序章 夢幻の中で
それはたぶん、遠い昔の記憶だ。
あの時、君は僕に、
「一緒にいてくれる?」
そう不安そうな声で聞いてきた。いつも自信に溢れた君が、とても不安そうに。
それに僕は顔を上げる。
そこにいるのはとても美しい少女だ。
太陽の光を浴びて煌めく白銀の髪、透き通るような白い肌。勝ち気そうな、吊り気味の悪戯っぽい真紅の瞳。
人間とは思えないような美貌だった。
「急にどうしたの?」
「何となく。気になってさ」
少し誤魔化すような微笑みを浮かべて、君はもう一度聞いてくる。
「私と一緒にいてくれる?」
「うん、勿論だよ」
僕のその言葉に、君はさっきとは違って嬉しそうに笑う。
夕暮れの公園で笑っている君はとても綺麗で。本当に人間とは思えないほどに綺麗で。
何度も見ているはずなのに僕はその笑顔にまたみとれてしまう。
笑顔のまま君は聞いてくる。
「ねぇ、本当に一緒にいてくれる?」
「うん」
「ずっと一緒にいてくれるの?」
「うん。約束するよ」
僕は右の小指を君の前に出す。でも、君は首を横に振った。
「ううん。約束じゃあダメ。約束だったら破るかもしれないでしょ?」
「じゃあどうすればいいかな?」
困った顔で聞く僕に、君は少し悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。
「契約するのよ」
「けい、やく?」
「そう、契約。私たち二人の身体と魂を合わせて作るモノ。約束よりも強く心を縛って、身体の奥深くにまで刻まれるモノだから」
言いながら、君は僕の目の前まで近付いて、顔を覗き込む。
その細く白い手で僕の頬に触れて、指先でなぞっていく。その感触がくすぐったくて、僕は身体を強張らせた。
僕の反応に君はクスリと笑って、右手で眼を閉じさせる。
そして、
「いくよ?」
フワリと目の前で君が動いたのを感じた瞬間、唇にとても柔らかくて暖かいモノが押し当てられる。
何が起きているのか理解するのにたっぷり三秒はかかっただろう。眼を開けることなんてできなかった。強く硬く瞑っていた。
その時、不思議なことが起きた。
君の口から、僕の口に何かが伝わり、全身にそれが浸透していく。それは決していやな感じのモノではなく、むしろとても優しくて暖かい、君の体温に似た何か。
何かが僕の身体に完全に溶けきったところで、君は唐突に離れていった。眼を開くと、君の白い肌は耳まで夕日のように真っ赤だった。
「はい、私からはこれでおしまい。これが完成すれば私たちはどこまでも一緒だよ」
そういって君は微笑んでいる。僕は心臓が裂けそうな程に強く打っているのを必死に隠しながら聞いた。
「これでおしまい?」
「私からは、ね。その……」
少し恥ずかしそうに目を逸らしながら君は言った。
「あのね。この契約はお互いがその……し、しないと成立しないの。だから……」
そう言われて理解した。
つまり、だ。お互いがしないと成立しない、ということは。
しなければならないのだ。さっき彼女がしたことを、今度は僕から。
顔が、一気に熱くなった気がした。
「そ、そんな」
「え〜。何でそこで戸惑うのよ。さっきの言葉は嘘だったの?」
「違うけど、で、でも……」
「いいからその……してよ。それとも、私のこと、嫌い?」
君がまた不安そうな顔になる。
それを見て、僕は答えた。
君の不安そうな顔なんて見たくなかったから。いつも自信に溢れていて、勝ち気で、少しいじわるな君を見ていたかったから。
だから。
「……わかった」
今度は僕が君の前に立って、君が目を閉じる。
その唇は綺麗な薄桃色で、見るだけで柔らかいのがわかる。心臓がさっき以上に強く脈打っている。顔が火でも近づけられたように熱い。
顔を近付ける。
「……いくよ」
再び唇が触れた。
すると今度は僕の身体から何かが集まり、口を伝わって君の中に入っていく。
それを確認してから、唇を離した。君は眼を開いて微笑む。
「これで完成。これで私たちはいつも一緒。離れていても、どんなに時が経っても、この契約がある限り、また逢える。大好きだよ、琉衣夜」
「うん。僕も……」
大好きだよ、そう言った時。
僕の物語は始まった。




