伝言とわかったこと
――『ルピアさん。あんな視線を向けてしまい、本当に申し訳ございませんでした。あの才能に驚いてしまって……でも、それでも、あなたがただの心優しい人だと知っていたのに、友人になろうとしてくれたのに、あんな視線を向けるべきではありませんでした。直接の謝罪ができず、申し訳ございません。ですが、ルピアさんに負担を掛けたくなく……後日、また直接謝らせてください。今日はしっかり休んでくださいね。才能なんて関係無しに、私はちゃんと、あなたの友達になりたいんです。元気になったら、どうかやり直させてください』
それは、リリスの気持ちがたくさん詰まった、長い伝言だった。
例えフィレウスの口から語られたものであっても、リリスの気持ちがとても、とても伝わってくる。
「……リリスさん……」
「彼女は……いい人だね。私相手に、きっととても緊張しただろうに……直接行くと負担になってしまうかと、私に相談しに来たんだ」
「ああ……それで、フィレウス様が伝言を……ありがとうございます。覚えるの、大変だったでしょう?」
「ふふ……彼女も、全部言い終わってからそれに思い至ったらしくてね。慌てて要約して伝えてくれればいいと言っていたよ。まぁ、全て覚えて伝えたけれど」
「……ありがとうございます……相変わらず、凄い記憶力ですね」
「あはは……昔から、覚えることが多かったからね。覚えるのは得意だよ。それに、伝言を提案したのは私だから。全て伝えなければ失礼というものだよ」
フィレウスはそう言って笑うと、優しい表情でルピアを見た。
ルピアは随分と表情が緩んでいて、リラックスしていることが伝わってくる。
強張った表情でも、公爵令嬢としての引き締まった表情でもない。
フィレウスにもあまり見せることのない、〝ルピア〟の表情。
「うん……元気になったみたいで良かった。明日は、どうしようか。迎えに行ってもいいけれど……ルピアは、どうしたい?」
「……少しだけ、怖い気持ちはあります。でも……大丈夫です。きっと……待っていてくれると思うので。フィレウス様は、教室で挨拶をしてくださると嬉しいです。それだけで、安心できますから」
「わかった。では、そうしよう。明日は教室で待っている。でも、もし辛くなったら、先生に声を掛けて私を呼んでくれ。すぐに迎えに行くから」
「はい。お気遣いありがとうございます、その時はお言葉に甘えますね」
「ああ。じゃあ……私は、この辺りで失礼するよ。あまりルピアを無理させたくないからね……しっかり休んでくれ」
はい、とルピアは頷き、去っていくフィレウスを見送った。
ゆっくりと扉を閉め、ルピアはそっとベッドに腰掛ける。
「……ねぇ、アルちゃん。私がお話してる間、黙ってなくてもいいんだよ?」
『……』
「……あれ? アルちゃーん?」
『……え、あっ……うん、き、聞いてるよ。うん……聞いてる……』
「聞いてなかったでしょ〜。私が話してる間黙ってなくても大丈夫だよって話。……どうかしたの?」
アルテがぼーっとしているのは珍しいので、ルピアは不思議そうに訊ねた。
すると、アルテは黙り込んで、喋らなくなってしまう。
ルピアが困った顔をしていると、アルテはようやくその重い口を開いた。
『わかったことが、ある』
「わかったこと……? なぁに?」
『リリス、さん……あの人は、いい人。……いい人、だけど……わたしは、わたしの判断を信じてる。あの人は、なんだか変……確か、大商人の娘って言ってた……よね? もしかしたら、本人じゃなくて……元々居た環境に、何かがあるのかも……』
「環境……じゃあ今、アルちゃんはリリスさんのことは疑ってなくて……でも、何かがあるって確信してる……アルちゃんは、自分の勘に自信があるんだね」
『勘……勘じゃ、ないよ。わたしのは……んー……観察、かも……?』
自信無さげにアルテが言うと、ルピアは首を傾げた。
ルピアがよくわかっていないのを感じ取って、アルテは悩みながら説明する。
『暗殺は……バレちゃ、ダメだから。直感なんて曖昧なものを、信用して行動はできないの。師匠は……直感は、行き詰まったときの最終手段。そこまで追い詰められるまでは、きちんと周囲を観察して、調査して、行動するべきだ……って、言ってた。わたしが未熟なせいで、詳細はわからないけど……でも、リリスさんが何か……おかしいのは、絶対なの……』
「おかしい、かぁ……どうしてそう思ったの? 観察の結果なのはわかったけど、ほら……様子がおかしいとか、そういうの」
『……入学式の、時……ええと……少しだけ、目の焦点が、合ってなかった。なんだか……うーん。えっと……みつちゃんには、伝わらないかもしれないけど……幻覚を見てるとき、みたいな……』
アルテはそう言うと、再び黙って考え込んだ。
様子がおかしかったのは間違いないが、リリスはあれ以降、そういった様子を見せていないのだ。
きっとルピアも、一度話したあとならばあの目に気付けたことだろう。
だがルピアが一度も指摘していないことからもわかる通り、彼女があんな目をしていたのは一度だけだ。
だからこそ、アルテは環境の方を疑ったのだ。
もし環境が原因だったのなら、そこから離れたことであんな目をしなくなったのだと考えられる。
だが、気掛かりは――
『先生さんも、同じ……ううん、もっと……深い目を、してた……』
「先生も……? ……じゃあ、環境じゃないのかなぁ……?」
『一つ疑うなら、その……ま、麻薬……とか。失礼だけど……大商人さんなら、裏の顔としてそういうものを売ってることもあるよ。……でも……情報が、少なすぎる。心配だけど、このままじゃ絶対に結論は出せない……うぅ、何もわかってないのに話しちゃった……ごめんなさい……』
「ううん、話してくれた意味はあるよ。前にも、アルちゃんになんかおかしいとは言われてたけど……私、軽く受け止めちゃってた。なんとか解決できたらいいんだけど……」
『でも、今話すことじゃなかった……みつちゃん……』
「大丈夫だよ、大丈夫だから……」
落ち込んでいるアルテに大丈夫だと声をかけ続け、ルピアはしょうがないなぁと言わんばかりに小さく笑った。




