恫喝>交渉
「………ふむ、まぁ今回は交渉に来ただけだ、とりあえず、その命は預かっておこう」
そう言って威圧を解くと、目の前の二人は今までろくに出来なかった分を取り戻すように呼吸する。全身には玉のような汗が浮かび、仕立ての良い服がやや湿っているのが見てとれた。
「さて、本題に入りたいのだが、構わないか?」
ゲオルグは、手近な椅子に座り足と腕を組んだ。
「は………はい……」
ようやく息の整い始めたレイモンドがなんとかもたれていた椅子に座りそう返した。アンナの方は、威圧を直接向けられた為か極度の緊張状態となり、今は過呼吸気味になっている。
「し……失礼ですが、この者を医官の元へ送りたいのですが………」
「………脆弱なことだ。構わん、そこに置いておいても煩くて敵わんだけだろう」
「あ………ありがとうございます。誰かあるか!!」
レイモンドがそう叫ぶと、待機していたらしい衛兵が部屋に入ってきて、アンナの元へ駆け寄った。そしてそのまま担ぐように連れ去り、再び部屋を後にする。恐らくは医務室辺りに向かったのだろう。
<そう言えば………医者か。それに関する物は買ってなかったな………しかし、それも街には必須になるだろうし、なんとかせねばな>
この世界の医術と言えば、様々な薬草を煎じた薬による療法が中心で、あとはヒルに血を吸わせたり灸を据えてみたりというくらいだが、無いよりはマシなはずである。
「それでその………本題と言うのは……」
「ん?………そうだな、簡潔に言えば、ゴルトベルク商会には手出し無用、亜人集めを邪魔してくれるな、と言うことだ」
「そ……それは一体……」
「なぜ、などと言う質問は受け付けん。この要求を飲めるのか飲めないのか、それだけ答えろ」
「む、無論飲みます!!飲みますとも!!………ただ、教会連中の方までは………」
「何か理由付けをせねば止めようにも止められない、か」
「はい………」
<つくづく厄介の種だな>
ハルミット教、信者も多く、下手に手を出せば権力者でもその地位を追い落とされる。それ故に多くの貴族や領主は、不干渉、あるいは入信して上手くやり過ごすものだ。
「………そうだな、とある貴族、いや領主でも大商人でもなんでもいい、それらが、魔の森と呼ばれるガルディナ大森林の開拓を目指し、その先駆けとして亜人を使うつもりだ、という理由では弱いか?」
「それは………確かに使えなくはないでしょうが、その者の名を聞かれては………」
「それもそうか………全く、面倒なことこの上ない……」
ゲオルグが憎々しい表情を浮かべながら唸るように言うと、レイモンドは怯えるように聞いてくる。
「その………もしや亜人を集めていらっしゃるのは貴方様で………?」
「………あぁそうだ。少しやりたいことがあってな」
「で、でしたら、貴方様が直接教会に赴かれれば、奴らとて………」
「それはない、なぜ俺がそんなものに関わらねばならない、今でさえ、こんな状況となり些か気分が悪いと言うのに、それに、奴らのことだ、どうせ俺と出会えば、それすら自分らの権威拡大に使いかねん。人間を無闇に害するのは好まぬが、人間に使われることは我慢ならん」
「……………………」
その言葉に何も返せないレイモンド。そう、教会はそういう事を平気でやる。貴族が来れば、貴族が我らの支持を表明しただの、領主が来れば、その領地での活動が許されただの、まして王族が来れば、王家に認められたなどとすら言う。その王家ですら頭を下げるようなドラグニルが教会を訪れたともなれば、それを使わぬ奴らではない。たとえどれだけゲオルグが釘を刺したところで、奴らは不特定多数の集団、完全に遮断すること自体無理がある。
「………いっそ、滅ぼしてしまった方が……」
「っ!?やります!!先の案で何とかやらせていただきますので!!どうかお怒りをお納め下さい!!」
急に表情を暗くしてそう囁いたゲオルグに、レイモンドが慌ててそう言う。この街の教会が信者もろとも滅ぼされたともなれば、その責任は必ず領主であるレイモンドに帰結するに違いないからだ。
「ん?……出来るのか?」
「はい!!………そうですね、辺境伯辺りの募った開拓団の商人達が集っている、とでも言っておきましょう。それを確かめるまでは手出し無用と、確かめるのに10日程は掛かる、とでも言っておけば、時間稼ぎくらいならば………」
「十分だ、流石にエドが優秀と評するだけのことはある、ではそれで頼むぞ?」
「は……ははは…………えぇ、承りました」
乾いた笑いを浮かべるレイモンド。今回の一件、ゴルトベルク商会に問い質すべきかと思案していたのだが、それも一蹴された形だ。なんせ、商会の会長が、目の前のドラグニルが愛称で呼ぶ程度には親しいともなれば、明らかにこちらが被る被害の方が大きそうである。
「これで、今回の目的は果たされた、実に有意義な時間であったよ」
「そう言って頂けますと………」
「うむ。あぁそれと、一つ聞きたいのだが………」
「な、なんでございましょう?」
「お主の名でならば、この街にどれだけの亜人が集められる?」
その楽しそうな表情を浮かべながらの質問に、自分はとんでもないことに関わってしまったのだと、心から思い知ったレイモンドだった。




