました》

 脳内に無機質なアナウンスが響く。

「え? 鬼ごっこ? なんすかその小学生みたいな名前のスキ……」

「じゃあね、エイト君! あっちでもたくましく生きるのよー!」

「ちょっ、待っ――!」

 ルチアナが笑顔で手を振った瞬間、俺の座っていたコタツの下の床がパカッと開き、俺は真っ逆さまに光の中へと落ちていった。

     * * *

「おぎゃあ! おぎゃあ!(訳:なんだこのスキルふざけんな!)」

 次に目を覚ました時、俺の視界はひどく低かった。

 ふかふかのベビーベッド。豪華な天蓋。

 自分の手を見ると、プニプニの赤ん坊の手になっていた。

(マジで転生しちまった……)

 俺の新しい名前は、エイト・ミリシア。

 ルナミス帝国の名門、ミリシア伯爵家の三男坊として新しい生を受けたらしい。

 貴族の三男坊。

 家督を継ぐ可能性はゼロに等しく、かといって放任されるわけでもない、微妙な立ち位置。

 しかも、与えられたスキルは【鬼ごっこ】とかいう、どう考えてもハズレの気配しかしない代物。

(……前途多難すぎるだろ)

 ベビーベッドの中でため息(のつもりだが、周囲にはあくびに見えただろう)をつきながら、俺は心に誓った。

 今度こそ、絶対に波風立てずに、目立たず、バックレながら生きてやる。

 安全第一。怪我は嫌だ。

 最強のスローライフを手に入れるための、俺の2度目の人生(フリーランスへの道)が、こうして幕を開けたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