1 壊れた関係
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「アレクシア、俺には愛する人ができた。だから、君を愛することはできない」
私の十四歳の誕生日、王都の邸宅で開かれたパーティーの席でそう言われた。
相手は私の婚約者のジェフリー・ゴデチア・アウローラ様。
アウローラ王国の唯一の王子であり、王太子でもある。
どうやら彼は、私以外の誰かに恋をしたらしい。
その人は、魔獣に襲われていたジェフリー様を助けたのだという。
十歳の時に婚約し、今日まで彼に対して抱いていた恋慕は、見事に打ち砕かれた。
まさか、誕生日パーティーの席でそんなことを言われるとは思ってもみなかった私は酷くショックを受けた。
その場はなんとか乗り切ったが、パーティー後、数日寝込んだ。
私の家族も大いに怒り、抗議文を王家に出した。
私が寝込んでいる間に王家から謝罪の手紙は来たが、ジェフリー様からの手紙は一通もこなかった。
なんとか回復した後、ジェフリー様が初恋の相手を望むなら、その気持ちを尊重したいからと婚約を解消したいと申し出たが、ジェフリー様の『初恋の君』は何処の誰か不明だったため、婚約解消には至らなかった。
それから、ジェフリー様は私に対して冷たくなった。
定例のお茶会は週に一回から月に一回になり、四季折々の贈り物や夜会用のドレスは送られてくるが、以前とは違い明らかに誰かに任せて選んだ品々ばかり。
付けられるメッセージも誰かが書いた定型文となった。
この国の成人は十六歳からだが、唯一の王子であり王太子のジェフリー様とその婚約者である私は、挨拶のために冒頭一〜二時間ほど王家が主催する夜会にも出席することがある。
夜会のエスコートは一応してくれるがほとんど会話はなく、会場に着いて挨拶が済むとジェフリー様は『初恋の君』を探しに行ってしまうので、私は適当に放置されるようになった。
そうなれば当然、不仲説が浮上する。
この時はジェフリー様の『初恋の君』に関することは、周知されていなかったので、私とジェフリー様の不仲説が浮上し、噂されるようになった。
未成年ということで年に数回しか参加しない夜会はまだしも、お茶会は憂鬱になった。
だが、不仲はある意味本当ではある。
お互いの信頼関係は崩れてしまったのだから。
それからジェフリー様は、『初恋の君』が見つからない苛立ちや不満を私にぶつけるようになった。
小さなことで文句を言われ、どうでもいいことで罵倒されるようになり、王立学園へ入学する頃には、彼に対して残っていた情はすっかり消えてしまっていたのだった……
◆
「アレクシア、その陰気な顔をわざわざ見せに来るな!」
王立学園に入学したので、その挨拶にジェフリー様の元を訪れると開口一番そう言われた。
「……申し訳ありません、ジェフリー様。それでは失礼します」
「……」
侍女でもあるエドウィナが、何か聞いたげな視線を向けてくるが、それを無視してジェフリー様の元を去る。
人気のない場所に来ると、エドウィナが口を開いた。
「アレクシア様、大丈夫ですか?」
「ええ。いつものことだから気にしないで」
十四歳の誕生日パーティーから約一年。
私とジェフリー様の仲は、修復不可能な状態になっていた。
「ですが……」
「それより、あなたも入学したのね。無理して私と合わせなくて良いのに……」
エドウィナは私よりも二歳年上だ。
しかし、私と同じ学年になりたいと、入学を遅らせたのだ。
私の侍女ということになっているが、エドウィナの家も伯爵家である。
家を継ぐわけではないからと言って、幼い頃から私に仕えてくれているのだ。
「はい! 私はいつでもアレクシア様と一緒にいたいですから」
そんな訳で、寮も同室である。
エドウィナがいてくれたから、十四歳のあの時も乗り越えられたのだ。
申し訳なく思いつつも、エドウィナが私の心の支えになっていることは、確実だった。
◆
それから、学園生活が始まった。
王太子であるジェフリー様の婚約者でありながら、彼から蔑ろにされている私は、心無い人々からは軽んじられて中傷の的だ。
それ以外の人々からは同情的に見られ、必要に応じて助けてはくれるが、本当に味方になってくれる人は、エドウィナ以外にはいなかった。
