お姉ちゃんみたいなもの。
恵里佳はとても勘がよく、私が指し示す言葉を巧みに読み取って、普通に会話を楽しんでいるように見えたわ。
「ふーん。アネットさんは、せいれいさんなんだね?」
『は・い』
志津恵が恵里佳と話しているとき、『精霊』という言葉使ったことがないので、私が自分の素性を精霊だと伝えているということに気付いたのでしょう。
それは恵里佳と私との間に会話が成立しているということなのです。
私は志津恵や恵里佳に返事をするときに、恵里佳の作ってくれた木製の文字盤を使ってるの。
これが作れたということは、恵里佳は基本的な文字をもう覚えてしまったということなのね。
志津恵から見ても、驚くくらいに頭のいい娘みたいね。
それより驚いたのが、私が人形の不都合なパーツを恵里佳に直して欲しいとねだったときのことだったわ。
ここをこうしてほしいな、と言うと。
「そうだね。うーん、なるほどねー」
と自分の手や足をぺたぺた触りながら、部品を作り直してしまったのだ。
そんなふうに、私は手の指まで作ってもらって、物をしっかりと持つことができるようになりました。
志津恵の話では、人形には難しいとされている『女の子座り』まで可能になっていたことに驚いていましたね。
恵里佳とそっくりな座り方ができて、私もちょっと嬉しかったわ。
恵里佳のセンスもそうなのですが、もはや立派な人形師と言ってもおかしくないクォリティを保っているのだそうです。
流石に髪までは恵里佳ではできなかったのか、何とかして欲しいと志津恵にお願いしていたわね。
そこで志津恵は糸を沢山使って、恵里佳の髪型そっくりのカツラのような感じに作り上げ、固定することでふわっとした髪の毛が私の頭の上に乗りました。
表情はどうにもならないけれど、大げさなボディアクションをすることで、ある程度の意思表示も可能になったのね。
そのような感じで、恵里佳や志津恵と意思の疎通はしっかりと取れるようになったわ。
「あねっとさんは、おなかすいたらなにをたべるの?」
『ま・り・ょ・く・で・す』
「へぇ、そうなんだ。どうすればいいのかなぁ?」
「恵里佳、あなたはまだ子供だから、私があげるようにするわね。大人になったらこうしてあげるといいわ」
志津恵は右手の手のひらを私の前に出すと、魔力が手のひらに現れるよう念じていたの。
この辺は、志津恵の勘はかなり鋭いわね。
まだ自分よりも魔力が少ない恵里佳にはやらせるとまずいと思ったのでしょう。
すると、ぽうっと温かいような、ほわほわと少しだけ光っているようなものが手のひらの上でゆらゆらと揺れているように見えたわ。
私はそこに頭を突っ込むようにしたの。
志津恵の魔力はとても美味しかったわ。
恵里佳の染み出ていた魔力もご馳走になったことはあるのですが、そっくりな味でしたね。
志津恵の魔力を遠慮なく食べることにしたの。
私が食べていくと、その出された魔力は徐々に減っていったわ。
久しぶりにお腹いっぱいになったわ。
私は志津恵の手のひらから身体を起こすと、二人に向かって自分のお腹の部分を両手で擦るようなアクションをしたのね。
「あ、おなかいっぱいなんだね?」
「そうみたいね」
『ご・ち・そ・う・さ・ま・で・し・た』
文字盤を使って私はそう答えたわ。
「はい、お粗末さまでした」
「おそまつさまでしたーっ」
そのとき私は、志津恵の魔力はけっして粗末なものではなく、この世界でもかなり濃密で香りも良く、美味なものだと思っていたの。
後から志津恵にきいたとき『ごちそうさまでした』への返事だと教えてもらったわ。
私たち精霊にはない、実に興味深い文化ね。
恵里佳は志津恵が仕事に行ってるとき、私と沢山お話をしてくれるのね。
私は恵里佳にとって、姉のような存在なのでしょうか?
魔法を使うようになった恵里佳は、昼食後に昼寝をするようになったわ。
前より身体に負担がかかっているのかしら?
