カレーの試合(9)
不定期掲載。16時ころ更新します。
わたくしが彼女の言葉を引き取るのとほぼ同時に、ヤヤの嵐のような動きがおさまった。
ゆっくりとバット上のお肉を鍋の中に投入し、静かにふたをする。
会場中が固唾を呑んで見守る中、意外に長くもない時間でヤヤは再びふたを開けた。
そうして鍋の中をじっとのぞき込むと、店主の方に顔を向け、こくり、と小さくうなずいてみせた。
店主は無言で近づくと小皿に鍋の中身をレードルですくい、ひと口含んだ。
そして傍らのヤヤをじっと見つめたあと、会場に向かって大きくうなずいてみせた。
それまで張り詰めていたスタンドの空気は徐々に解きほぐされていき、ちいさな声があちこちから漏れ、やがてそれは大歓声となってこの急ごしらえのスタジアム全体に響き渡っていく!
おもわずわたしも、体の中からこみ上げてくるなにかを感じてしまいましたわ。
やがて店主は傍らの皿にライスを盛りつけると、鍋の中から完成したカレーのルーをすくい上げ、たっぷりと注ぎかけた。
あれが……この一週間、わたくしが夢にまで見た逸品!
まだカレーというものを知らぬこの舌が味わう、初めてにして至高の体験になるであろう一皿!
おもわずゴクリと鳴ってしまうのどの音を意識しながらも努めて冷静を装い、それがわたくしのもとに運ばれてくるのを静かに待ちます。
と、あれれ……?
店主はその皿を手にとると、右側のキッチントレーラーに佇むあの女、レイコに向かって差し出した。
「な、なんだい?」
「……たしかめてくれ」
そのままその皿は給仕人の手を介して、彼女の手元に運ばれていく。
ま、仕方ありませんわね。ここであの二人にわだかまりがあっては勝負になりませんもの。まだ鍋の中身はたっぷりあるようですし、ここは主催者として大きく構えておくところ、ですわね。……お腹はすきましたけれど。
目の前におかれたその皿を彼女はしばらく見つめると、おもむろに匙を手にとり、ライスとルーをバランスよくその上にすくって、ゆっくりと口の中に運んだ。
まぶたを閉じて、なにかを探るようにわずかに眉間を険しくしながら緩やかに頬を動かす。
それは二匙、三匙と続き、一口大の肉をのせた四匙目を最後にカチャリと皿の上に置いた。
そして余韻を楽しむようにゆっくりと最後のひと口を呑み込むと、それまでへの字に結ばれていた口元を初めて緩め、店主に顔を向けた。
「……うん、あんたのだ。あんたのになってる。……まったく、よくやってくれるよ、お嬢ちゃん」
そう言う彼女の表情からは張り詰めたものがなくなっており、本来持っているだろう優しささえ垣間見えるようだ。
『カレーの娘』『火星の娘』 シリーズ化しました。
地球でカレーをご賞味の後は、ぜひ火星の旅もお楽しみください。
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