8.エンディング
「何ということを……!」
目の前で繰り広げられた惨劇を前に、そう呟くことしかできなかった。私が“魔導兵”を操作する指揮者として召喚した男の腹には、深々と凶刃が突き立てられている。血は今なお溢れ出して床にまで滴り落ちているが、指揮者はすでにこと切れてしまっていた。
凶行に及んだ金髪の女は、顔を両手で覆い泣き崩れてしまっていた。他の女たちは、その女をかばうように立ちはだかっている。その表情は、決意に満ちていた。
「……最早、治癒術師の力をもってしても手遅れだ。どうしてこのようなことを」
「魔導士様、どうかお許しを」
栗毛色の髪の女が、頭を垂れるでもなく許しを乞うてくる。しかし、それをすんなりと受け入れられるはずもない。
「約束が違う。何があっても、どういう結果に終わろうと、指揮者に危害は加えぬ。そういう取り決めであったろう」
「そうでした。でも、最初に約束を違えたのはそちら側です」
栗毛色の髪の女が、毅然とした態度で答えた。だが、その回答に合点がいかない。私が、一体いつ彼女らとの約束を反故にしたというのか。記憶を遡ってみても、矛盾は見当たらない。すべて、最初に合意したとおりではないか。
「何を言っているのか分からぬ」
「では、今一度。取り決めを確認いたしましょう」
女たちは、あくまで冷静だった。分からないのであれば分からせましょう、そう私を諭すような物言いだ。
私とて、このままでは到底納得が行かない。女たちの言い分を聞いてそれが成るかは分からないが、それでもこのまま立ち止まるよりは良いと思えた。
「――良いだろう」
先頭に立つ栗毛色の髪の女は、確かリタと言ったか。彼女は他の女たちの顔を見やり、一度だけ頷いた。なるほど、リタが代表して私と話そうということらしい。リタは胸のあたりで両手を組み合わせると、そのまま私に向けて言葉を発した。
「あの悪魔のような鬼、かの厄災に対して、私たちは魔導士様にご相談いたしました。そこで、魔導士様はこう仰られましたね。『犠牲を払う覚悟があるのならば、手段はある』と」
「ああ、その通りだ。私は君たちに“魔導兵”による悪鬼討伐、それを提案した」
遺憾ではあるが、それしかなかった。私は付与魔術を生業にする魔術師であり、魔法そのものを攻撃手段とすることは門外漢と言える。
そして、この村には剣豪や豪傑と呼べるような猛者は居を構えていない。また、領主が兵を動員して一帯を封鎖しているため、冒険者といった人種がこの地を訪れることもない。そういう身体能力に優れた戦闘の専門家がいれば、彼らに悪鬼討伐のため魔を宿した武具を与えることもできただろう。
だが、それは叶わなかった。ならば、どうするか。用意するしかない。
それが“魔導兵”を選定した理由だ。遠隔操作可能な無人の戦闘機械。それに私が用意した対悪鬼用の武器を振るわせる。これがあの時点で、最も勝算のある手段であった。
「そして、“犠牲”……それについでもご説明下さいました」
リタは組み合わせた両手を、さらに力強く握り合わせた。顔を伏せているのは、その“犠牲”とは何であるか。それを思い出しているからだろう。
それについては、私とて心が痛む。魔法というものは、万能ではない。利益を無償で受け取ることはできない。相応の対価が必要になる。わが師の秘術“魔導兵”といえど、それは例外ではない。
私の提案を受けれた彼女たちのみを非難する気はなかった。当然、提案した私にも責任の一端はある。しかし、それでも。あの時にあの状況で、“魔導兵”を上回る方策など、私は持ち合わせていなかった。
私は、息を大きく吸った。そしてゆっくり吐き出すと、リタの言葉を受けて言葉を紡いだ。
「そう、“魔導兵”を動かすには大量の魔が必要だ。そして、“魔導兵”にはあるものを魔に変換する機能が備わっている。そう君たちに伝えた」
「ええ――」
リタの声に、深い悲しみが混じり始めた。涙こそ流してはいないものの、いつそれが混じりだしてもおかしくはないだろう。無理もない。魔を生み出す「あるもの」、それが一番の問題だったのだから。
