首を斬れない剣
武侠、武林、江湖が好きな方へ
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男の首が飛んだ。
鮮血が夜空へ散る。
柳青玄は剣を引いた。
その一剣で。
最後の敵が死んだ。
荒れ果てた山頂。
砕けた岩。
折れた旗。
死体。
死体。
死体。
どこを見ても死体だった。
武林盟主。
少林方丈。
南宮世家主。
魔教左護法。
全員死んでいる。
生きているのは柳青玄だけだった。
「結局」
血に濡れた剣を見下ろす。
「最後まで分からなかったな」
風が吹く。
遠くで雷が鳴る。
天下大乱。
三十年続いた江湖最大の戦乱。
その終わりだった。
だが。
柳青玄の顔に勝者の色はない。
むしろ逆だった。
敗北。
それに近い。
剣皇と呼ばれた男は最後の最後で気付いた。
誰も勝っていない。
誰も。
――誰かに踊らされていた。
その時だった。
背後から足音がした。
コツ。
コツ。
コツ。
ゆっくり。
静かに。
死体の山を踏み越えてくる。
柳青玄は振り返らない。
振り返る必要がなかった。
「来たか」
相手は答えない。
ただ歩く。
まるで散歩でもしているように。
そして。
柳青玄の隣で足を止めた。
「終わりましたな」
老人だった。
白髪。
粗末な道袍。
どこにでもいそうな老人。
だが。
天下で最も恐ろしい男。
天機老人。
柳青玄は笑った。
「お前だったのか」
初めて。
ようやく。
答えに手が届いた。
老人も笑う。
「さて」
「何のことでしょう」
次の瞬間。
世界が崩れた。
轟音。
閃光。
そして。
闇。
――――――
柳青玄は目を開けた。
知らない天井。
知らない匂い。
知らない身体。
だが。
聞き覚えのある声がした。
「起きろ!」
ドゴッ!
脇腹に蹴りが入る。
柳青玄は反射的に転がった。
木片が飛ぶ。
蹴りが床を砕いた。
速い。
そして重い。
柳青玄の目が細くなる。
蹴りを放ったのは大男だった。
髭面。
酒臭い息。
熊のような体格。
見た瞬間。
柳青玄は固まった。
「……熊鉄山?」
大男が眉をひそめる。
「知ってるのか?」
あり得ない。
前世。
刀皇・熊鉄山。
天下を震わせた怪物。
だが今は。
薄汚れた宿舎で酒臭い息を吐いている。
「は?」
大男が笑った。
「夢でも見てんのか新入り」
周囲から笑い声が上がる。
塀の上では片目の少年が昼寝をしている。
食堂の窓からは少女が饅頭を盗んでいる。
隅では地味な青年が帳簿を付けている。
柳青玄の呼吸が止まる。
見覚えがある。
全員。
全員知っている。
未来の江湖を震わせた怪物たちだ。
だが今は。
ただのゴミだ。
その時。
帳簿係の青年が顔を上げた。
ほんの一瞬だけ。
柳青玄を見る。
そして再び帳簿へ視線を落とした。
なぜか。
背筋が寒くなった。
前世ですら感じたことのない違和感だった。
柳青玄はゆっくり立ち上がる。
そして笑った。
久しぶりに。
心から。
「面白い」
天下大乱の答え。
天機老人。
未来の怪物たち。
全部。
ここから始まるのか。
ならば。
今度こそ最後まで見届けてやる。
たとえ江湖そのものを敵に回してでも。




