接敵
「……兵の様子は?」
「疲弊しきっております。幸い、昨日は魔物の襲撃もなく、今日も今のところは平穏そのものです。閣下、ここは一度、一日二日の休息を入れるべきかと……」
「そうだな……」
ラーゲルクヴィストが辺りを見渡すと、槍を支えになんとか立っている者、地面に座り込んでしまう者、完全に倒れ込んでしまっている者など、とてもではないがこれ以上の強行軍を続けられそうにない光景が目に入ってくる。
ここまでの道のりは、ひたすらに駆けに駆けた。魔物に襲われ喰われた者も多いが、疲労から脱落し、その後どうなったかすら定かでない者の方が多い。
3000人以上いたはずの調査隊は、すでに輜重隊含めて1300程度。正直、これでは帰還すら危ぶまれる。
「もうしばらく進んだところで陣地を設営し、そこで休息としよう。魔物の姿は見当たらないが、警戒は怠るな」
「はっ、ではそのように」
警戒したところで、この様子では瞬く間に食い荒らされるだけだろうという所感は胸に秘め、部下たちに命令を伝える為に走った。
「それにしても、ここに来て急に魔物が……いや、肉食の大型の獣すら見当たらぬとは……これは、やはり何かあるか」
一人呟くラーゲルクヴィストのその声に応える者はいない。
「隊長、近衛から連絡です。ここより南南西に約2㎞地点に敵を捕捉。現在は動く様子もなく、どうやら休息を取っているようです」
「そうか、分かった、これより地上部隊もそちらへ向かい、急襲作戦の準備を行うと伝えてくれ」
「はっ」
その頃、ヨハン率いる警衛隊と、レオン率いる近衛猟兵団は、日頃培ってきた土地勘と少数の機動力を活かし敵に接近していた。彼らにとって、この安全圏と呼ばれる地域は、狩猟場として駆け回る庭のようなもの。ディナントの兵の様に、太陽の位置や星を観測せずとも、方向感覚が狂う様なこともない。空を飛べる近衛は言わずもがな。
「ジル、敵は休息何日目だと思う?」
「そうですね……安全圏に入った初日からとは考え難いですから、二日目か三日目、と言った所でしょう」
「同感だ。では、今日中に射程圏内に捉え、夜明けまで待機、様子を見て作戦を実行するか判断しよう」
「かしこまりました」
「後方では閣下が様子をご覧になっておられるはず。無様は晒すな」
「承知しております。閣下のお手を煩わせるまでもないと、実力で示して見せましょう」
今回の作戦直前、ゲオルグから「残敵掃討は俺が受け持つ」と言われた警衛隊は、彼の手を煩わせる訳にはいかないと意気込んでいる。ヨハンなどは「一人で十人狩ればいいだけだ、問題あるまい」とまで言っていた。警衛隊92名、近衛57名(リーシアはゲオルグ付なので戦力にはならないが)、合わせて149名だから、間違ってはない。
「お前らならやりかねんのが恐ろしい」
とは、ゲオルグが苦笑交じりに言った言葉だ。とは言え、逃げ出した兵ならばまだいいが、統率され撤退していく兵と言うのは追撃し辛いものだ。ゲオルグの予想では、最初の奇襲で300から500程度の損害は与えると思っているが、そうなれば流石に撤退を選ぶはずだ。ましてや、上空からドラゴニュートが、地上からは獣人が統一された装備を身に付け組織的軍事行動を行っていると知れば、その事実を王都に伝える為、何が何でも生きて帰ろうとするはず。
そうなれば、戦略的撤退を選んでも何の不思議もない。恐らく、奇襲部隊が一時後退する隙を見計らい、自軍を収拾し、纏まっての撤退行動となるはず。警衛隊はまだいいが、ドラゴニュート達は最初の奇襲からしばらくは動かせない。彼らは、飛行だけならば平均して90分以上は可能だが、魔法も併用となればその時間は極端に縮まる。飛行にも魔力を使っているのだから当たり前だ。
つまり、敵が奇襲の混乱から回復し態勢を立て直した段階で。地上部隊は一時後退、近衛も地上へ退避させ警衛隊と合流、行動を共にする為の再編が行われるはずだが、その間に敵は撤退するはずである。
撤退する敵の追撃は、戦力差からして許可出来ない。というのがゲオルグの命令である。追撃し、敵と完全な地上戦にもつれ込んだ場合、敵がこちらの兵が少数であり撃退可能と判断し転進でもされれば、いかに警衛隊が精鋭であっても被害は確実に被るはず。一人として失いたくないゲオルグが、その危険性を無視した命令などするはずもなく、最後までその命令は覆らなかった。
ヨハンは最後まで不満そうではあったが、警衛隊の人命を思っての命令であるが故に、強く反抗はできなかった。恐らく性格的にも、尊敬し忠誠を誓うゲオルグの命令に強く反対などは出来ないだろうが。
「殲滅、我らだけで出来ると思うか?」
「難しいでしょう。ですが、半数以上は減らしておきたいものです。それくらいせねば、閣下に示しがつきません」
「もっともだ。最低でも500、弱った者も確実に仕留めろ。獣も手負いが一番厄介だからな、首を刈るぞ」
「はい」
物騒な会話。しかし、これには彼らの人間に対する憎しみも加味されているが故である。恐らく、躊躇う者は少ないだろう。
普段の狩猟は、肉を斬る感触と血に慣れておく為の訓練も兼ねている。彼らにとって、獣も人間も大差はない。むしろ、何の恨みもない獣よりももしかしたら楽に斬れるかもしれない。ここにいる者達は皆、それだけの事を人間からされてきたのだ。
目をギラギラと輝かせた警衛隊員達が、積み重ねてきた恨みを晴らす時を、今か今かと待っている。中には両腰から剣を抜き、自前の砥石で念入りに研ぐ者までいる。
彼らを御すのが、ヨハンの最も重要な役目。
人間側の歴史には一切残らないであろう一戦が、人間と亜人の、虐げる者と虐げられた者の戦争が、間もなく始まる。




