幕間 ラシードの戦い
「フランツ!!今日こそはその槍、儂が貰い受ける!!」
「いくら師の願いとは言え、聞けぬことというものもあります。譲れませぬ」
ここはガルディナ大森林北部、ゲオルグによって建築された砦、通称サグラーシ砦と呼ばれる場所。北方の言葉で「融和」を意味するその場で、ラシード・バスネルとフランツという騎士が対峙していた。
フランツは以前にヨハンと手合せをした騎士で、ゲオルグに自らの槍の改良を施して貰った男だ。その宝剣ならぬ宝槍とも言える美しさと性能の高さを両立された一品は、騎士ならば誰もが欲しがるのは火を見るより明らかなこと。ラシードもまた、その槍に魅せられ欲する者の一人だった。
「そもそも、儂が主を推挙してやった故に手に入ったもの。そなたはスタンフォード公の覚えめでたく、儂はスタンフォード公手ずから加工を施した槍を得る。これこそが正しき形だと、そうは思わぬか?」
「一理あるのやもしれませぬが、これは「私に」とスタンフォード様より賜った物。例え師であろうとも、お譲りする事は出来ませぬ」
ぐぬぬ、と悔しげなうめき声を上げるラシードであるが、実際には彼とて自分が理不尽なことを言っている自覚はある、あるのだが、それにしても憧れのドラグニルお手製の槍というのは彼にとってこの上ない魅力的な品なのだ。
いや、その性能は彼、或いは帝国、或いは大陸すべての者にとって垂涎の品であることは間違いないのだが、ラシードという男にとってはそれは貴重な品だからというだけでなく、例え性能が悪かろうとも必ず手に入れたい物である。幼い頃から幾度となく聞かされ続けた英雄譚、その登場人物、しかも必ずと言って良い程主役として現れるドラグニルが作り上げた品となれば、例えそれが槍だろうが剣だろうが、或いはただのハンカチであっても欲しただろう。
言うなれば、何十年とずっとファンだったアーティストの私物の一つが目の前に落ちているような物なのだ。それを欲さずして何がファンか、ということである。
「僅かばかりの余生しか残らぬこの身を憐れとは思わぬのか」
「殺しても死ななそうな壮健さを持ち合わせていらっしゃる方がなにを」
ラシードは今年で55歳、本来ならとっくに隠居して後進に跡目を譲り、のんびりと余生を送っていてもなんらおかしくはない歳だ。実際、彼の息子の殆どは正規軍の一隊を率いる上級将校であり、娘はほとんどが貴族に嫁入り、孫は近頃軍に入ったばかり。彼自身も、武家の名門バスネル家の二男であり、兄が爵位を継いだ為に本人は爵位を持たぬ身であったが、功績と忠勤を評価され領地を持たぬ名誉伯爵という地位を与えられており、軍を退役しても十分な収入も得られる。
にも関わらず未だ現役を続けているのは、彼がおよそ20年程前のディナントとの戦争を経験していること、そしてその際に幾度となくディナントを討ち懲らし、これを退けた名将であり、その才覚を先代皇帝から買われ常に傍で忠勤に励み、現皇帝、リュドミラからも特に厚い信頼を受けていること。そしてなにより、本人に全く引退する気がなく、「生涯最前線」を声高々に謳い、後進の育成をしつつも、常に盗賊や魔物の討伐を買って出ていることが大きい。
しかも、その歳で未だに剛腕が衰えることを知らず、若い騎士達を相手取ってもほぼ負けることもないという壮健振り、誰も引退を勧められないのだ。
だが、そんな彼をして「武勇は己に勝る」と言わせしめたのが眼前の騎士、フランツである。フランツは騎士爵の父を持ち、幼い頃から父と同じ騎士を目指し鍛錬を重ねた生粋の武人。どちらかと言えば武勇よりも采配で鳴らしたバスネル家のラシードよりも、戦うことに関しての教育は厳しかったことであろう。そしてラシードの部隊に配属され、主に魔物の討伐戦においてその武勇を発揮、ラシード直々に指導まで受け、今では軍の中でも屈指の武将にまでなったのだ。
「昨日までの儂と思うなよ。儂とて、日々成長しておるのだ」
「いえ、そもそも手合せに勝ったら譲るなどとは一言も……」
「いざ!!推して参る!!」
「聞いてない……」
こうして、この砦で恒例となりつつあるラシードとフランツの一戦が始まった。
「ぬぅ……不覚」
「そろそろご自愛下さい。今や将軍はこの国のみならず、スタンフォード様にとっても欠かせぬお方なのですから」
およそ10分後、膝を地に付け、悔しげに呻くラシードと、槍を下げ、溜め息をつきながら諭すフランツの姿がそこにあった。
「……今一度、どうにかスタンフォード公から宝槍、いや宝剣、いや兜でも鎧でも服でも良い、なにか賜れる機会が来ぬものか……」
しかしラシードの表情に諦めなどは一切なく、虎視眈々とフランツの手の中にある槍を狙っていることが伺える。それを感じ取ってか、フランツも己の槍を背に回すように持ち替えた。
「……これより、ガルディナとの本格的な交渉が始まれば、その中心として奔走し、力を尽くされれば、それを評価なさらぬ御仁とは思えませぬが」
これはフランツの本心である。ゲオルグ・スタンフォードという男は、信賞必罰の精神を持っている人物、それでいて寛容であり、短気を起こすようにも見えなかった。経験こそ不足であるように思えるが、国主としては十分な能力を持っているように見える。
実際、ゲオルグが激怒したことがあるとすれば、初めてフェリスと出会った時を除けば皆無であるし、政治においても、貴族制度を設けず、住民の代表とも言える者達による議会というものを設けているのはこの大陸ではガルディナだけである。
「ぬぅ……さりとて、その褒賞は我が国から与えられて然るべき物。それをスタンフォード公に無心するような真似は出来ぬ」
「……まぁ、それもそうですな。とは言え、スタンフォード様とて無碍にはなさらぬ筈、期待を抱くくらいは構わないのでは?」
「…………そなたがその得物を譲ればそれで済む話なのだがな」
「まだ言いますか……」
この後も、幾日かおきに槍を交えるラシードとフランツの姿が目撃されたのだが、それはガルディナ、特にゲオルグは全く預り知らぬ話である。




