街の日常
とあるゲオルグが不在の日。
彼は「ちょっと北を見てくる」
とだけ言って行方を眩ませた。フェリスは「逃げたぁ!!」と叫んでいたようだが。
警衛隊では、ゲオルグを見かけ次第議事堂に連行してくれと要請を受けたが。
「いいではありませんか、閣下もたまにはお休みを頂いても」
「ジル、そうは言うがな、今日は農業研究会の連中と鉄工業の連中が提案があるとかで面会も申し込んでいたらしいぞ」
「まぁ…でも、なんというか閣下らしいことです」
「だな…本気で逃げられたら誰にも捕まえることなんて出来ないだろうしな、あのお方は」
「隊長も、よく鍛錬を申し込んでいると伺っていますが?」
「あぁ、そりゃあ閣下以上にお強い方は居られないしな…そういうジルも、よくお休み中のところに押しかけてご寵愛を頂いてるらしいな?」
「ごっ!……そ、そのような誤解を招く言い方は…」
「あながち間違ってもいまい。ジルも年頃だし、閣下に対する分かりやすい態度もある、周りの者も既婚者が増えてきた。皆、お前の想いは理解しているさ」
「………不敬ではあると、分かってはおります」
「……閣下ならば、案外受け入れて下さるやもしれんぞ?」
「それは皆にも言えましょう。それに、私は隊長達のように最初期からの住民でもありませんし…」
「時期など関係ない。それに、閣下とて満更でもなさそうではないか。ジルの尾をよく、殊更に褒めていらっしゃるのは皆知っている。その性格もな」
「………よく考えておきます」
「そうしろ、閣下もそろそろ、お世継ぎについて考えて頂きたいとニーナ殿やケイル殿が溢してしていたからな。それより、この巡回ルートの見直し案だが……」
これは、ジルが少しだけ、前向きになれそうなとある一コマ。
所変わって、ここは露天立ち並ぶ大通り。
「聞いた?ゲオルグ様が北へ向かわれたんだって」
「聞いた聞いた、もうこの街がこんなに大きくなって2年近いもんね」
「やっぱりまた人を集める準備に行かれたのかな?」
「そうでしょ、あと2年くらいは整備と安定化に努めるって仰ってたけど、それでも準備くらいはしとかないと」
「また忙しくなるのかなぁ…」
「仕方ないでしょ。それに、私達だってこうやって支えられてきたんだもの、私達がサボったりしてたら、ゲオルグ様に顔向けできないじゃない」
「そうだね…うん、頑張ろう」
「それよりさ、カレンのとこは今日は何を作るの?」
「お、聞いてくれましたか奥さん、うちはねぇ、旦那さんがハンバーグ食べたいってごねたもんだから、今日は奮発してお肉買いに来たんだ」
「えぇ~…いいなぁ…私は今日も白パンに野菜スープだよ…」
ちなみに、ハンバーグはゲオルグ考案、というより再現したものであり、白いパンはゲオルグが鉄工業の者らに「ふるい」を作らせた故に実現したものである。
「えっへっへ、こないだ猟に出て獲ってきた獲物が高く売れたみたいで、臨時収入だぁ~、肉だぁ~って騒いでたんだよね」
「カレンの旦那さんて警衛隊だっけか、いいなぁ、街で唯一狩猟の許可が出てるんだもんね」
「うん。でもやっぱり仕事は大変みたい。ほら、最近人が増えて喧嘩なんかも増えたし、訓練も厳しいんだって。たまにゲオルグ様が来る時なんか、帰ってからずっと座りっぱなしになっちゃてたもん」
「うへぇ……やっぱ厳しいんだ。ジル様とか、他の女性隊員の人なんかよく頑張るね」
「う~ん……こないだクレアが言ってたけど、やっぱりゲオルグ様の一番近くで働けるってのがいいみたい」
「クレアって、一番最初の頃から警衛隊から入ってる狐人族の女の人?」
「そうそう、耳が凄く良いみたいで、よく男の人達に混ざって猟に行ってるよ。それに、狐人族は尻尾がねぇ…」
「あぁ……ふわふわだもんね…」
「うん……」
そういう二人は、かたや熊人族、かたや鼠人族であり、尻尾の毛量は言わずもがな。
「まぁ、私達は私達で、耳がお好きみたいだけどね」
「うん……でも、私はこないだ結婚したから、もう触っては頂けないみたい。ちょっと惜しいけど……でも、やっぱ旦那が好きだし」
「いいなぁ……私なんかさ、こないだちょっと気になってた人が結婚しちゃって…しばらく立ち直れないかも」
「あぁ、あの羊人族のおっとりした人?」
「おっとりって……まぁ、羊人族だから否定は出来ないけど。でも彼っていつでも優しいし、怒ったり悲しんだりしてるとこ見たことないんだよね」
「そう言えばそうかも。でも、羊人族の人っていつでものんびりしてるイメージ。なのに仕事はしっかりやってるし……実は魔法とか使えるのかな」
