絶対強者
「こちらで領主様がお待ちでございます」
衛兵に案内され館へ入ってしばらく歩き、やたらと豪奢な扉の前でそう言われた。
「ほう………もう待っているか。てっきり待たされるかと思っていたのだが」
「ま……まさか、貴方様のようなお方を待たせるようなことは……」
「まぁ良い、それより入って構わないのか?」
「はっ」
ゲオルグが確認すると、衛兵は短く返事をしてから扉に近づいた。
「グレフェンベルグ様、お客人をお連れ致しました」
と、外から言うと、中からくぐもった声で「お通しせよ」と声が返り、それに礼をしてから衛兵が扉を開けた。
「どうぞお入り下さい」
「ん、案内ご苦労、それから先の件、重ね重ね頼むぞ。俺とて無闇に血は流したくないのでな」
「い……い、委細、承知致しております」
「ならば良い。後は寿命を全う出来るよう、神と同僚に願っておけ」
そう言ってから通された部屋に入ると、そこには中年のやや細身で顔色の悪い男と、赤毛の目付きの鋭い女がいた。
「ふむ………そう言えば性別は確認してこなかったが、どちらが領主だ?」
背後で扉が閉められたのを感じ取りながら、相手が何か声を発する前に発言をした。名前は知っているし、どう考えても男名なのだから疑問に思うわけもない。ただこれは、相手が発言を促す前に言葉を発し、こちらのペースを築くためのものである。ついでに言えば、これは無礼な行為であり挑発的な意味合いも強いが。
案の定、護衛か副官のようなものかは知らないが、女の鋭い目付きがより鋭くなったのを感じた訳だが。
「わ……私がここの領主、レイモンド・クルーウェル・グレフェンベルグでございます。なにとぞお気軽にレイモンドとお呼び下さい。こちらは私の抱える魔法士のアンナ、北部でも名うての魔法士で、鬼火のアンナ、などと呼ばれておりまして、普段は補佐官をさせております」
レイモンドの紹介に、目付きを険しくしたまま軽く一礼をするだけの女。
<人間の魔法士か、初めて見るな、異名からして火魔法が得意なのだろうが………脅威たり得ないだろう>
元来、人間は魔法適性が高くない。エルフのように風や水に特化するとかでなく、満遍なく適性の低いのが人間だ。故に、希に適性のある人間がいても、本人が自覚することもなく魔法を使わぬまま一生を終えることも多いようで、この目の前の魔法士は適性と運は確かにあるのだろう。
だが、適正があっても、その適性にあった魔法を十分習熟するのに10年、ゲオルグのようにカンストレベルの威力や精度を出そうと思えば30年から40年かかるのが人間である(それでも詠唱などは必要だが)。そして目の前の魔法士は精々20代後半、とてもじゃないが、ゲオルグに対し傷の一つも付けられない程度であろう。
「ほう、その年で名うての魔法士か、大したものだ……が、今回そんな木っ端には用はない。話があるのはお主だ、レイモンド」
ゲオルグの完全な挑発に、レイモンドは表情が凍りつき、アンナは耳まで赤くして激昂を露にした。
これが人間の魔法士の欠点でもある。魔法を扱える貴重な人材として常に周りから持て囃され、若くしても出世街道は間違いなく、傲慢にして尊大、自尊心が人一倍強く、貶されれば簡単に逆上することが多い。
「き………貴様、言わせておけば…………」
「よ、止さないかアンナ!!お前如きの敵う相手ではない!!」
「お館様!!どうせ騙りに決まっております!幻術使いか何かでしょう!!すぐに私が暴いてご覧に入れます!!」
幻術使い、いつだったか叩きのめした盗賊も同じように反応したが、そんな魔法はない。姿を誤魔化すことは光魔法を使えば出来ないことはないが、それはあくまで遠目には誤魔化せる程度、近づけば歪んでいたり霞んでいたりと、無理矢理光を屈折させているが故の不自然さに直ぐにバレる。事実、ゲオルグも以前、姿を消してみたりフェリスを人間の容姿にしてみたりと、実は一度試しているのだが、ゲオルグですら完璧には出来なかったのだから、人間なら推して知るべし、と言ったところだ。
幻術使いとはつまり、現代日本で言う「狸に化かされている」と近い表現だ。受け入れがたい現象を前に現実の直視を止めた結果、とも言える。
「止せ!!」
「炎よ、猛き力を以て荒れ狂う風となり眼前の敵を討ち懲らしめよ!!」
アンナの手から放たれた、人よりも大きな炎の塊が、床や天井を焦がしながらゲオルグに迫る。しかし、それは正しく目標に当たることなく、その直前に綺麗に消え去った。
「なっ!?」
「………人間の魔法士とやらがどの程度か見てみようと詠唱まで待ってやったというのに、この程度とはな」
火が消えたその先には、魔力の奔流の名残で吹いた風に露となった髪を靡かせながら、平然と佇むゲオルグの姿があった。
「しかも、更に腹立たしいのは、その程度の能力で私に牙を向けたことだ。愚かな小娘、貴様に一つ聞こう、死に様はどんな風がいい?」
そこまで言ってから、スキル「竜王の威圧」を発動すると、レイモンドは悲鳴すら上げられずに近くにあった椅子にもたれるように崩れ落ち、アンナはと言えば。
「ひっ!?……や………いやぁ………た、助け…助けて……」
その圧倒的な力と威圧を前に目を逸らすことも出来ず、命乞いをしながら尻餅をつき後ずさる。
「地上にありながら溺死するか?目に見えぬ風の刃に全身を切り刻まれたいか?あるいは地中に埋まり緩やかに窒息してみるか?体の先から少しずつ焼かれたいか?さぁ選り取り見取だ、好きに選べ」
今回は、徹底した暴君となりきる所存のゲオルグである。
教会よりもゲオルグを選びたいと、選ばなければならないと、心底から思わせて裏切ることすら考え付かぬくらいにやっておかねば、この先安心して獣人達を集めることも出来ない。これから、また何度かこの街で獣人らを集める時に、教会がちょっかいを出す度にこいつらと交渉しなければならない、などと言うのは願い下げである。
ついでに、領主の名で上手く獣人を集めさせることも出来るのではないか、という打算もない訳ではないが。
「ど……どうか、どうかお許しを…お許しを……二度と致しませんし、何でも言うことを聞きます………ですからどうか………」
「命は……い、命だけは………ご容赦を…なにとぞ、なにとぞ………」
文字通り必死になって命乞いと助命嘆願をしてくる二人に、内心では深い溜め息を、表面上では残酷な笑みを浮かべて、これからどう話を持っていくか、思案しているゲオルグだった。