「魔導士様は……魔導士様は“生きた人間”を魔に変換する。魔に変換された人間は、その痕跡を塵一つ残さず魔になる、そう仰いました」
「そして、その人間は若ければ若いほど良い。そうあることでより多くの魔が生成されると、私は言った。そして魔の量は“魔導兵”の戦闘能力に直結するのだと」
「はい……そして、最も、相応しいのは……」
か細い声は、やがて泣き声に塗り潰された。私とて、感情がない訳ではない。それを彼女の口から聞くことは、心が握りつぶされる思いがする。答えがわかっていてなお、目から溢れ出るものを止めることはできなかった。
「――私たちの子供。特に赤子である、と」
気が付けば、他の女たちも皆、嗚咽を洩らしていた。
そう、これが“魔導兵”最大の禁忌だ。
“魔導兵”は、その術式の中に生身の人間が組み込まれている。それも、起動する“魔導兵”がまともな戦闘能力を有するためには、人間の赤子が必須となる。師の記録に曰く、大人では起動時間も短く、動きも緩慢。戦いにおいても一般の兵士程度の戦力であるらしく、人外の化け物と対峙するには心もとない。悪鬼を打ち滅ぼすためには、赤子の犠牲と引き換えに得られる莫大な量の魔が必要だったのだ。
すべての説明を聞いたうえで、私の提案を女たちは持ち帰り、村中を巻き込んで議論が起こった。賛成派と反対派とに分かれ討論は日夜続いたが、至った結論は合理的かつ非人道的と言えるものだった。
すべての村人が悪鬼の生贄となり果てるよりも、少数の犠牲をもって討伐を成すべし、と。
「公平を期すべく、くじ引きで赤子を選定した。そう聞いている」
「はい。三人目はジョアンナの息子ラッド。二人目は私、リタの息子ジェイク。そして一人目が――」
「私の娘、シルヴィアよ……」
リタの言葉を継いだのは、指揮者を凶刃で屠った金髪の女性だった。記憶に違いがなければ、アマンダという名だったはずだ。未だ床に座り込んだまま、声から悲しみも消え去ってはいない。
「……魔導士様、こう言いましたよね」
震えながらも、芯の通った調子でアマンダが語り掛けてくる。その口調は詰問というべきだろうか。私と彼女らとの間に行われた取り交わし。齟齬があるとすれば、その核心は近いように思えた。
「『君たちの赤子の命は“魔導兵”となり悪鬼を打ち倒す』と……そうでしたよね?」
「確かに、そう言った」
今思えば、慰めの言葉にもなっていない。ただ、それでも自らの赤子の命を差し出すことになった母親の心情を鑑みれば、何か言わずにはいられなったのだ。
「そして、それはその通りになった。君たち三人の赤子の命で、悪鬼は打ち倒されたではないか――」
「違う! そうじゃない!」
私の言葉を聞き終わるより早く、アマンダは立ち上がり叫びをあげた。否定の意思と憤怒に満ちたそれは、私を強く非難するかのようだ。両手をそれぞれ硬く握り、私に対する敵意を隠そうともしない。やはり、ここか。
「ジェイクとラッドは、確かに鎧の兵士になって戦った……うん、村のために戦ってくれた。それは間違いないわ。でも、でも……」
再び、アマンダはこみ上げる涙を堪えることが出来なかった。涙は頬を伝い、顎先から床にぽたりぽたりと垂れていく。床に広がるのは、彼女の涙と指揮者の血。前者は、“魔導兵”起動の際、私のローブを濡らしたものでもあった。
「シルヴィアは! シルヴィアは……! 戦うことすらできなかった! この、異世界から来たとかいう男の……練習台になって死んだんだ!」
アマンダの感情が、爆発していた。そして、それは私も危惧したことだ。
今、彼女にどんな説明をしたところで、聞く耳を持ちはしないだろう。アマンダの娘シルヴィアの命を引き換えに起動した“魔導兵”は、確かに指揮者の要望に沿って彼の操作練習に費やされた。しかし、その犠牲があったからこそ、次いで犠牲となったジェイク、ラッドの命で悪鬼を討つことができたのだ。決して、シルヴィアは無駄死になどしていない。