『恵里佳の身体の調子にもっと気を配らないと』と志津恵は言ってたわ。
もちろん私も恵里佳の様子がおかしくないか、しっかり見ていようと思ってるのよ。
お昼ごはんが済んで、恵里佳がお昼寝をしているとき、志津恵がこんなことを聞いてきたわ。
「アネットさんはこの間まで魔力をどうしていたのかしら?」
『す・こ・し・ず・つ──』
私は、志津恵と恵里佳から少しだけ溢れている分をちょっとずつ貰っていたと答えたの。
「あらそうだったのね。でも、これからはちゃんと言ってくたらいいわよ」
『あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・す』
二人の魔力を分けてもらうことで、私は成長していると伝えたわ。
恵里佳が留守番しているときは、退屈しないように私が話し相手をしてるのよ。
恵里佳も私と話ができて嬉しいと言ってくれていたわ。
「これからも恵里佳のことをお願いね」
『ま・か・せ・て・く・だ・さ・い。お・ね・え・ち・ゃ・ん・み・た・い・な・も・の・で・す・か・ら』
髪型が同じになっている今は、大きさはどうであれ、私は恵里佳の姉のような存在になってきていると思ったの。
家族が増えた感じがして、志津恵も嬉しいと言ってくれていたわ。
▼▽
魔法の使い方を覚えて、恵里佳の発想は留まるところを知らないようね。
台所の高さに届かないことを知ると、自分で踏み台を作ってしまったの。
恵里佳は朝ごはんの後、志津恵と並んで食器を一緒に洗うのが好きみたいね。
昼食後はちょっと疲れてしまうためか、お昼寝の時間になっているわ。
志津恵の仕事は午前中で終わってしまうため、午後は一緒にいられるのと言ってたのね。
今は夏ですが、ここは部屋を冷やすという習慣のない世界。
志津恵は布団ですやすや眠っている恵里佳に、自作の団扇で扇いであげているわ。
私は志津恵の左肩にちょこんと座り、一緒に恵里佳を見守っているの。
日に日に成長していく恵里佳を見るのが、志津恵と私の生きがいであるようにね。
三人の間にゆっくりと時間が流れていったわ。
真夏だというのに、風が入ってくるとちょっと涼しいみたいね。
そんないつものゆったりとした午後だったわ。
▼▽
志津恵は今、自らを『シヅエ』と名乗ってますね。
志津恵には香月という苗字はあるそうですが、嫌な思い出のあるあの国では知られてしまっている苗字なので使わないようにしているらしいわ。
今住んでいるこの国、アルトワーズ王国でも、苗字を名乗っているのは貴族以上であったらしく、目立たないように苗字を名乗らないみたい。
この国にもあるかもしれない【勇者崩れ】という言葉。
元勇者、国家に属していない勇者は漏れなく【勇者崩れ】。
だからこそ元勇者の娘と言わせたくない、そういう気持ちが強かったと聞いたのね。
志津恵はなりたくて勇者になったわけではないでしょう。
【勇者崩れ】という不名誉な呼ばれ方。
絶対に恵里佳には味合わせたくない。
もし苗字を名乗らなくてはならない場合は、香月の一文字目『香る』の英訳。
『to smell sweet』から『エリカ・スイート』と名乗らせることになるだろうと言ってたわね。
『お菓子みたいで可愛いかな』と志津恵は笑ってたみたい。
実は探索者に登録した名前は『シヅエ・スイート』でこっそり登録していたらしいわ。
ただ、流石の天然志津恵も気恥ずかしくて名乗っていないみたいね。
もし恵里佳に聞かれたら『甘い』とか『心地よい』という意味なんだよ、と顔を赤らめて教えると思うわ。
▼▽
恵里佳は秋から初等学舎へ入学が決まっているみたい。
図書館で仕入れた知識の中に学舎のことが書いてあり、生活にも余裕が出てきたので通わせたいと思ったのだが、この国には伝手がなかったのね。
そこで志津恵は探索者協会へ相談に行ったの。
すると『ハーブマスターの娘さんが学校に行けないなどあってはなりません。私たち探索者協会の恥にもなってしまいます。えぇ、任せてください』そう言ってくれて、手続きはなんと協会の所長が代わりにしてくれることになったのね。
最初に登録したときとは大違いの待遇になっていて多少驚きもしたが、そこは天然な志津恵。
『こちらの所長さんは優しいのね』それだけで終わっちゃったみたい。
私に表情があったら、苦笑していたわね。
その数日後に入学許可の通知が届いたわ。
そこに書いてあったのが、後見人に探索者協会長の名前があったのには少しだけ驚いたみたい。
『これからもお仕事頑張らないといけないわね』これだけで終わってしまったのは言うまでもないわね。
「……ん。あ、ママ、おはよう」
「おはよう、恵里佳。といってもお昼寝だったんですけどね」
「あっ、そうかっ。えへへへ」
志津恵お手製の麻でできた薄い肌掛けを持ち上げながら、恵里佳はむっくりと身体を起こしたの。
私が志津恵の肩から恵里佳の肩へぴょんと飛び移ると、恵里佳の頬に頭を押し付けていたわ。
志津恵から見たら、私がが恵里佳に頬ずりでもしているかのような感じに見えたみたいね。
まさにその通り、意思表示は伝わってるのね。
「あねっとさんもおはよーっ」
『気持ちで通じ合ってる感じなのね』と志津恵は思ってくれたわ。
私を肩に乗せたまま恵里佳は布団から起きたの。
そのまま丁寧に上掛けをたたみ、布団も三つ折りにたたんだところで恵里佳は志津恵にいつも通りの。
「ママ、おねがいー」
流石に持ち上げるのはきついのでしょう、志津恵に頼んでいるのね。
「はいはい。よいしょ」
志津恵も今年二十六歳になったの。
この世界でも、一般的には実に微妙なお年頃らしいわね。
志津恵は、自分の作ったふかふかの敷布団と上掛けを一緒に持ちあげたわ。
決して重くはないのだけれど、つい口癖で出てしまうらしいわね。
身体を巡る魔力の総量が増えているせいか、体力的にはこちらの世界へ来たばかりのころより向上していると聞いたわ。
壁側にある小さな収納場所に布団を収めると、恵里佳の方を向いたのね。
「はい、おしまい」
「ママ、ありがとーっ」
志津恵は所謂教育ママではないとは言っていたのだけれど、してもらったことに対するお礼はできるようにと教えてきたため、いまの『ありがとーっ』は嬉しいのね。
「いえいえ、どういたしまして」
私や志津恵の返事には恵里佳は笑顔で応えてくれるわ。
こういう言葉と感情のキャッチボールは嬉しいものなのね。