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ガルディナ王国興国記  作者: 桜木 海斗(桜朔)
第三章 国の土台と基礎固め
35/153

幕間 フェリスと言う名の少女

やや残酷な表現があります

フェリスという名を与えられた少女、彼女について語るには先ず、この世界における亜人の生まれと成長、売られるまでの一般的な流れを説明しなくてはならない。


この世界、少なくともこのノーステンシア大陸において、亜人というものは完全に家畜扱いである。違いがあるとすればそれは知能的なもので、人間は亜人を買うにあたり、その知識も査定に含む。


足りない人手を補う為に、あるいは人件費そのものを削減するために購入するのが亜人であるが、人間の指示した内容を理解できなければ仕事にならない上、複数購入した際に他の亜人と意思疎通できないのは面倒だからだ。特に売り手からすれば、より多くの知識を持っていた方が売れやすくなるため、生まれてから売り物になるまでの10年程は、言葉や将来就く可能性のある仕事に関する知識を教育するというのが主流である。


そしてその繁殖についてだが、これも本人達の意思など全く介在しない。働くには少々歳をとった雌と雄を集めては、狭い小屋に押し込めて生殖行為を無理矢理させるのが普通である。(また、これらはまだ亜人の生涯としては良い方で、本来働き盛りを過ぎた亜人、あるいは怪我や病気で使えなくなった亜人というのは、大概は殺処分されるのが常である。また、雄は最も反抗心が強くなると言われる30歳頃には殺されることも多い)。


そうやって子供ができたものから順に別の小屋に移し、子育てをさせる。


亜人の中でも獣人はよく子供を産むので繁殖させるには適しており、最も多く市場に出回る上、その情に深い性格からか、所謂望まぬ子でもあっても生まれてからは愛情をもって育てるために、人間の手間が少ないというのも理由である。(またその成長も人間よりやや早く、10歳頃には十分働けるようになるというのも大きい)。


こうして生まれたのが、後にフェリスという名の与えられる少女である。


フェリスの最も古い記憶は、藁の敷かれた木造の小さな小屋の中である。母親がいて、他にも何人かの同じくらいの子供がいる。中には、まだ乳飲み子すらいた。


総勢で6人ほどの兄弟姉妹であっただろうが、母親含め全員名前などなく、まだ何も知らずに母親の愛情を受けて育っていた。


全員が母と慕う彼女は、いつだって優しかった。言葉を丁寧に教えてくれて、農作業や動物の世話、お皿の洗い方や掃除の仕方まで、道具があれば道具で、なければ言葉と絵で懇切丁寧に説明してくれた。


特に言葉に関しては、毎日暇を見てはずっと教えてくれたように思える。決して履き違えたり失礼な言葉を使わないように、と、耳が痛くなるほど教えられた。あと、人間には逆らってはいけないのだということ。


ニンゲン、ほとんど会ったことのないそれは、時折この小屋に来ては母をどこかに連れて行く嫌なもの、程度の認識である。


そしてしばらくして帰ってくる母はいつも疲れ切った様子ですぐに寝てしまう。母以外の誰かの匂いが強くついていて、時には異臭とすら感じられた。それがなんなのかと聞こうかと思ったこともあるが、きっと聞かない方がいいんだと、自分に言い聞かせた。


だが、4~5ヵ月もすれば、それがなんなのか理解できた。母のお腹が大きくなっていたからだ。


少女には、それが自分の末路のように思えて、深く考えることを放棄した。


やがて数年が経ち、言葉を何の不自由もなく話せるようになり、体も大分成長してきた頃、見たことのない人間がやってきた。


「こちらです」


「おい、こんな貧相な雌かよ。こんなんじゃ労力になんてならねぇだろ」


「ですから、あなた方の提示された金額ではこれが精一杯です」


「だからってこれはねぇだろ!せめて雄をだな………」


「雄でしたら、これより若いのでも倍はしますよ?」


「ば………倍だと!ふざけるな!俺達にはこれでも精一杯の額……」


「ならば諦めて下さい。幸いにしてこれの親はこれに随分丁寧に自分の知る知識や経験、言葉を教えていましたから、放っておいてももう少し良い条件でも売れるのです」


「ぐっ………わかったよ!それでいい!」


「お買い上げ、ありがとうございます」


そう私達の「持ち主」が言うと、少女の手を引き連れ出そうとする。今の会話を聞いていれば分かる。私は買われたのだと。


「やだっ……お母さん!!助けてよお母さん!!」


「くっ……こいつ……大人しくしろ!!」


手を引いた男が、思いっきり頬を張ってきた、突然の痛み、それは今まで知らなかったものだった。


「やだ……やだ………お母さん……お母さん………」


その痛みに力が抜け、外へ連れ出されていく。母と呼び慕った女性は、ただ寂しげな目を向けてくるだけで、手を伸ばすどころか、声すらかけてはくれなかった。












少女が連れてこられたのは片田舎の小さな村だった。そこには一人も同族は居らず、ただ毎日のように罵声と暴力だけを浴びせられた。


最初の頃はなんとか会話したり愛想良くして機嫌を取ろうともした、だがそれは逆効果だったようで、かえって彼らを怒らせた。


「家畜の分際で生意気な口をきくな」


そう言われて殴られた。それからはただ黙って与えられた仕事をするだけの毎日だった。痩せた畑の草むしり、近くの川までの水汲み、収穫した野菜を運んだり、時たまやってくる害獣を追い回したりだ。


一生懸命働いた。それでも少女一人の労力などたかが知れている。それで村が豊かになんてなりはしない。そんな分かりきったことすら不快な様子の彼らは、やはり暴力を振るってくるのだ。