だが、子を失った母親に、それが理解できるだろうか。きっと、アマンダも理屈では分かっているに違いない。だが、腹を痛めて産んだ子を、愛情を注ぎ今日まで育ててきた我が子を、事情が何であれ失う――魔となり亡骸も残らない。文字通り失ってしまった――ことに感情がついてこないのだろう。
そして、その相違が膨れ上がり、あのような惨劇を生む結果となってしまった。きっと、他の女性たちもアマンダを止めることはできなかった。むしろ、アマンダを手助けしたい。そう思ったに違いない。
「最初に約束を破ったのは魔導士様! なら、私だけ約束を守る道理はない! そうでしょう!?」
「……すべて、私のせいだ」
全身から、力が抜ける思いがした。
アマンダが凶刃を手に取ったのも、指揮者がその刃の前に命を落としたのも、すべて私の無能が原因ではないか。
指揮者に“魔導兵”の原理を教えてしまえば、きっと尻込みしてまとも戦えなくなる。そう勝手に判断し、指揮者に一切の細事を伝えなかった。結果、彼は“魔導兵”の存在を軽んじてしまい、練習が必要だと言い出すに至った。
そして、そもそも“魔導兵”以外の解決策を示すことができていれば、こんな事態を招くこともなかった。無策であるがゆえに、師の秘術にすがってしまった。無能であるがゆえに、悪鬼と直接対峙することができなかった。攻撃魔法が不得手とはいえ、得意とする付与魔術を駆使して悪鬼に立ち向かう知恵と勇気が、私にはなかったのだ。
私は、ただの臆病者だ。
ややあって、母親たちは誰からともなく我が家から去っていった。
アマンダは私にもナイフを突き立てるのかと思いきや、その行為には及ばなかった。彼女の去り際、私は聞いた。殺さないのか、私を生かしておくのか、と。その言葉に、アマンダは疲れ切った表情でこう答えた。
「――魔導士様は、この村を救った英雄ですから」
私自身が下した評価とは対極の位置にある賛辞に、心が引き裂かれる思いがした。だが、アマンダにその意図はなかっただろう。憑き物が落ちたような表情で、そのまま帰路へ着いていった。
部屋には、私と指揮者が残された。
私が異世界から召喚した、“あくしょん・げーまー”たる男。だが、彼は私が臆病であったがゆえに、その命を失った。彼に対する贖罪の機会は、与えられることはない。死は不可逆なるもの。それを覆すことは、例え神であろうが悪魔であろうが無理なことだ。
私にできることは、たった一つしかない。
身体に刺さったナイフを引き抜き、その遺体を床に横たえた。苦悶に満ちた貌を安らかなるものへ。衣服の乱れを整え、可能な限り血を拭ってやった。
「せめて、君の家族が待つであろう、彼の世界へ――」
男子大学生が下宿先で他殺体で見つかったというニュースが、一時世間を騒がせた。
ワイドショーにも大々的に取り上げられたその理由は、その部屋が完全な密室であったからだ。窓にも玄関のドアにも施錠がしっかりとなされ、何者かが立ち入った痕跡は一切見つからない。
つけっぱなしのゲーム画面、テーブルに残された食べかけのポテトチップス、飲みかけの炭酸飲料。部屋はまったく荒らされておらず、物取り目当ての犯行ではない。状況証拠と呼べるものが皆無で、まるで凶器が虚空から現れ、犯行に及んだ後に消えていった。そんな非科学的な現象でもおきない限り説明がつかない状況であったという。
彼の死亡推定時刻から、連絡が取れない息子を心配して駆けつけた母親がドアを開けて部屋に立ち入るまで、約五日間。周辺に不審な人物の徘徊もなければ、有力な目撃情報もない。
警察による捜査も難航。不審な点を多々残しながらも、男子大学生による自殺として処理された。やがて報道もされなくなると、世間は事件のことを忘れていった。
彼が異世界に召喚されていた事実など、知る由もない。
全八話、これにて完結となります。
拙作にお付き合いいただき、ありがとうございました。




