変わらない
それからリリスとルピアは、二年と三年のクラスをざっと観察し、結論を出した。
あんな目をするのは一年生だけで、他はなんともなかった。
あの目をする原因が魔法だと仮定するならば、術者は一年生の教室のみを巡り、魔法を掛けていったということである。
となれば、もしかすると、一年生に片っ端から教室に誰か大人の人でも訪れたか聞いて回れば誰がやったのかわかるかもしれない。
しれないが、今のルピアにそれを実行する勇気はなかった。
ただでさえフィレウスはあれ以降、授業中も普段と変わらないようでいて目が笑っていないし、恐ろしくて仕方が無いのだ。
これ以上何かしたらもっとフィレウスを怒らせてしまうかも、と思うと、怖くて怖くて仕方がない。
『……あの、みつちゃん、大丈夫?』
休み時間中、フィレウスの隣に腰掛けて微動だにしないルピアを見かねて、アルテが声を掛けてみる。
すると、ルピアは周囲には聞こえないほど小さな声で呟く。
「何もしなければ、大丈夫だよね? ま、前のあれは、ダメなことを重ねたからあんなに怒られたんだし……大丈夫だよね……? ね……?」
それは、アルテへの返事、というよりはアルテの言葉を切っ掛けに零れた独り言だった。
アルテの言葉が届いているかどうかも怪しい。
ルピアの様子に、フィレウスには余程こっぴどく怒られたことがあるんだな――なんて感想では済まなくなって、アルテは少し考え込む。
フィレウスはいい人だと思っていたが、実は怒らせると悪い意味で豹変するタイプなのでは、とアルテは疑ってみた。
ただ、アルテは自分の観察眼を信用しているし、確かに目の笑っていないその表情は恐ろしくもあるけれど、ルピアが過剰に怯えているだけのようにも見えて、アルテは困った表情になる。
そして、結論が出せないまま、時間は過ぎていき――ルピアは震えながら図書室の前に立っていた。
「う、うぅ……うぅぅ……」
ルピアは呻きながら、そわそわと周囲に視線を巡らせる。
今からでも逃げられないかな、と考えているのだ。
リリスは一緒に行くと言ってくれたのだが、どうしても覚悟が決まらなくて、迷惑を掛けてしまいそうだったので先に自分で行かせてしまったから隣にはいない。
今更それを後悔しつつ、ルピアはやっぱり逃げ出してしまおうかと一歩後ろに下がる。
「おや、入ってこないのかい? 人払いは済んでいるよ」
やけに優しい声がして、ルピアの動きがぴしりと止まった。
ギギギ、とルピアはぎこちなく扉に触れ、ゆっくり、ゆっくりとそれを開く。
「し、失礼、します…………」
「よく来たね、ルピア。さぁ、ここに座って。リリスさんの隣へ」
「はい……」
震え声でルピアは返事をして、恐る恐る椅子に腰掛ける。
顔色を悪くしてルピアがフィレウスの表情を窺うと、フィレウスはじっとルピアのことを見つめていた。
何を考えているのかわからなくて、ルピアは不安でぎゅっとリリスと手を繋ぐ。
「……コホン。ルピア?」
「は、はいっ! な、なんでしょうか……?」
「随分怯えているようだけれど……昔ほどは、叱らないよ?」
「……本当ですか……?」
「本当に決まっているだろう……あれはそもそも、ただでさえ高い木に登って降りれなくなって叱っていたのに、公爵閣下が屋敷に帰ってきて窓から外に出たり、挙句に顔から転んだりしたから……」
「あーあー!? わーわーわー!! わ、若気の至りです! 今の私はもっとおしとやかです! リリスさんの前ですよ、私のイメージを崩さないでくださいぃ……!?」
「静かにして。もうそんなものは崩れているんだから、気にする必要はないよ」
「うぅ……!?」
ルピアが呻きながら隣に腰掛けるリリスを見た。
そんなことないですよね、と言いたげな表情に、リリスは苦笑いして目を逸らす。
目を逸らされて、ルピアはショックを受けたような表情になった。
「……コホン……そうではなくて。ルピア、私は君の調査を咎めるつもりはないんだよ。私に隠していたことには、少々の不満はあるけれど……私の立場と性格を鑑みれば、わからない話ではないからね。私が言いたいのは……ルピア。調査は構わないけれど、君は自分の危険をあまりにも考えていなさすぎる、ということだよ。君は私の婚約者で、申し訳ないことに……王族に関わる様々なトラブルに巻き込まれる立場だ。そんな君が、自分自身で、あまりに積極的に調査を行うのは……狙ってくださいと言っているようなものだよ」
真剣な表情で言われて、ルピアはさっと背筋を正した。
フィレウスの言葉は、尤もだ。
至極真っ当な意見で、きっと従うべきなのだろうとも思う。
だがルピアは、ゆるゆると首を横に振った。
「ご心配ありがとうございます、フィレウス様。あなたの言っていることは正しいと……そう思います」
「……ルピア」
「だけど……ごめんなさい。やめろと言うのであれば、それには応えられません」
「……理由は?」
「あくまで仮説の段階ですが……クラスメイトのみなさんがあんな風になるのは、闇魔法のせいかもしれないんです。それなら、光魔法を扱える私なら、みなさんに掛けられた魔法を解いてあげられるでしょう。齧った程度の知識しかありませんが……でも、魔法の継続時間から見るに、相手は恐らくある程度の適性……才能があります。なら、それをどうにかできるのは私です! 私だけなんです……!」
「……そうか」
ルピアの必死とも言える言葉に、フィレウスが返したのはそれだけだった。
やっぱり怒らせてしまっただろうか、とルピアは俯く。
ところがフィレウスは、堪えきれなくなったかのように軽く吹き出した。
「全く……君は昔から変わらないね。知りもしない人だろうと、放っておけないのか」
「……ごめんなさい」
「いや、いいよ。全く頑固なんだから……そうなった君は止められない。ただ……一つ約束してくれ。危ないと思ったらすぐに調査を中断し、私に相談してほしい。そうしてくれさえしたら、私の護衛に伝え、調査をさせよう。自分の立場は……君も、よく理解しているはずだ」
「……わかりました、フィレウス様。……隠していて……ごめんなさい……」
「いや、いいよ。私も……心配で仕方がなくてね。少し、雰囲気が怖かったかもしれない。申し訳ない」
「ほ、本当ですよ……! 凄く……! 怖かったんですからね……!! 全くもう、リリスさんまで巻き込んで!」
「すまない。リリスさんに関しては……私がルピアと二人きりになると、またあの噂が加速すると思ってね。どうせ調査をするなら丁度いいと思ったから……すまない」
リリスに用事があるわけでもないのに、話に巻き込んでしまったのでフィレウスは申し訳なさそうに謝罪を口にした。
それにリリスはゆるゆると首を横に振り、微笑んでみせる。
「お気になさらないでください。ルピアさんの可愛いところも、知ることができましたから」
「……あぁ!? 忘れてください!! 忘れてー!」
悲鳴を上げて何度も忘れるように言うルピアを、リリスはくすくすと笑って受け流した。