だが、自分が心を閉ざすようになってから3年くらいたったある日、その人が来た。銀髪碧眼の人ならざる人、ドラグニル。世間を知らぬ私ですら、母から何度も、お伽噺のように聞かされ知っている伝説の種族。


その人はみんなから、最初はスタンフォード様、後にゲオルグ様と呼ばれていたことから、ゲオルグ・スタンフォードという名前なのだということは分かった。


だが姿は知らない、みんなが私を会わせまいとするからだ。

一度だけ、こっそり見ようと外を覗いたのだが、それを見つかって石で全身を殴られた。耳は欠け、体中に痣が残り、何度も固い地面と石とに挟まれた尾は千切れた。


「ごめんなさいごめんんさいごめんなさい………」


全身を襲う痛みに耐えきれず意識を手放すのに、そう時間はかからなかった。


やがて、私はただ食事を与えられ生きているだけの存在になった。


村は凄く豊かになったみたいだ。今まで週に一度くらいしか匂ってこなかった果実の匂いが、今では毎日のように漂ってくる。聞こえてきた声によると、ドラグニルの方が村に何本も植えてくれたということだった。


己の傷から漂う血と肉の腐ったような臭い、それと比べる度に惨めな思いがした。もう顔も覚えていない兄弟姉妹はどういうところに買われただろうか。あの優しかった母は、まだ生きているのだろうか。ふとそんなことまで思い、涙があふれ出してきた。


そして数日した時、絶対にしてはならないことをした。夜、人目がなくなったのを確認して、外へ出てしまったのだ。なんでそんなことをしてしまったのか、よく分らない。逃げたかったのか、あるいは、このたまたま訪れただけの村に恩恵を与えたドラグニルに助けを求めたかったのか。とにかく、外へ出たかったのだ。


そしてそれを見つけた。甘い香りの漂う果樹園だ。最後に見た時、こんなものはなかった。それだけではない。あの歪な形で痩せていた畑は綺麗に整えられ、村は土の壁で囲われ害獣を防げるようになっていた。ドラグニル一人が訪れただけでこれだけ生活が変わるのかと、なのになぜ自分だけは何も変わらないのかと思った。


気が付けば、自分の背丈より少し高い場所に生っていた果実を手に取っていた。少しくらい恩恵を分けてもらってもいいじゃないか。そんな、いつしか失ったはずの反抗心が芽生えたのだ。


結果は酷いものだった。最初に見つけた村人はまず殴った。そのあと駆けつけた者は倒れている自分の腹や背を蹴った。更に後から来た者は手に棒を持ち、それで強く殴打してきた。暴行に加わらない女や老人は罵声を浴びせてきた。


謝ることすら許されず、間断なく続く暴力。だがやがて声が響く。


「そこで何をしている!!」


それが誰の声なのか、知ることができたのは暫く後のことである。

















「起きたか?」


そんな優しい声が耳朶を叩く。


最初はそれが自分に向けられたものだと気付けなかった。それよりも、頭の下にある暖かな何かが気になった。それは、その声の主のものだった。


「ひっ!!」


とんでもないことをしてしまったと、思わず飛びのいて只管謝った。


「もういい………」


そんな声が聞こえた気がした、もしかしたら見捨てられ殺されてしまうのでは、と思った。だから謝り続けた。


「もういい……やめろ、もういいんだ」


そんな声が聞こえて、急に全身を包まれた。


「ひっ………いや!!……やぁ……」


他者に触れられる、それはここ数年では暴力を振るわれる時だけだった。それ故に、この暖かさを恐れて抵抗した。引っ掻き、噛み付き、体をよじらせた。それでもこの温もりは離れてはくれず、ただただ優しい声で語りかけてくるだけだった。


やがて、彼の声を、言葉を聞かされ続けた私は、それを受け入れた。

彼の暖かさ、それは、いつしか失った母の温もりによく似ていた。そしてその言葉はたとえ嘘でも、この綺麗に治して貰った尾と耳は真実であるから。


そして彼は言った、自由に生きていいのだと。


自由。甘美な響きではあるが、残酷さも内包した言葉。この世界で獣人が生きるのは、辛すぎる。自由に生きようにも、限りなく低い限度がある。


だが重ねて彼は言った、「友達、相棒、家族、何にだってなってやる」と。


気付けば私は、信じていいのか、と聞いてしまっていた。そして自分の欠点を挙げ連ねていた。


しかし、彼はそんなものを一蹴した。そして、私の意思を聞かせろと、そう言ってきたのだ。


「…………たいです」


自分でもなんと言ったか聞き取れないほどの声、それでも、口から出てきた、出すことのできた、自分の意思。


「聞こえん」


「………生きたいです」


それは生物として最低限の欲求。


「それだけか?」


「貴方と一緒に……生きたいです」


それは、思わず口をついた、確かな欲望。


「声が小さい」


「貴方と!!私の何もかもを救ってくれた、与えてくれた貴方と!!一緒に行きたい!!生きたい!!どこまでも一緒に!……一緒に…………」


一緒に生きる相手が欲しい。対等に接してくれる相手が欲しい。気軽に話相手になってくれる、甘えられる家族が欲しい。


「ん、よく言えたな」


そう言って彼は………兄は、私を、私の中に生まれた願いごと、優しく包み込んでくれたのだった。


この日、私はきっと、人生で二度目の産声をあげたのだと思う。





こうして、フェリスとなった少女は、兄となったゲオルグと共に怒涛の歴史を駆け抜けることとなる。


後年、ガルディナ王国内でこの場面は多くの舞台や本に取り上げられ、最も感動的にして幻想的なシーンの一つとして、多くの人々に愛されることとなるのだが、それはまだ、本人達の預り知らぬことである。

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