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もう少し頑張りましょう。

 侍女の並んだ先には、ベージュのすらっとしたドレスを着こんだデリラが待っていました。

 デリラはゆっくりと歩み寄ってきたのですが、我慢できなくなって走って恵里佳に近寄ってきます。


「んまぁ。可愛いらしいっ」


 デリラは恵里佳にひしっと抱き着いてしまいました。

 いくら可愛いからって、デリラ、素に戻ってるわよ。


「デリラお姉さん、くるしいよっ。でもありがとっ」

「あ、ごめんなさい。エリカちゃん、デリラお姉ちゃんって呼んでくれてもいいのよ?」

「うんっ。デリラお姉ちゃんっ」

「ふぁああ。何でしょう。凄く嬉しいわ……」


 デリラは私たちの部屋へ来たとき志津恵に話したように、可愛らしいものが特に好きみたいです。

 自分が可愛いと思った服を大きくなったクリスハイトは、試しにでも着てくれないと。

 そんなもどかしさから、両親に『妹が欲しい』と駄々をこねたこともあったと志津恵に話していましたね。


「さぁ、エリカちゃん。お父様とお母様に紹介いたしますわ。ほらっ、クリスも早くいらっしゃいな」

「う、うん。エリカちゃん」

「なぁに?」

「すっごく可愛い」

「ありがとっ」


 恵里佳は再度褒められて、笑顔をで返事をする。

 恵里佳に『ありがと』と言われるのが嬉しいのでしょう。

 でもね、クリスハイト。

 それはさっき言ったばかりじゃないのかしら?

 もうちょっと頑張った方がいいかもしれないわね。


 デリラは恵里佳の手を引きながら、右の壁沿いの螺旋階段をゆっくりと上っていきます。

 恵里佳がつまずかないよう、細心の注意を払って一歩ずつ、一歩ずつ。

 デリラの優しさが伝わってくる気がして、恵里佳は嬉しく思っているようです。

 階段を上りきると、廊下は右に折れる感じに伸びています。

 そこは人が五、六人は余裕ですれ違えるほどの広さの通路を進んでいきました。

 ふたつほど扉を超えたあたり、デリラは一番大きな扉をノックします。

 コンコン


「お母様、お父様、デリラです。クリスがお客様を連れて戻ってきました」

「入りなさい」


 遠くから女性の声が聞こえてきます。


「はい」


 キィ

 返事と同時にこの扉も内開きに開いていきます。

 デリラが押すこともなく中から開いたので、きっと誰かが開けてくれたのでしょう。

 恵里佳がデリラについて入ると、右側に侍女が礼をしていました。

 この侍女が扉を開けてくれたのでしょうね。

 中に進むと、デリラたちの母親と思わしき女性、その横には優しそうな男性がいます。

 デリラたちの父親なのでしょうね。

 二人の前に立ち止まった恵里佳は、スカートの裾をつまんで顔を少し俯き加減にし、腰を軽く沈めました。

 

「初めまして、恵里佳・スイートと申します」

「あら、お上手ね。デリラとクリスハイトから聞いていた通り、可愛らしいお嬢さんですこと。私は二人の母でマティールと言うのよ。こっちは二人の父のデヴィット」

「マティールさん、『こっち』は酷くないですか?」

「あらそう?」

「エリカちゃん、私は父のデヴィットと言います。よろしくね」

「はい、マティールさん、デヴィッドさん。よろしくお願いします」


 恵里佳の挨拶が終わったと思った瞬間、マティールが恵里佳を抱き上げてしまいました。

 確か恵里佳との距離は十歩以上はあったはずです。

 どうやってこの距離を一気に詰めてきたのでしょう?


