帰還
帝国との和平締結の翌日、ゲオルグは緊急の議会を開いた。
予想通りこっぴどく叱られはしたものの、時間を掛けてしっかりと事情を説明し、なんとか理解を得ることが出来た。その為の労力は、恐らくリュドミラとの会談を上回るものであったが。
「では、いよいよ戦いになるのですね……」
「あぁ、ディナントについては、積極的に戦闘を回避するつもりもない」
「閣下、戦場はやはり、大森林内部と思っても?」
「構わない。ただし、あくまでもこの街の安全圏にまで侵入してきた場合に限っての話だ。魔物や肉食獣の蔓延る地域を、奴らが無事に突破出来たら、だな」
「それじゃあ、意外と戦闘にならない可能性もあるの?」
「多分にある。なにせ、この街周辺から退いた魔物、獣が大森林外部にまで移動している可能性も高い。そうやすやすとは突破できまい。だが、帝国が言うにはディナントも精兵を集めているとのことだ、楽観視はすべきではないだろう」
「でも、今までは失敗してきているんだよね?」
「それは、開拓の為の人足も多数引き連れ、その非戦闘員を守りながらの行軍だった、という理由も大きいだろう。対して今回は、戦闘要員のみでの構成だ。いや、兵糧や資材を運搬する輜重隊くらいはいるだろうが、それにしても訓練を受けた軍人が出張ってくるだろう」
「なるほど……ならば、我ら近衛は普段の哨戒ルートを維持でよろしいのでしょうか?」
「あぁ、それより外側での戦闘は、こちらにも被害が及ぶ可能性が高すぎる。到底許可できるものではない。とは言え、敵を早く発見できるに越したことはないからな、頻度を増やし、ルートについても、不審な動きを発見した場合には適宜外れる事も許可する。この戦い、近衛がいかにはやく敵を察知するかによって大きく変わる。俺の方でも、遠方まで偵察に赴くこともあるだろうが、一人でこの森の全てをカバー出来るものでもないし、そうそう頻繁にも行えないからな」
「はっ、身命を賭して索敵に努めます」
「そう気張るな。無理をして戦場に出られないともなれば、そちらの方が痛手だ。数の少なさを質で補わなければならない現状で、諸君ら近衛の離脱は認められない、それを忘れるな」
「ははっ!」
「それから、今回、もしディナントの兵との戦闘に及んだ場合、これを必ず殲滅する、一人たりとも生かして帰してはならない。もし討ち漏らしがあれば、その者は必ず我々の存在を国に伝えるだろう。そうなれば、より多くの兵が再び襲来するは必定。また、教会も何かしらの行動を起こすだろう。そうなれば、我らがまともな体制を整える間もなく襲撃が続く可能性もある」
殲滅。この言葉に、何人かが息を飲む。
初めての実戦、しかも自分達の数倍、数十倍の兵士を相手に、ただ勝つのではなく殲滅しろという。普通に考えれば有り得ない命令だが、ガルディナにおいてはこうでもしなければ後々により大きな問題となる可能性があまりにも高いのだ。
「しかし、殲滅したとして、兵が一人も帰還しなければやはり、より多くの兵で以て調査にくるのでは?」
「それはそうだろうな。だが、生かして帰し、その兵が事実を告げて即刻準備を始めるのとでは、掛かる時間が大きく変わる。その間に、帝国からの亜人の受け入れ、教育、軍の再編に戦支度と、やれるだけのことをやらねばならない」
「………これまでにない忙しさになる、ということですね」
「うわぁ……想像したくない」
「けれど、それを成さねばガルディナの未来が危うい、ということですね」
「そういう事だ。帝国がどれほどの数の亜人を集めてくれるかは分からないが、今までのように個人ではなく、国として集める以上、相応の数が予想される。そして和平により取引が開始されれば、安定した頻度での人口増加も望める。これまで以上に苦労を掛けることになるが、逆に言えば、これさえ乗り切れば、ガルディナは一気に国家としての力を付ける事が可能になる、ということだ」
ゲオルグの言葉に、その場にいた一同の表情が変わる。
亜人だけの国、その夢が、いよいよ実現可能なところにまで見えてきたのだ。色めき立つのも致し方ないことだろう。
「最初はたったの60人弱だ。いや、元を正せば、俺とフェリスの二人から、全ては始まった」
突然、昔を懐かしむような表情で、ゲオルグは語り始めた。
「ここには、何も無かった。家も、畑も、住民も……だが今はどうだ。豊かな湖からは威勢の良い声、街からは活気溢れる商店街の喧噪、鉄を打つ音、動物達の嘶き、そして……」
そこで、一度皆を見渡してから。
「こうして、言葉を交える家族が、ここにはいる」
そこまで言ってから、ゲオルグは大仰な身振りを加え、声を張り上げる。
「ここを守りたいと、もっと豊かにしたいと、そして、他のいかなる国家、種族、常識に縛られることの無い、自由な国家を築きたいと、そうは思わないか?」
久し振りの演説である。そしてその言葉は、確かにここに会する者達の瞳に輝きを与えている。
「獣人だから、エルフだから、ドワーフだから、そんな下らない理由で、幸福になることを諦めている者達が、謂れのない迫害と暴力に苦しむ者達が、日々、涙を流している者達が、幸福を追求し、健康に、暴力に怯えることもなく、笑いながら暮らしていける国。それが、その夢が、ようやく叶わんとしている…………あと少し、あと少しだ……」
拳を胸の前で握り、自らに語り掛ける様に呟くその姿は、気高いドラグニルというより、夢を追いかけるただ一人の男の様である。
「さぁ、いよいよだ。もうすぐ、世界の常識に、人間の都合のいいように作られたルールに、真向から喧嘩を売る。そして、勝利しようじゃないか。人間の決めたルール、常識に何の価値がある。ここは俺たちの国だ。ルールも常識も、俺たちが築く。そして、それを世界に示してやろう。世界に、存在を、生きた証を、強さを、刻みつけてやろうじゃないか!!」
ゲオルグの雄叫びにも似た声に、議会参加者が気炎を上げて応えた。
間もなく、ガルディナにディナントの兵が迫ろうとしたいた。




