第542話【真のラスボス】
遠くでゼクードと黒い人型ドラゴンが、レグと有り得ない速度で戦闘をしている。
もはや人の踏み込める領域ではない。
ドレスを撃ったゼクードを殺してやりたい気分だったが、あんなところに飛び込んだら一瞬で八つ裂きにされる。
その現実がアグリスを冷静にさせた。
しかし足元で倒れていたドレスが「ゲホッ! ゴボッ! ぁ、ぁ、あ! ぐ! あァァあアああアアあ!」
突如としてドレスが全身を痙攣させた。
背中に刺さった矢が鎧を貫通してドレスの体内で破裂したらしい。
傷口からドス黒い液体が吹き出している。
なにこれ!?
ドレスの血!?
いや、違う!
ドレスの血は普通に赤い。
この黒い液体は別のものだ。
ドレスは何を撃ち込まれたの!?
「ドレス! しっかりして! ドレス!」
痙攣が止まないドレスを必死に揺さぶるアグリス。
考えてたもみればドレスがバリスタ一発で死ぬわけ無い。
そしてそれはゼクードも知っているはず。
あのゼクードがなんの考えもなしにこんなちっぽけな攻撃をしてくるはずがない。
やっぱりこの黒い液体は、なにかヤバいやつなのかも。
「ぅぅ! あ! あ! アァアあぁああああぁあああ!」
ドレスが立ち上がり、しかし顔の肉は腐り落ちて頭蓋が剥き出しになっていた。
眼球も蕩け落ち身体の肉も腐敗していく。
「ド、ドレス……そんな……」
悪夢だった。
アグリスにとって誰よりも大切な存在になっていたドレスが、どんどん腐り落ちていく。
絶句し、ドレスから思わず離れたアグリス。
しかしドレスはアグリスを向かって走り出してきた。
「ゔぁああぁあああ! がぁああぁああああぁあああ!」
「ひっ!」
ガシッと両肩を掴まれたアグリスは、慌てて噛みつこうとしてくるドレスの顔を抑えた。
「やめてドレス! やめてぇえええええ!」
ドレスは聞かない。
聞こえていない。
もはやドレスの面影すら無い。
ただアグリスの肉を頬張ろうとするゾンビと化していた。
「ドレス! お願いやめて! 戻ってよ! こんなのイヤァアアアアアアア!」
アグリスは泣きながらドレスを押し返そうとする。
凄まじい力でアグリスに噛みつこうとするドレス。
レグに助けを求めようとしたが、レグはゼクードと人型ドラゴンに苦戦している。
ドレスを振りほどくこともできず、徐々に力負けしてドレスの牙がアグリスの肩に迫る。
もうダメだ。噛まれる。
そう思った時、ドレスの力が少し緩んだ。
そして……
『あぐ、りす……さ…………ころ…………して……』
「っ!? ドレス!? 意識が!?」
「ころ……して…………あなた、を……きず…………つけ…………」
ドシュッ!
突如、ドレスの首が吹き飛んだ。
「いつまでこんなゴミと喋ってる! さっさとここから離れろと言っているだろうが!」
やったのはレグだった。
「ゼクードとあのドラゴンは手に負えん!【ブラックノヴァ】を使うからさっさと離れろ! 巻き込まれたいのか!」
……ドクン!
アグリスの胸の奥で竜の心臓が高鳴った。
ドレスを無造作に殺しておいて、あげくにゴミ扱い。
ドクン! ドクン!
「ええぃ! ボケッとするな!」
レグに引っ掴まれ投げ飛ばされた。
アグリスは草原に転げ回り、うつ向けに倒れた。
顔を上げてドレスの遺体に目をやる。
首から上がなくなったドレス。
ついに肉体は液状と化し、跡形もなく溶けてしまった。
残った彼女の骨は迫ってきたゼクードに踏まれ粉々になった。
ドクン! ドクン! ドクンドクンドクン!
ドレスをゾンビ化させ、遺骨さえ踏みにじったゼクード。
ドレスを無造作に殺してトドメを刺したレグ。
アグリスにとって最後の……たった一人の味方だったドレスを殺した。
ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン!
どいつもこいつも……
ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン!
竜の心臓がアグリスの怒りに反応し、激しく脈動する。
猛る血がアグリスの全身に巡り、その熱は臨界を超えた。
「ぁああああああああああああああああああ!」
頭が真っ白になり、全身の毛が逆立ち、叫びは草原を突き抜けた。
膨大な爆風と熱と衝撃波、紅い粒子が飛散し、それらは草木を瞬く間に焼いていく。
アグリスの周囲は五秒も待たずに火の海と化した。
それに巻き込まれたゼクードとナイトは大きく後退する。
「なんだこれ!? うわっ! 熱っ!」
『もっと下がれゼクード! 焼け死ぬぞ!』
レグと斬り合っていたせいで後退が遅れたゼクードをナイトが抱えてジャンプした。
熱の発生源であるアグリスから離れていく。
「逃がすわけないでしょ……」
低い声音でアグリスはゼクードとナイトを追撃しようと足に力を込めたが、眼の前にレグが着地してきた。
「素晴らしい! ただの母体としか見ていなかったがこれほどの力を隠していたとはな! オレとお前ならば――――」
「うるっっっせぇんだよ!!!」
怒声と共に振り抜いた紅い爪がレグを引き裂いた。
切り口が発火し瞬時に爆発した!
「ぴぎゃっ!」
気色悪い断末魔を上げて跡形もなく爆砕したレグ。
それを見たゼクードとナイトが息を呑む。
「おいおい……嘘だろ……」
『アイツを一撃か……』
アグリスの爪は紅い燐光を発しながら煌めく。
その爪を立てながら迫りくる。
「殺してやる……どいつもこいつも! どいつもこいつも! みんな! 殺してやる! 殺してやるぞ!」