「ホント、可愛いわね。クリスがデレデレになるわけだわ。んーっ」


 ちゅっ

 マティールは恵里佳の左頬にキスをしてくれます。


「お母様、ちょっとやりすぎです」

「お母さん、ずるいよ。僕もエリカちゃんと遊びたいのに……」

「エリカちゃん、ゆっくりしていってくださいね」

「はいっ」


 マティールが恵里佳を下すと、恵里佳はちょっと照れたような感じになっていました。

 自分の母ではなくても、こうしてもらえると嬉しかったのです。


 マティール、デヴィッド、侍女に見送られながらデリラに手を引かれて恵里佳は部屋を出ていきます。

 そのとき恵里佳のことを言っていると思うような話が聞こえてきたので、私はちょっとだけ居残ってみました。


「可愛いわねぇ。もうひとりくらい女の子が欲しくなっちゃったわ」

「勘弁してくださいよ。マティールさん」

「でもあの子がシヅエ様の娘さんなのね。どうしてもクリスのお嫁さんに欲しいわ」

「あのですね。エリカちゃんの気持ちもあるでしょうに。いくらクリスのお気に入りといっても……」

「そうね、あとはクリスの頑張り次第ってところかしら」


 全くもってその通りですね。

 クリスハイトには、頑張ってほしいものです。

 恵里佳の一番のお気に入りのお友達なのですから。


 ▼▽


 私が恵里佳の元へ戻ると、デリラとクリスハイトの部屋へ着いたところでした。


「ここが私とクリスの部屋ですわ。狭くてごめんなさいね」

「ううん。綺麗なお部屋ですよ。あ、ここからお庭が見えるんだねっ」

「うん。エリカちゃん、あとで行ってみる?」

「うんっ。あ、デリラお姉ちゃん。これ、お母さんからです」


 恵里佳は持ってきた鞄から紙包みを取り出してデリラに渡しました。

 デリラは受け取った包みを見ると、更に笑顔になっていきます。


「ありがとう。シヅエ叔母様からですわね。開けてもよろしいかしら?」

「うん、どうぞ」


 紙で丁寧に包まれたものから出てきたのは一本のブラシでした。

 それも竹と思われる素材でできているブラシだったのです。

 先の方が丸くなっていて、頭皮を傷めないように気遣いのされている志津恵お手製のものでした。

 この国ではブラッシングという概念がないらしく、前にデリラが志津恵にしてもらったとき、驚きと共にあまりの気持ち良さでうっとりとしてしまったことがありましたね。

 こんな櫛は見たことがないと言ったところ、近いうちに作ってくれると約束していたのです。

 この国の木材には竹は使われていないらしく、わざわざ志津恵が『深き森』から採取してきたものだと聞いていました。

 それもたまにしか見つからない珍しいもの。

 デリラはブラシを胸に抱いて目を瞑り、心の中で志津恵に感謝しているようでした。

 さっそく髪に滑らせたあとに、軽く地肌をトントンと叩いてみます。

 すると、あのときの心地よい感触がよみがえってくるではありませんか。

 うっとりとした表情になっているデリラ。

 はっと我に返り、恵里佳に微笑みながらお礼を言います。


「エリカちゃん、シヅエ叔母様にありがとうと伝えてくださいね」

「はいっ。ママも喜ぶと思いますよっ」


 ▼▽


 恵里佳たちは今、クランドールの屋敷にある庭で遊んでいます。

 その庭は芝のようなものが綺麗に植えられていて、その中心に、テーブルとベンチが備え付けられていますね。

 そこにクリスハイトと並んで座って、お茶とクッキーをご馳走になり、一休みしているところでした。


「クリスハイトちゃん、冬なのに暖かいね」

「そうだね。暖かいみたいだね」


 恵里佳は青く広がった空をぼうっと見ながら、ゆっくりとした時間を過ごしていたました。

 横でクリスハイトが恵里佳に見とれていたことは、恵里佳は全く気付いていません。

 そんな二人を見ていたデリラは、ちょっとクリスハイトに少し苛立ちを感じていました。

 解りますよ、見惚れてないでもう少しお話をすればいいのにね。

 今日、姿を現していない私は、今、二人の周りをくるくると回って見守っているのでした。


 何を隠そう、恵里佳をこちらへ呼ぼうと言い出したのはデリラだったのです。

 クリスハイトが恵里佳を好意を抱いていることは、なんとなく気付いていました。

 初日にあれだけ助けてもらった上に、学舎で毎日隣の席で学んでいるのですから。

 女の子から見ても可愛らしいと思える恵里佳。

 放っておけば他の男の子がアプローチしてしまうことくらい、デリラにも解っています。


「(私ができるのはここまで。クリス、あなたは自分で頑張らないと駄目なのよ?)」


 とはいえクリスハイトも恵里佳も年を越えてやっと六歳。

 まだ焦る必要はないのでしょうけど、デリラはちょっとだけ姉として心配してしまうのです。

 デリラですら、まだ特定の男の子とお付き合いなどしていないのだから、本当は自分の方を心配するべきなのでしょうけど。

 この国の貴族の子女は、建前では自由恋愛は許されてはいないのです。

 デリラの場合、嫡男がいる家なので見合いなのでしょうけど、まだ歳が若すぎるのです。

 その代わり、選ぶ権利を与えるために親同士による勝手な許婚を設定されることもありません。

 そう、お互いが気に入らなければ断ることができるのですね。

 この国でかなりの権力を持つビルギッタが、家同士の諍いを起こさないようにということを建前に、子供たちの夢を壊さないように動いているのでしょう。

 『恋愛も許されないような国は滅びてしまえばいい』そんな彼女の言葉が残っているらしい。

 なんともロマンチストで実の逞しい公爵夫人でしょう。

 

 ▼▽


 夕方になって、恵里佳が帰る時間になってしまいます。

 デリラは今日一日、なるべくクリスハイトが恵里佳と一緒にいられるように、恵里佳に抱き着くのを我慢していました。


「エリカちゃん、また来てね」


 ちゅっ

 デリラはきゅっと恵里佳を抱いて、額にキスをする。 


「うん、デリラお姉ちゃん。大好きっ」


 ちゅっ

 恵里佳もデリラの頬にキスをしてあげました。


「ふわぁ……。幸せ……」

「むー……」


 そんな二人をクリスハイトは恨めしそうに見ていますね。

 大丈夫よ、女の子同士はノーカウントなのだから。


「それではマティールさん、デヴィッドさん。お邪魔しました」

「また来てねエリカちゃん」

「クリスと遊んでくれてありがとう、エリカちゃん」

「はいっ。また来ますね」


 マティールとデヴィッドに見送られて、恵里佳は馬車に乗り込みます。

 帰りはデリラも一緒に送っていくことになっていました。


 馬車に揺られながら、恵里佳とクリスハイトは二人並んで寄り添うようにうつらうつらと船を漕いでいます。


「二人とも今日は目いっぱい遊んだものね。クリス、頑張るのよ」


今日はここまでです。

ストックがないので最新話までとなりました。

これからもよろしくお願いしますね。

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