「まさか、エルフじゃあるまいし」
こうして、女性同士の会話の話題が少しずつずれていくのは、いつの時代もあまり変わりはないのかもしれない。
「親方ぁ!!こっちの鉄鉱石はどうすんですか!!」
「馬鹿野郎一度で覚えやがれ!!製錬すっからあっちのたたら場持ってとけっつたろうが!」
「親方、警衛隊に納品する試作防具が揃いやした、馬車に積んどきます」
「馬鹿野郎まだ積むんじゃねぇ!!俺らがまだチェックしてねぇだろうが!!あぁルディ!!馬鹿野郎用もねぇのに炉に近付くなっていつも言ってんだろう死にてぇのか!!」
怒声の飛び交うここは、鉄工業の本部とも言える鉱石の製錬、精錬を行う施設。ここはその長の気性と口調が色濃く反映されているのか、いつでもこんな雰囲気である。
「親方!!大変です!!」
「今度はなんだ!!」
「今日は製鋼のための反射炉の設計と相談に、ゲオルグ様んとこに行く予定だったんですが……ゲオルグ様が姿を眩ませたと…」
「なっ…!?……ま、またか…」
ちなみに、ゲオルグはこの暑苦しい場所と男衆が、嫌いではないが苦手である。それでなくともここ最近は貨幣のことで頻繁に訪れていたが、ここ1年くらいからちょくちょく彼らの前から姿を消すことがあった。
彼らが非常に熱心で、かなり細かなことまで頻繁に相談に行ったりしていたこともあるのだが(それこそゲオルグ抜きでも進むだろう話であっても)。
「ど、どうしやす?」
「……とりあえず後回しだ。今日は警衛隊に回すもんを先に仕上げる」
「親方、市場から鍋と包丁の増産要求が来てますが…」
「あ、あと造幣局から金と銀の精錬も急いで欲しいと…」
「だぁっ!!全部一度に出来るかってんだ!!とにかく、警衛隊のが先だ!!あっちは貨幣の為に大分待たせてんだ、流石にこれ以上待たせたらゲオルグ様からお叱りを受ける!!鍋と包丁はそもそもここじゃなく鍛冶場の連中の担当だろうが!!金と銀はとりあえず今ある分でなんとかしろっつっとけ!!」
「「へ、へい!!」」
鉄工業部門、恐らく、今この街で一番忙しい連中である。しかし、不満を漏らす者は一人もいない。自分達の仕事が正当に評価され皆から必要とされるのは、この部門も例外ではないからだ。そして、誰かに必要とされること、それは、恐らく亜人に限らずとも、生き甲斐とするのに十分な理由足り得ることであろう。
「ティナ様~、網の補修終わったよ~」
「あっ、ありがとう。よかったらそれをキールのところに持って行ってくれる? まだかまだかって心配してたから」
「分かった、ティナ様、また後でね」
「うん」
ここは水産業部門の本拠地、湖に隣接するように作られた漁港。
新しい住民を受け入れた当初は、新しい人員の水練に大分苦労したようだが、半年もすれば大体が泳げるようになり、2年も経とうという今では、全員が立派な泳者だった。
ティナの温厚で優しい性格故か、ここの者達は皆、心穏やかなものである。女性も比較的多く、また仕事柄、肌が健康的な小麦色に焼けている者も多いため、ここの女性人は街でも一際人気があったりする。
「あ、ティナさん、聞いた?ゲオルグ様が逃げたらしいよ」
「……全く、ゲオルグ様ったら…」
ここ1年程、極度に忙しくなった後には、ゲオルグが逃亡するのは恒例となりつつあった。それでも、優先的にやらなければならないことはしっかりと終わらせてから行方知れずになるのは、ゲオルグらしいとも言えた。
「まぁいつもみたいに、遅くとも2、3日したら帰ってくるでしょう」
「いつだったかは南の海まで行ってたらしいね」
「うん……海って見た事ないから、ちょっと羨ましいな」
「だね。流石はドラグニルと言うか……」
「いざとなれば竜になってひとっ飛びだもんね」
「でも、私達ってゲオルグ様の竜になった姿って見てないんだよね」
「あぁ…私もないかな。フェリス様が言ってたけど、怖くて体が動かなくなっちゃうんだって」
「………あのいつだったかにやってた威圧みたいな?」
彼女らは、繊維加工業でちょっとした騒ぎがあった際に、威圧を使ってそれを鎮圧したゲオルグを見ていた。
「あれはダメだね…」
「うん……遠目に見ただけでも足が震えたもん…」
当時を思い返し、己を抱きすくめる二人。
ゲオルグがただ優しいだけの存在でなく、時としてどうしようもない、抗い様のない恐ろしい存在でもあるのだと、再認識したようだった。
たまには現場に目を当ててみたかったので書きました。
ストーリーを切る訳ではないので、幕間扱いではないです。
今回書けなかった部署も、そのうち書けたらなぁと。




