青春9%『恋なんだ』
「ところでさくらちゃん、あなたはハルキのことどう思ってるの?」
「!?」
なんの前触れもなく単刀直入に息子のについて初対面の女の子から聞き出す母。この人にはデリカシーというものが無いのだろう。
「か、母さん⋯⋯」
「えっと⋯⋯え、あ、あえ⋯⋯」
予想通り木下がテンパってしまった。家に来てから数十分しか経たないが、一体どれだけ木下がパニックになっただろうか。
「なぁーんでも話していいのよぉー! うちの息子は世界一のイケメンなんだっからぁぁん」
「おいおい母さんや。この世で一番のイケメンといえば、俺なんじゃないのかい?」
「そうよねー!!!! 私が惚れた世界一の男よぉ!!」
本日三回目のハグ。見つめ合う二人はまるで奇跡的に出会った織姫と彦星のようである。立花にはもう、突っ込む気力もなかった。
「⋯⋯なぁ父さん、母さん。イチャついてるとこ悪いんだけど今日は大事な話があるから帰ってきたんだ」
「なーにー? そんな改まって気持ちが悪いこと」
実の母親に気持ちが悪いと言われる息子の身にもなって欲しいところだが。
「⋯⋯俺、木下の家に住むことになったんだけど」
ついに言った。とは言っても本当は木下に言わせようかななんて心の中で思ってたが、流れで言ってしまった。
「うん。いいわよ」
「え!?」
母の非常にあっさりとした返答にいち早く声を上げたのは当然のことだが木下であった。
立花としては大体予想がついていたことだったが、こうあっさり言われると何だか怖い。
「⋯⋯ほ、本当にいいんですか?」
「さくらちゃん。いいも何もね、すごくいいの」
一瞬立花はこの親は一体何を言っているんだろうと思ったが、元々が元々なので口を閉じておいた。
「だって、モテなかったうちの子にもついに女の子ができるなんて⋯⋯。うぅ⋯⋯」
「いや! 付き合ってないからな!?」
立花と木下は事前に相談していたかのように同時に反論した。勘違いされては困る。
立花はふいに木下を見ると顔が真っ赤になっていた。
「⋯⋯まぁ、そんなことよりも晩御飯にしましょ。さくらちゃんも食べていくでしょ?」
「え!? いや、そんな、ご迷惑おかけするので⋯⋯」
「まぁまぁー食べていきなって」
最後の父のゴリ押しにより、木下は頷かざるを得なかった。
急な同居決定に急な晩飯。本当に木下を驚かせることばかりだ。
立花は罪悪感よりも気の毒さが勝っているのに気づき始めていた。
────晩御飯を食べたあと、木下は立花の父の車で送ってもらうことになった。最初は大丈夫ですって断っていたが、案の定、それを両親がゴリ押した。
「⋯⋯うぅ。さくらちゃぁぁん! もう会えなくなるのは寂しいわ」
母が大号泣で窓から覗いている木下の手を握りしめた。
「⋯⋯お母様、きっとまた会えます」
「そ、そうよね。⋯⋯お父さん、さくらちゃんにもしもの事があったら死んでね」
「⋯⋯急にそんなこと言わないでくれ。縁起でもない」
そう言いながら父は車のエンジンをかけ、空ぶかしをした。その音は滅茶苦茶響き、近所の人からの目線がかなり痛いのが分かる。
「じゃあ木下、明日からよろしくな」
「うん。明日の放課後待ってるね」
木下は窓を閉めながら手を振り、立花とその母ににっこりとした。
そして車は夜道に消えていった。
「⋯⋯行っちゃったわね」
「そのドラマみたいに娘とお別れするみたいな言い方やめてくれない?」
「青春っていいわね」
いつもはここで反論するはずの立花だったが、青春という言葉を聞いて、口が止まった。
結局、青春とはこういうことなのだろうか? 木下と同居することが果たして青春ということになるのだろうか?
立花は家に戻りながら考える。
その頃、立花の父の車は木下の家まであと半分という所まできていた。
「⋯⋯さくらちゃん」
「え? はい、何でしょうか?」
父が突然、木下に話しかけた。家を出てから、場所を教えることぐらいしか全く話しておらず、突然名前を呼ばれたので木下はドキッとした。
「うちのハルキをよろしく頼むよ⋯⋯」
「は、はい! そのつもりです」
そして少し間を空けて、父はゆっくりと口を開いた。
「うちの子は昔から女の子の友達が全然いなかったんだよ」
「⋯⋯え?」
「いつかハルキに大切な女の子が出来てくれればと毎日願っていてね。それでさくらちゃんを連れてきた時は本当に驚いたんだ」
大切な女の子。
自分のことを立花がどう感じているのか、どう思っているのか考えたことも無い。むしろ、自分が立花のことをどう思っているのかすらまだ分からない。
「だからさ、ハルキのあんな笑顔、初めて見たんだ」
昔はずっと孤独で遊んで勉強してきたハルキ。女の子の友達なんて全くと言っていいほど縁がなく、ずっと避けてきた。だが、中学から高校にかけて、その思いの変化が現れた。
「ずっと青春したい、青春したいって言っててさぁ。青春って何? って聞いたら黙り込んでさ」
「ハルキにとっての青春って何なのでしょうかね⋯⋯」
ハルキのとっての青春は何か?
自分にとっての青春はずっと中学時代、考えてきた木下だが、高校面接以降その考えに疑問を抱き始めていた。
「とにかく、ハルキには早く自分なりの青春を見つけて欲しい」
そして木下の家に到着した。そして────
「私、ハルキと青春します。そして、ハルキにとっての青春を一緒に見つけます」
木下は必死に、自分ではないみたいに父に言った。ぶつけた。
ハルキは自分と友達になりたいと勇気をだして言ってくれた。倒れた時に保健室まで運んでくれて、看病してくれた。そして一人で寂しい自分のために一緒に住んでやるって言ってくれた。そんなハルキを心の奥底で見ていた。
あの瞬間、出会った時から心のどこかでときめいていた。ハルキに青春を見つけて欲しい。自分なりの青春を見つけたい。この胸のドキドキ感。胸を締め付けるようなこの想いはきっと──────
恋なんだ、と。
そして父はそれに答えたかのように優しい顔でニコッとした。
「────あぁ。頼んだよ」