はじめてのおつかい。
恵里佳はお昼寝のあと、いつもなら志津恵と一緒に買い物に出かけるのだけれど、今日の恵里佳はちょっと違ったのね。
「あのね、ママ。おねがいがあるの」
志津恵のエプロン(いつものように自作)の裾をきゅっと掴んで、上目遣いでじーっと見ていたわ。
最近、恵里佳はお願い事があると、こんな感じなのね。
ずるいわ。
実にずるいわ。
我が娘のあまりの可愛さに見惚れてしまいそうになってるわね。
志津恵はもはや完璧な『親バカ』なのかしら。
「ど、どうしたのかしら?」
「あのね、あのね。あたしがおかいもしてきてもいい?」
恵里佳も女の子、自分がどうしたら可愛く見えるのか、本能的に知っているのね。
首を斜めにこてんと傾げてお願いしてくるの。
「んー、今日はお野菜だけだから、お願いしようかしら」
「いいの?」
今度は反対側に傾げてくるわ。
「アネットさんがついててくれるなら、いいかもしれないわね」
私は恵里佳の肩に乗ったまま、左手で拳を作って胸を叩いたの。
「任せて、って言ってるみたいね。でも、アネットさんが他の人の前で動いちゃったらびっくりさせちゃうから、身体はこのポーチに入っててもらって精霊さんの姿でついて行ってくれるかしら?」
天然だとしても、流石は母親。
志津恵はこの辺の機転がよく効くのね。
私はは志津恵が持っているポーチにダイブすると、精霊の状態になり、恵里佳の周りをくるくる回ったわ。
準備できたよ、という感じにね。
志津恵はポーチを恵里佳の腰に巻いてあげてる。
買って来るべき野菜の種類、個数をさらさらっと紙に書いて志津恵お手製(かなりの数の恵里佳用アクセサリーを作っているようですね)のお財布に銅貨数枚と一緒に入れて恵里佳に手渡したわ。
「恵里佳。ここに買ってきて欲しいものが書いてあるわ。お財布に入れておくから出して見るのよ。いつも買い物してるおじさんのところだからわかるわよね?」
「うん。だいじょうぶ」
「じゃ、アネットさんもお願いね。恵里佳、気を付けて行ってくるのよ?」
聞こえないでしょうけど、『任せてください』と言わせてもらったわ。
聞こえないと思ったから、志津恵の周りをちょっとだけ回ってみたのね。
「うんっ」
「これ、買い物かごね。じゃ、いってらっしゃい」
恵里佳は志津恵に手渡された買い物かごを床に置いてお気に入りの靴を穿いてるわ。
志津恵の見送りに手を振って応え、恵里佳は玄関から元気よく出ていくの。
恵里佳にとって『初めてのおつかい』ね。
志津恵もこれくらいできるようにならないと、秋からの学舎へ通学させるのが心配になってしまうとは思っていたはずよ。
いい予行演習になるかもしれないし、渡したが見ていてくれるから安心だと。
二階にある部屋からいつもの恵里佳のように、手を振って志津恵は見送っているわね。
「恵里佳も毎日、こんな気持ちだったのかしら? ちょっと寂しいわね」
恵里佳は同世代の友達がいないわ。
というより大事に育てられたこともあって、友達自体がいないのね。
四歳になるまでは、志津恵は常に恵里佳と一緒にいることにしていたの。
採取のときも、恵里佳を背負って『深き森』に入って行ったわ。
ひとりで留守番できるようになってからは、部屋で留守番させていましたが、少し寂しい思いをさせてしまったかもしれないと悩んだこともあったみたい。
かといって背負わなくなってからは、万が一はぐれてしまうことも考えられたので、逆に心配で連れて行けなかったのね。
私が相手をするようになってからは、恵里佳は更に元気になったと聞いたわ。
『長年二人を見守ってくれているアネットさんには感謝してもしきれないわね』と言われて嬉しかったわね。
今日、恵里佳は初めて部屋からひとりで外に出たことになるのね。
それは外に出るときはいつも志津恵と一緒だったから。
二人が住む部屋は、幸い、商店の立ち並ぶ場所にあるわ。
だから目の前が商店街みたいなもの。
商店主を始め、店員さんに至るまで、恵里佳を知っている人が殆どね。
ひとりで出歩いても何ら心配はないのだけれど、そこは初めてのおつかい。
見るもの聞くもの全て、恵里佳にとって新鮮なのね。
目指す青果商店は歩いて三分ほどの場所にあるわ。
夕方が近いせいか、日差しもそれほどきつくないみたいね。
