締結
「よくわかったわ。確かに、絵空事と言うには惜しい話ね」
ゲオルグがお代わりのお茶に口をつけたあたりで、リュドミラがそう、呟くように言った。
「けれど、これは私やオリガだけでは決められない。少なくとももう何人かの家臣と話し合い、協力させなければ実現は不可能よ」
「よく分かっているさ。軍の方の選定と根回しもあるのだろう? ただ、こちらもあまり時間が無い。少なくとも、ガルディナに向けての出兵だけでも取りやめて貰わねば、落ち着いてディナントの殲滅も出来ないのでな」
「殲滅って……まぁ、貴方なら出来るんでしょうね。いいわ、その件についてはなんとかしましょう。ガルディナではなく国境に向かわせるように誘導してみるわ」
「それは重畳。念のために言っておくが、もしガルディナに貴国の軍が向かってきた場合、和平交渉は決裂と判断する」
「それはそうでしょう、私でもそう思うもの……オーリャ」
「はい」
「ラシードに、出兵の目安を二か月後にすると伝えて頂戴。もしかしたら、目的を変更する可能性も高いとね。あれは優秀な男だから、今頃一か月後を目安に兵を酷使している頃でしょう」
「そうですね、使い潰される前に止めておきましょう」
何気に酷い会話なような気がしなくもないゲオルグだったが、そこに触れるようなことはしない。
「期日を延ばしたのは、和平に応じるつもりがある、と思っても構わないのか?」
「えぇ、正直に言えば、この国では亜人の需要というのはあまりないの。数こそ多いけど、そのほとんどは野良ね。多くは殺処分されるけど、それにしたって死体の処理とかは面倒だと思う者も少なくないから……気分を悪くしたらごめんなさい。でも、それが現実なの」
「いや、構わない。それにしても、俺が言うのもなんだが、野放しにして治安に影響はないのか?」
「そこは耳の痛い話ね。実際、主や商人から捨てられた亜人の多くは、国内で窃盗や暴行を働いてその場で兵に処分されることも少なくないの。でも、ほとんどは捨てられた段階で生きていけなくなってしまうものだけど。中には、そういう者達が集まって集落を築くこともあるみたいね。これに関しては現状では見て見ぬフリをしているわ。商人達にとっては、いざ必要になった時にはそこから連れてくればいいと思っている者もいるし、軍に討伐なんてさせたら、国内の亜人の行動が過激になる可能性もある、とは言え保護なんてすれば教会がうるさいし、労働させようにもこの国で人が足りないのはおよそ技術職、亜人に自分の技術を教えようなんて職人もいない。八方塞り、ということね」
肩を竦めて溜め息をつく女帝に、ゲオルグは苦笑しながら答える。
「なるほど、なまじハルミット教が普及してない分、弾圧が徹底的ではないが、結果的に初動でミスを犯し、手がつけられなくなった、というところか」
「そう言われては返す言葉もないわね。でも、ようやくその問題も解決しそうな上、ガルディナの豊富な資源も手に入るかもしれない……捨てがたい話よ、本当に」
「ならば、期待して構わないか?」
「えぇ、オリガも、異論はないわよね?」
「はい、ゲオルグ様も信頼できそうですし、話に筋も通っています。それになにより、我が国からすれば失う物少なく、多くの物が手に入る絶好の機会です」
オリガの、二度に渡る率直な物言いに、ゲオルグは一度キョトンとしてから。
「クック……本当に、良い性格をしているよ、オリガは」
「お褒めに預り……」
「光栄に、などと言う上辺だけの言葉は不要だ。それにしても、貴国は失う物は少ないか、なるほど。これは、後々取立ても期待出来そうだな? リュドミラ」
「勘弁して頂戴……オーリャも、余計なことは言わなくていいわ。折角纏まりそうだったのに、後で無理難題を吹っかけられたらどうするの」
「ふふ、申し訳ございません」
「主従揃って、全く……だが、悪くはない。では、二人とも、今後とも頼むぞ。末永い付き合いになれることを祈っているよ。勿論、良い関係でな?」
「こちらこそ、とても有意義な時間だったわ。人選などに多少の時間はかかるかもしれないけれど、兵を出立させるまでにはなんとか纏めて見せるわ」
「では……」
「えぇ、両国の平和と繁栄を祈ります」
「なれば、これよりは友として」
「時には戦友として、共に立てるよう互いに努めましょう」
「……我が友リュドミラ、貴公の過ぎ去りし時、未だ来ぬ時に幸多からんことを」
「我が友ゲオルグ、貴方と貴方の夢見る国に、繁栄と平和が訪れますように」
二人は、互いに微笑みを交わすと、茶の入った器で乾杯をし、その後、固く握手を交わした。
こうして、帝国とガルディナの間に、和平が結ばれたのであった。
「オーリャ」
「はい」
「ゲオルグ殿……ドラグニルと友になるなど、まるで、自分が物語の中の英雄になった気分だ」
「…………」
「顔を突き合わせ、言葉を交え、手を握り、茶を共にした。ふふ、先代達が聞けば、腰を抜かしそうじゃない?」
「えぇ、全く」
「…………忙しくなるわね」
「そうですね。いずれ話が公になった時、そしてあのお方の夢が叶った時、大陸のどの国の誰よりも早く友誼を交わした、ともなれば、歴史に記されてもおかしくはないでしょう」
「嬉しいような、仕事が増えて悲しいような……でも、これで我が国がより豊かになる可能性が出てきたわ。もしかすれば、もっと本格的に交流が始まれば、戦でも手を貸してくれるようになるかもしれない……」
「共存共栄、と言ったところですね」
「まぁ、亜人達の国、なんて、教会は絶対に認めないでしょうけど……その辺りは、私達には何もできないわ」
「はい、ですが、ゲオルグ様ならば案外、簡単になんとかしてしまいそうな気もします」
「同感ね」
ガルディナの史書によれば、ゲオルグには友と呼べる存在が極端に少ない。国を総べる者の宿命とも言えよう。しかし、その少ない友の中には、確かに「リュドミラ」という名が入っている。そして、帝国の史書にもやはり、皇帝と友になったドラグニルとして、ゲオルグの名が残されている。




