第十三話 火球と遠吠え へようこそ
モンスター、デスボイズ・ワームの体液まみれになり、悪臭を放つエルを先頭に、三人は歩を進める。
この悪臭の影響なのか、モンスターとエンカウントしない。この辺りではデスボイズが一番の捕食者なのだろう。
その捕食者の臭いを放つエルに近付いてくるモンスターはいない。
「ねぇ、エル。このまま進めば安全なんじゃない?」
フリムは、モンスターが姿すら見せなくなった状況から、そう訴えてくる。
「そうだな、確かに安全かもしれない……でもな、この距離はなんだ?」
フリムとカナンは臭いの元と距離を置いて歩いていた。
「お前は、オレにずっとこのままでいろと?」
「ははっ……冗談だって……。」
体液のせいで不機嫌なエルに気圧されるフリム。
ようやく川までたどり着くと、上半身の装備を脱ぎ捨て、頭から飛び込み、体にこびり付いた臭いを落とした。
「まだ臭うか……。」
すでに水浴びを終えたエルだが、しきりに自分の体の臭いを気にしている。どうやら鼻が麻痺してしまって、自分ではわからないらしい。
「いつものエルの匂いしかしないよ。」
だから平気だとカナンが言う。
「そうか……えっ、待って、オレっていつも臭うの?」
「うん、優しい匂い……だから、変な匂いじゃないよ。」
普段、身なりには無頓着なエルだが、流石に同世代の女性から言われると羞恥を覚える。
助けを求めるように、フリムへ視線を向ける。
「エルの匂いなんて気になったこともないけど、そんなに気になるならこれを使ってみて。」
渡されたのは消臭効果があるというハーブ。掌ですり潰し、気になる部分に直接塗りつければいいらしい。
「これ、スライムゼリーの臭み消しに使ったやつか?」
「そうだよ。」
「そうか……なら止めておく。」
己の臭いを気にするより身の安全を優先した。
デスボイズの体液から解放されたエルは、脱ぎ捨てた上半身の装備を洗う前に、インナーの一部を引き裂き、川岸に落ちていた手頃な木の棒に巻き付けた。
「こいつの臭いの影響で、モンスターとの遭遇が避けられるのなら、使わない手はないな。」
「いい案だけど、誰が持つの?」
嫌そうな顔をして尋ねてくるフリム。
カナンはいつの間にか距離を取っている。
「安心しろ、持つのはオレだ。鼻が麻痺しているから苦にならない。」
「そっか、じゃあ任せるよ。」
虫除けならぬモンスター除けをエルに託し、フリムは歩きながら気付かれぬように徐々に距離を取った。
モンスター除けの効果は、木の棒に巻いた布だけになっても抜群だった。
川を越えてからも一度もモンスターに遭遇していない。
「このまま、リナーカカイナまでいけたら、楽なんだけどな。」
「臭いに我慢できればね……。」
「ずっとは嫌かな。」
鼻の利かないエルに向かって、フリムとカナンは拒否の反応を示す。
エルが、鼻の調子が戻る前に距離を稼ごうとした矢先に、一体のモンスターが行く手に立ち塞がっているのが見えた。
「あいつ……さっき、もの凄い勢いで逃げていったコモドーラじゃないか?」
「こんなところまで逃げてきてたんだ。」
「飲み込まれまいと必死だったんだね。」
追いかけてくる対象の姿が見えなくなり、引き返してきたのだろう。
臭いに気付き、こちらの様子を窺っているようだ。
「臭いだけじゃ逃げてくれないみたいだね。」
「用心深いやつだな~、デスボイズに襲われた同士、仲良くなれないかな。」
「冗談言ってる場合か、こっちに近付いてくるぞ。」
辺りを見渡すが、身を隠せるような岩や木はなく、やり過ごせそうにない。
「仕方ない……戦うぞ!」
デスボイズ・ワーム程ではないが、できれば避けたい相手に、エルは覚悟を決め指示を出す。
冒険者の覚悟を察知したのか、コモドーラの口元から炎がこぼれる。
その炎は、獲物を前に舌舐めずりしているように見えた。
最初に動いたのはフリム。
昨日から調子のいい投石を試みると、やはり威力のある一投となり、一直線にコモドーラへ向かっていった。
しかし、コモドーラは難なく尻尾ではたき落とす。無駄だと言わんばかりに尻尾をゆらゆらと揺らしている。
「うそでしょ、ゴブリンは一発だったのに。」
あっさりはたき落とされたことに落ち込むフリム。
「あの尻尾にも注意だな。」
「今度は私の魔法を試そうか?」
「そうだな……いや、ちょっとまて。」
コモドーラの口元の炎が大きく揺らぎ、大口を開けたかと思うと、炎は小さな火の玉となった。
火の玉は徐々に大きくなり、エルの頭よりも大きい火球が出来上がる。
「火を噴くっていうより、飛ばしてくるのね。」
フリムの冷静な解説が入る。
「カナン、魔法はルミナス・ヴェールで、オレに頼む!」
「わかった。でも、まともに受けたら危ないかも……気を付けて。」
コモドーラの口から火球が撃ち出されたのと同時に、エルを淡い光の衣が包む。
火球は思ったよりも速く、避けるには間に合わない。即座に盾スキルも展開し、衝撃に備える。
正面に構えた盾と火球が衝突する。
トンクとの衝突にはびくともしなかったが、衝撃を殺しきれず、踏ん張る足が地面を引きずる。
盾が熱を帯びてくるのがわかる。
「このまま三人一緒に丸焦げなんて冗談じゃない!」
仲間を守るため限界を超えて力を振り絞り、火球を押し返そうとする。
すると、エルを包んでいた光の色が濃くなり、火球すらも包み込もうとした。
次第に火球は勢いを失い、光の衣と溶け合うように消えていった……。
「……なんとか防げたようだな。」
息を止めて踏ん張っていたエルは大きく息を吐いた。装備の一部は焼け焦げ煙を上げていたが、体は無事のようだ。
「あっ。」
フリムが声を上げる。
視線の先には、エルの持っていた木の棒が落ちていた。巻き付けていたはずの布が焼失し、灰と化していた。
「モンスター除け、なくなっちゃったね。」
「そうだけど、今はあっちをどうにかしなきゃ。」
残念そうにしているフリムに、カナンが冷静に伝える。
火球を防いだだけで、コモドーラが消えた訳ではない。
気を引き締め直し、臨戦態勢を取る。
コモドーラは自慢の火球を防いだ冒険者に一層警戒心を強めたのか、距離を保ったまま動かない。
火球は連発できないようだが、次を撃たれる前になんとかしなくてはと思考を巡らせていると――
「ワオオォォーーーン」
遠くでオオカミの遠吠えが聞こえた。
周りを見渡すも姿はない。
かなり離れた場所のようだが、妙にはっきりと聞こえてくる。
「ガルーガか?」
コモドーラを相手にしているときに、ガルーガまで出てきたら危うい。
目の前のコモドーラを早く片付けなければ全滅の危機だ。
「ワオオォォーーーン」
再び、遠吠えが聞こえると、コモドーラが突進してきた。
デスボイズ・ワームから逃げていた時と同じく、己の限界を超えた速度で突進してくる。
その勢いのまま、薙ぎ倒されるかと思いきや、あっさりと横を素通りしていった。
……呆気にとられるエルたち。
しかし、コモドーラの姿は、もう見えなくなっていた。