山から降ろす風は心地よい気持ちにさせてくれる。
一歩、また一歩地面を踏みしめて歩くだけでも楽しいみたい。
いつも歩いている道なのだけれど、志津恵と一緒ではないというだけで、ちょっと違った感じに見えてるみたいね。
ゆっくり歩いても、数分で青果商店が見えてくるわ。
青果商店の前で立ち止まると、恵里佳は両手を握って深呼吸をしたの。
「すぅっ……、はぁ。おじちゃんっ、こんにちはっ!」
呼びかけに応じて、奥から店主が出てきたわ。
見覚えのある恵里佳を見た店主は志津恵が一緒でないことに気付いたみたいね。
「お、エリカちゃんじゃないか。今日はお母さんと一緒じゃないんだね?」
「はいっ。あのっ、えっと」
「(シヅエさんも綺麗だけど、そっくりなエリカちゃん、可愛いねぇ)」
恵里佳はポーチから財布を取り出し、その中から出した紙をじっと見てる。
「あかたまなをみっつと、みどりたまなをひとつくださいっ」
「……お、お使いだったんだね。赤玉菜(トマトに似た野菜)と緑玉菜(キャベツそっくりの野菜)だね。ちょっと待ってくれるかな?」
「はいっ」
恵里佳は持ってきた篭を開いて、この中に入れてくださいと言わんばかりにアピールてるの。
すっごく可愛いわ。
店主はそこに必要な数だけ入れてあげるとこう言ってくれたのね。
「全部で銅貨二枚になるね。いいかな?」
「はいっ。えっと、いちまい。にまい。はい、これでおねがいしますっ」
財布から銅貨を握って、手のひらを店主に向けて開いて見せたの。
そこから店主は銅貨を受け取り、それと引き換えにおまけを渡してくれたわ。
「はい、丁度いただきますね。これはお使いのご褒美。いつもお母さんにお世話になってるお礼でもあるからね」
店主がくれたのは黄色くて甘い果物だったみたい。
恵里佳も大好きなオレンジに似た柑橘類のようね。
「い、いいんですか?」
「うん。おじちゃんももらってくれると嬉しいよ」
「はい。いただきます。ありがとうございました。おじちゃん、またねー」
恵里佳は可愛らしくぺこっとお辞儀をしたわ。
ちょっと進んでは振り向いて笑顔で手を振っているのね。
恵里佳を見て、店主はでれっとした目になっていたわね。
「気を付けて帰るんだよー。……はぁ、あんな娘、うちも欲しいよな」
口は禍の元、こんなことわざがこの国にあるかは解らないけれど。
店主は結婚してまだ数年。
まだ子供に恵まれていないみたいね。
後ろからじーっと彼の奥さんが、獲物を見るような目で見つめられていたのに彼は気付いてないみたいね。
頑張って、店主さん。
近隣の店主も、従業員も恵里佳と店主のやりとりに見惚れていて、手がすっかり止まってしまってるわね。
「「「「(か、かわいい……)」」」」
恵里佳はお使いが上手くいって、嬉しそうに帰路を歩いているわ。
「おつかい、おつかい、じょうずにできたーっ」
通りすがりのご近所さんなども、温かく見守ってくれているのね。
恵里佳の周りをくるくると私も嬉しくて飛び回ったわ。
恵里佳の初めてのおつかい、ミッションコンプリート。
よかったわね、恵里佳。
あっという間に恵里佳は部屋の下に着いてしまったわ。
ここの一階は貸し出し中の店舗みたいだけれど、まだ借り手はいないようね。
横にある階段を上がると左に扉が見えるわ。
奥にはくるっと回り込むように三階への階段が続いているのね。
コンコン
恵里佳は部屋のドアを叩いたわ。
「ママ、ただいまーっ」
「あら、帰ったのね。お帰りなさい、恵里佳」
カチャッ
ドアが開くと、志津恵が笑顔で迎えてくれたの。
部屋の中に入ると、私はポシェットの中にある人形へ乗り移り、飛び出して恵里佳の肩に座ったわ。
「アネットさんもありがとうね」
私は小さな文字盤を取り出すと、『いいえ』と返事をしたの。
「はい、ママ。おかいものおわったよ。おまけもらっちゃった」
「あらあら、よかったわね。あとで冷やしていただきましょうね」
「やったーっ。あたし、これだいすきっ」
私はは恵里佳の肩に立ち上がると、ちょっと背伸びして『いいこいいこ』と小さな手で恵里佳の頭を撫でたわ。
五歳を超えてからの恵里佳の成長具合は目を見張るものがあったわね。
嬉しくもあり、末恐ろしくも感じると志津恵はそう言ってたわ。




