第十五話 遠吠えの正体へようこそ
睨み合う一匹の獣と冒険者。
両者は互いの隙を窺い、必殺の一撃を叩き込もうとしていた――
「はいはい、馬鹿なことやってないで、話を進めるよ」
フリムは、またかと言いたげな呆れ顔でエルを嗜める。
「ルミも、咬んじゃダメって言ったでしょ」
カナンに注意されてしゅんと小さくなるルミ。
「ガルーガの問題も、カナンとルミに頼ることになりそうだけど、十分対処できそうだね」
「癪だけどな……」
「もう、エル。話が進まないからいい加減にして」
フリムの顔は笑顔のまま、鍛えられた腕の筋肉に青筋を浮かべていた。
「そういえば、保管庫にあった食料が半分以上なくなっていたんだよね。しかも、齧りついた跡のある食材まであった」
これまで使ってきた保管庫は十分に補充され、綺麗に整理されていたという。
「前に小屋を使った冒険者か?扉も開いたままだったし」
「バッカスみたいな、粗暴な輩が使ったんだろ」
「まあ、そうだろうけど」
「バッカスって誰?」
「カナンには、縁の無い輩だから気にするな」
「機会があれば、今度紹介するよ」
「それはさておき、何もないとは言い切れないな。冒険者崩れが盗賊になることもあるし、用心はしておこう」
「他に気になったことはないか?」
「無いよ」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、明日に備えてしっかり休もう」
三人は、食事と話し合いを終え、明日の準備を始めた。
エルは装備の手入れ、フリムは手持ちのハーブの整理、カナンは回復した魔力を魔法石に込める。
その時――
「ワオオォォーーーン」
遠吠えが聞こえた。
戦闘中に聞いた時よりも明らかにはっきりと聞こえる。
「近いな……」
エルは立ち上がり、手入れの終わった装備を着け直す。
「まさか、今から行くの?」
もうすぐ夕暮れだ。
フリムは危険だと止める。
「様子を見てくるだけだ。二人は休んでいてくれ」
周辺を見回り、遠吠えの正体を探る。予想通りガルーガなら数を把握しておきたかった。
「そんなに遠くには行くつもりもないし、日が落ちる前には戻ってくるよ」
それでも危険に変わりはない、二人は一緒に行くと訴えたが、偵察なら一人の方が融通が利くと言って聞かない。
「それなら、せめてこれを持っていって」
カナンは、先程魔力を込めたばかりの魔法石を渡した。
光と風の魔法石を、それぞれ二つ。
「ありがとう」
エルは魔法石を受け取り、外へ出る。
「ワオオォォーーーン」
再度、響く遠吠え。
森の方からはっきりと聞こえた。
「よし、行ってみるか!」
受け取った魔法石を握り締めて、森へと入っていった。
森に入ると空気は少しひんやりとしていた。
街道から続く道があるとはいえ、落ち葉や木の枝が邪魔をして、注意していないと迷子になりそうだ。
来た道を見失わないよう、所々、木に印を付けて進んだ。
その間も遠吠えは続き、何か連絡を取り合っているように聞こえた。
「最後に聞こえたのはこっちのほうだったな……」
道を外れ、生い茂る草木を掻き分けて進んでいると、その先に複数体のガルーガがいた。やはり、遠吠えの正体はガルーガ。
エルは、気付かれないように息をひそめ、様子を窺う。
どうやら、ガルーガの群れは、獲物を追い詰めているらしい。群れの先に何かの影が見える。
「ここからだとよく見えないな」
場所を変えようとした時――
パキン
乾いた音が響いた。
足元を見ると木の枝を踏んでいた。
「まずい……気付かれたか?!」
祈るように息を殺し、草木に身を潜める。
一瞬の沈黙の後、最後尾にいた一体のガルーガがこちらを振り向いた。
警戒するようにこちらに近付いてくる。
エルはゆっくりと後ずさりながら、剣の柄を握る。
「騒がれる前に、一撃で仕留める!」
できるできないの話ではない……やらなければ群れに囲まれて終わり。
草木の隙間越しに、ガルーガと目があった……その瞬間、ガルーガが飛びかかってきた。
眼前に迫り来るガルーガの牙に、エルはあえて腕を咬ませ、そのままガルーガの突進の勢いを利用して、巻き込むように後方に転がる。
すぐさま体勢を立て直し、ガルーガの追撃を警戒しつつも、群れの気配を窺う。
群れが動く気配はなく、草木を隔てて、エルはさらに距離を取る。
咬ませた腕を守っていた鉄製アームガードの一部が凹んでいた。
騒がれれば終わり、群れに合図を送られる前に、今度はエルがしかける。
腰を落として両手で剣を握り、剣先をガルーガの喉元へ向ける。後ろへ引いた右足でこれでもかと地面を踏み締め、一気に距離を詰める。
エルの動きに合わせるように、ガルーガも牙を剥いて飛びかかってきた。
お互いが真正面からぶつかった結果、喉元へ狙いを定めていたエルの剣先は、ガルーガの大きく開いた口から侵入し、体内から背中を貫く。
口から侵入した剣に邪魔されて、助けを呼ぶ鳴き声を上げることもできないガルーガは、剣が刺さったまま絶命するまで、鋭く伸びた前足の爪で抵抗を試みるも、エルの凹んだアームガードを切り裂くことはできず、そのまま力尽きた。
「ふぅ、危なかった……群れには気付かれていないな」
エルはガルーガから剣を引き抜き、群れのいた方へ意識を向ける。どうやら気付かれずにすんだようだ。
再び、足元に注意しながら移動を始めた。
その時――
左側の草木が揺れ、一体のガルーガが姿を現した。
「なんであっち側から……周囲を偵察してたやつか?!」
先程のようにすぐに倒すには距離がありすぎる。
異変を察知したガルーガは、仲間に知らせようと肺に空気を送り込む。
遠吠えをあげようとした時――
エルの目の前を、ガルーガへ向かって物凄い早さで一直線に光の玉が飛んでいく。
光の玉は、仲間に向けて吠えようとするガルーガよりも一瞬早く、ガルーガの胸を貫いた。
胸に開いた穴から、肺に送り込んだ空気がそのまま漏れ出す。
ガルーガは、自分に起こったこともわからないまま絶命していた。




