空の奇襲
この度、KADOKAWA様より発刊予定の「コンプティーク5月号」(4月10日発売)にて、編集部おすすめコーナーに掲載していただくことになりました。
恐れ多いことです。
「冷えるな……」
ゲオルグは今、ガルディナ大森林を出てしばらく北へ進んだ地、帝国領内に足を踏み入れていた。
出てすぐの頃はそうでもなかったが、山脈を一つ越えた辺りから一気に寒くなってきた。幸いにして、寒さでどうこうなる体でもなかったが。
「まずは街を探してみるか………そこから有力者と繋がる基礎を組み立てていかないとな…」
ガルディナに置いてきた妹や部下達に対する多少の後ろめたさを持つ身としては、何の成果もなしに帰るというのは少々申し訳ない。
と言うより、以前、南の海まで逃避行した際に、ただ遊んで帰った結果、最愛の妹にしこたま叱られたのが効いているのだが。
ゲオルグは地上から風魔法で飛び立ち、空を舞う。
新たな土地に少しばかりの期待を抱きつつ。
「ふむ……そこそこデカいな…」
それからしばらく飛んだ先、ニデアの街よりもやや大きそうな街を発見した。大分北へ向かったせいか、辺りはうっすらと雪化粧をしている。
「さて……街に入るにしても、ニデアみたくと言うのもな……」
あの街の時は正面から顔を見せて力尽くで押し入ったが、この街でまたそれをして、騒ぎにならないという保証もない。以前ならいざ知らず、今は何事にも慎重を要する時期であるということは重々承知している。
「夜まで待つか……」
夜に上空から侵入することを決めた。光魔法による偽装も、視界の悪い夜ならば多少はマシになる。街に降り立つ瞬間まで誤魔化せればいいだけであるのだから。
こうして、ゲオルグは街と街道からやや離れた適当な場所に降り立ち、そこで一休みすることにしたのだった。
そして夜。
「さて、いくかね」
風魔法で飛び立ち、光魔法で光の反射を抑え、己の姿を黒色にして(姿そのものを消すようなこと、所謂、某潜入ゲームのステルス迷彩的なものは流石に難しいのだ)、街の上空へ向かう。目指すは人気のない路地裏などだ。
間もなくして、ほとんど人通りのなさそうな場所を見つけ、そこに降り立った。
「…………というか、ほとんど人がいないな」
街中に出てみても、人影は非常にまばらであった。寒さ故か、あるいは他の要因があるのか、どうにも判断がつかないが。
ただ立っていても仕方ないので、ゲオルグは再び歩き出す。目指すは大き目の商館か、有力者の家と思しき邸宅。それでいて、主が口が堅ければ文句はないのだが、そればっかりは会ってみなければ分からない。
「警備に誰何されることを考えれば、商人の方が楽ではあるんだがな……」
領主や有力者というものは、大概は領兵か私兵の警備が付いている。しかし商館ならば、客かもしれない相手をにべもなく追い払うようなこともないはずである。もし追い返されそうならば、今回は大人しく引き下がるつもりでもある。
今回はあくまで簡単な視察、フェリスへの言い訳……もとい、ここへ来た理由として最適なものであればいいのだ。少なくとも、ただ仕事に疲れて逃げただけ、などと言われない程度の成果さえ上がれば、彼女も文句は言わないはずである。不満はともかく。
「………最近はお目付け役みたいになってきたしなぁ…」
そんな小言を囁きながら歩いていると、大通り沿いに、まだ明かりの点いた大きな商館らしきものが見えてきた。看板には「カルトセフ商会」とある。
「……ここにしておくか」
まだ本格的な亜人集めの段階でもないため、いくつか回って当たりが2~3あればいい、程度の認識である。
ゲオルグはここを一か所目と決めて、早速中へ入っていった。
「成果らしい成果は、特になかったか……」
翌日、あれから数軒の商会を回ったが、どうにもよさそうなところはなかった。資金力には問題なさそうなのだが、人間性に問題有りと言うか、どうにも今一つ信用ならない気配がしたのだ。
差し出した金細工を見て、更にゲオルグの正体を知った時の卑しい笑み、卑屈な態度、あからさまなおべっかに、挙句の果てに袖の下を渡そうとしてきたり、ゲオルグの信頼するエドと比べてしまうと、どうにも劣って見えてしまうのだ。
「まぁ、あれも商人としては必要なスキルの一つなのだろうが…」
だが賄賂ばかりは頂けない。あぁも躊躇なく金貨の詰まった袋を出せるという事は、資金力があることは分かる、だがそれ以上に、あの街では賄賂で良縁が築けるという事実も存在しているのだという事も同時に理解した。
「エドのような商人がいれば、解決なんだがな…」
今は遠くのやり手商人を思い出し、一人寂しく空を飛んでいたゲオルグである。
そんなこともあり、ちょっと気分転換がてら、行きとは違う経路で帰ったゲオルグだが、それがちょっとした騒ぎを引き起こすことになるとは、この時はまだ知らなかった。
「おぉう!!」
それは、頂上の白く染まった高い山の麓、そこに広がる森の上空を飛んでいた時のことであった。
「氷の矢……?…は?ちょ…数が多いわ!!」
突如として森の中から飛来してきた氷で出来た多数の矢を、慌てて火魔法で掻き消しながら飛行するゲオルグの姿がそこにあった。
「てか、こんだけ高空まで届くとかどんだけ…まだ来るか!!」
上空300m付近を飛行するゲオルグに、的確に飛んでくるそれは、どうやら風魔法の効果も付与されているらしかった。
「魔法の精度と威力もさることながら、更には目も良いときたか……これは、人間ではないな」
そもそも魔法が苦手な人間が、こんな芸当出来る筈もない。
「おっ…と……いい加減、イライラしてきたな…」
どれだけ回避に専念しても、無尽蔵に飛んでくる氷の矢。これではキリがないと判断したゲオルグは、攻勢に打って出ることにした。
「どこの誰だか知らんが……待っておけよ……今そっちに行ってくれるわっ!!」
風魔法を解除し、久しぶりに竜化したゲオルグは、眼下の森に向かって急降下していくのだった……