それでも、エドウィナがいてくれれば、私はそれだけで良かった。
たとえ、ジェフリー様との会話が、一方的な罵倒だけだったとしても……
「それにしても、最近のジェフリー殿下は少々やりすぎではないですか?」
寮に戻ってくると、エドウィナが言った。
「そうね〜」
「姉姫様たちがいた頃は、もう少しマシだったと思うのですが……」
この国の王家は少々複雑だ。
ジェフリー様には三人の姉上がいる。
しかし、その三人の姉上とジェフリー様は母親が違う。
理由は、事故で亡くなった先王妃の子供が三人の姉上で、現王妃の子供がジェフリー様なのだ。
三人の姉上がいた頃は、彼女たちがジェフリー様を嗜めてくれたおかげで、彼とも多少は会話ができたが、私たちの学園入学と同時期に姉上たちもそれぞれ嫁いでしまい、ジェフリー様を嗜めてくれる存在がいなくなってしまったのだ。
それから、ジェフリー様の八つ当たりは加速し、彼の周囲の人々も私を軽んじ始めた。
さすがに、公爵令嬢である私を表立って批判するような方はいないが……
そうして、重苦しい空気のまま、一年生の期間は過ぎて行った。
◆
「あちらこそ、早く婚約を解消すればいいのに!」
私に投げかけられた言葉を、エドウィナがオウム返しに呟く。
もちろん、ジェフリー様へ向けて。
小声で言ったので、彼に伝わることはなかったが、万が一耳に入れば不敬罪だ。
だが、否定もしたくない。
「正確には、相手が見つからないと私との婚約の解消もできないから、早く『初恋の君』が見つかればいいのにねと言うべきね」
これなら、ギリギリ不敬罪にはならないだろう。
二年生になると、ジェフリー様が『初恋の君』を探しているという噂が広まった。
出所は、ジェフリー様本人で、取り巻きたちに言いふらしているらしい。
それを知った彼の取り巻きは、多くの女性に彼を会わせる場を設けるようになったそうだ。
その延長でジェフリー様は女性たちと関係を持ったらしい。
何故、『初恋の君』を見つけるのにそんなことが必要なのか疑問だが、エドウィナによれば男性にとってそういった経験を積むことは、本命のための練習という認識の者もいるらしく、そんな風に取り巻きたちに唆されたのでは? とのことだった。
王族であれば、閨事についての教育は実施訓練も含めて行われるはずだが、それだけでは足りないということだろうか?
しかし、『初恋の君』はいまだに見つかってはいないそうだ。
すでに、私とジェフリー様との交流はない。
『初恋の君』のことが知れ渡ると、私に対する同情が広がり、ジェフリー様の取り巻き以外からは、中傷されることはなくなった。
どうやら、学園の女子生徒の中にもジェフリー様と関係を持った女性がいるらしいのだが、『初恋の君』でないと分かると、あっさりと捨てられ、それ以降は冷たくされるということがあり、女子生徒の間ではジェフリー様の評判は最悪になっていた。
そのおかげで、私にも友人ができて、とても有意義な学園生活を送ることができたのは幸いだったが……
だが、私の比較的平和な学園生活は一年ほどしか続かなかった。
◆
「リタ・カルミアです。よろしくお願いします」
三年生の初めに編入してきたのは、カルミア伯爵家の養子になった、つい最近まで平民だったらしい女子生徒だった。
鮮やかな金髪に、水色の瞳の美少女だ。
彼女を一目見て、ジェフリー様の顔色が変わった。
どうやら、彼女が『初恋の君』だったらしい。
その見た目の条件が、鮮やかな金髪と明るい青系の色の瞳だったとか。
ジェフリー様と関係を持った女性にはその条件に当てはまらない方もいたと思うが……性欲を制御できなかったということだろうか?
私の中で、彼への評価がマイナスを突破した。
運命の出会い──いや、再会をした二人の仲は急速に接近し、公然の恋人同士となった。
これでようやく、私との婚約も解消されるかと思ったが、『初恋の君』が現れてもその話は一向に進まなかった。
さすがにジェフリー殿下の取り巻きも不審に思い始めたが、彼の言葉を肯定するしかできない彼らに進言するような度胸はなく、そのまま卒業間近になった頃……
リタ様の妊娠が告げられた。




