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ガルディナ王国興国記  作者: 桜木 海斗(桜朔)
第三章 国の土台と基礎固め
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説教と長い夜

あの後、レイモンドから数年後の亜人集めの協力の受諾と、多数の医学関係の書物を受け取ったゲオルグは、ホクホク顔でフェリスの待つ宿の部屋に戻って来ていた。


「いやぁ、実に話の分かる御仁だったな。手土産までくれるのだから気前がいい」


「………なんでだろう、会ったこともない人に初めて同情したよ」


この世界に置ける本とは高級品であり、一般人はまず持つことはない。まして、医学関係の分厚い物数冊ともなれば、それこそ貴族や地方領主などでもなければ手に入らないものだ。それを5冊ばかりも無償でくれる、なんてことは有り得ない。


間違いなく、ろくでもない方法で手にいれたのであろうことは想像に難くない。


「なに、こういった知識は広まってこそのもの、誰かが懐に抱え込むのはよろしくないのでは?、と、優しく諭しただけだよ」


「兄さんの優しくって、私たち相手と人間相手では全然違うじゃない」


ゲオルグは人間相手には割りと容赦がないことは、この世界ではフェリスのみが知るところである。


「ふふ、なに、ちょっとばかりお転婆な娘が居てな、俺にちょっかいを出してきたから軽く撫でてやったら、そのお礼の意味も兼ねて、と、快く差し出してくれたぞ?」


「………なんでだろう、撫でるって言葉が物騒に聞こえてくるから不思議」


あの時、無謀にもゲオルグに攻撃したアンナの事を詫びてくるレイモンドから、半ば無理矢理要求して手に入れたのだと言うことは、ゲオルグとレイモンドだけが(以下略


「いや、実際には触れてもないんだがな………」


「何したの!?」


ゲオルグが触れずに誰かを倒すとしたら、魔法か威圧かのどちらかである。ともすれば、ゲオルグの魔法に耐えられる人間なんて居るわけもなく、もしそっちであればそのお転婆娘とやらはもうこの世にいないであろう。


「こ、殺してはないぞ?、ちゃんと五体満足だし、ちょっとばかり威圧し過ぎて医務室に運ばれただけで………」


「な……なにやってるのよ、もう………」


フェリスに嫌われぬよう言葉を選ぶゲオルグに、呆れた様子で溜め息をつく。


端から見れば、虎人族の少女がドラグニルに信じられない口調で話し、尚且つ、逆に気を使わせているという有り得ない光景だが、この二人に関してはこれが正しい在り方である。


世界にたった二人の家族となったあの日から


「全く………兄さん、兄さんは少し、自重というものを学ぶべきです」


「そ、そうは言うがな、より有利な条件で人間と交渉しようと思ったらだな………」


「い・い・で・す・か?、そもそも兄さんが人間と交渉して不利になることなんて無いんです。それなのにわざわざそんな脅しみたいな真似して………」


「脅しとはなんだ脅しとは、これも交渉術の一つでだな………」


「ご託は結構です、兎に角、少しは反省と成長を見せるべきです。どうしてあの街ではあんなに優しいのに………」


形勢不利を悟ったゲオルグは、しばらく黙ってフェリスの説教を受け入れたのだった。











「では、もう寝ましょう。明日はちゃんと私に合わせてくださいね」


「あぁ、分かってるさ。可愛い妹の頼みだからな」


「か……もう、そうやってからかって………じゃあ、お休みなさい」


「あぁ、お休み」


その後、怒れる妹様をなんとか宥めて今に至る。明日は用事を作らず一日フェリスとデートするという約束をさせられた(家族との行動をデートと呼んで良いのかは疑問だが)。


予定通りなら明後日には400人もの亜人が集められ、その対応に追われることになるだろうから、実質的にはこの街でゆっくり過ごせる最後の一日だ。


<まぁ。元よりフェリスの為に使うつもりだったんだがな>


先に布団に入ったフェリスをそっと窺う。寝付きが良いこの妹は、すでに穏やかな寝息を立てていた。


<大事な大事な俺の妹、俺の家族、俺の帰る場所。この何の身寄りもない世界での、唯一の寄り辺>


この世界に来たあの日、己のあらゆるものを失ったあの日、天城繁久という人物を構成していた全てを欠落させたあの日、そして、ゲオルグとなり独り生きると決めたあの日。


獣人に会いたいと願った、酷い現実に出会った、しかして、この家族を得た、共に描く夢も抱いた、そして気付けば、家族はもっと増えていた。守るべき者も場所も出来た。


今となっては、きっと、元の世界に帰れるとしても帰りはしないだろう。


そんなことが出来るほど薄情にはなれないし、あまりにも強い繋がりを持ちすぎた。


あれだけのことをして、多くの者に己の理想と夢を説き、それに付いてきてくれるという多くの人々を裏切るような真似が、出来るわけがない。


なにより、この可愛い妹を、捨てるような真似が出来るわけがない。


それが、繁久ニンゲンとしての想いなのかゲオルグとしての想いなのかは分からないが、今ここにいるのは間違いなくゲオルグであり、この先もそうである限り変わらないだろう。


<果たして誰が何の為に、なんて考えるのはもう馬鹿らしいことだな。俺は、俺と俺を信じてくれる者のためにこの世界で生きればいい>


いつしかゲオルグの頭の中に響いた誰かの声、意志、あれから一度も聞いていないが、もう聞こえる必要もあるまい、というのが本音だ。誰かの言いなりに生きるなんて真っ平だ。


<世界を変える………か、我ながら馬鹿げた夢だが、もう止まれはしない、止まる訳にはいかない、それが俺の生きる意味足り得る限り………>


横になりそんな思考をしている内に、微睡みの中に落ちていく。


まだ夜は長い。だがしかし、ゲオルグ達の目指す未来は、それよりも遥か彼方の長き時間の先にある、今は焦る必要はないと、自分に言い聞かせながら眠りにつくゲオルグだった。

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