三国の思惑
先日、誤って書き途中の物を公開してしまいました。
真に申し訳ございません。
ここはフリュンゲル王国の王城、謁見の間。そこには、多数のフリュンゲル王家の家臣に囲まれながら、国王と対面する帝国の使者の姿があった。
「では、軍の撤退は有り得ない、と?」
「いかにも。此度の戦、確かに先に侵略を開始したディナントにも非はあろうよ。しかし、侵略されるような口実を与えたのは貴国であろう? それに、さしたる損害もなしにそれを撃退しているともいう。にも関わらず逆侵攻とは、些かディナントが不憫と思える」
「不憫など……我が国は難癖としか言いようのない口実を盾にされた上、その難癖を理由に侵攻されたのです。その上、引き上げたとは言え和睦どころか停戦の使者もなし。事ここに至っては、不当にその生活を脅かされた帝国臣民の義憤晴らすべく彼の国に対し我らが攻勢に出る事、その正当性はご理解頂けると思いますが」
「勿論分かっているとも。だがな? 我々とて好き好んで貴国との戦端を開こうと思っている訳ではない。しかし、教会がうるさくてな、わざわざ高位の司祭を送ってくる程だ。奴らを無視していては国内が荒れかねん。僅かばかりの兵を形だけ送ったところで同様であろう。止むを得んのだ」
「しかし――」
「これ以上は平行線であろう。もはや我が国の決断が覆ることはない……それこそ、ドラグニルでも来れば話は別だがね」
「……」
「帝国の使者がお帰りになる。案内せよ」
国王のその言葉を最後に、使者は両脇を兵士に固められ、成す術もなくその場を後にすることになった。
その使者は後にこう語っている。
「あの御方のお力を知る身としては、なんとも愚かにしか思えない。尤も、立場が逆であったならば、陛下も同じような判断をした可能性もあると思うと、何ともゾッとしない話だが」
フリュンゲル王国国王、クラウス・コンラディン・アロイス・フリュンゲルのこの判断は、王侯貴族として、大きく間違っているとは言えない。だが、それはあくまで相手がゲオルグでなければ、ということだ。
ゲオルグという、人ならざる力を持つ男を交渉の場に引き出し、自国の利益の為に利用しようと考えた彼を責める事が出来る人間は、少なくともまだフリュンゲルにはいなかったのだ。
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「成る程、にべもなし、ということか」
「まぁね。正直、同情するわよ。あぁ勿論あなたや使者となった者でなく、フリュンゲルの国王に、よ」
「どういう意味だ、それは」
「文字通りよ。貴方のことだから、ロクな事は考えていないでしょう?」
「人をならず者のように扱うな」
「当たらずも遠からず、と思っているのだけれど?」
「……正直、悩みどころではある」
そこは、最早ゲオルグにとっては勝手知ったるラスヴィエートの帝城の一室。最近、彼は正面から訪れる分には誰にも誰何どころか制止すら受けることがない。無論、リュドミラが不在であればそれを理由に引き止められるであろうが、基本的に彼女はこの城から遠出するようなことはほとんどなく、更に言えば最近はゲオルグがこうして不定期に訪れる為、出来るだけ城を長く開けないようにしていることもあり、彼が訪れた時に彼女に会えなかったことは今のところは一度もない。
閑話休題
兎も角、彼が再びこうしてここを訪れたのは、先のフリュンゲルの戦線への介入を知り、その現状をより詳しく聞くためである。彼にとっては僥倖な事に、丁度フリュンゲルへと赴いた使者が戻ってきてすぐのことである。その速さから察するに、使者本人でなく、結果を知らせる書簡か何かを先に早馬でも使って届けたのであろう。
「……どういうことかしら」
「俺が乗り込んで、奴らを撤退させること、それ自体はそう難しくはないだろう。勿論、今後一切の交流を断絶するつもりでいけばな。だが、俺の一声でフリュンゲルが撤退すれば、リュドミラに随分と大きな貸しになるとは思わないか?」
「……分かってるわよ。けれど、貴方がその気なら、私にそれを止める術もないわ」
「だからこそ、悩む」
ゲオルグが悩む理由、それこそが、「大き過ぎる貸し」を作ることにある。以前、「ラシード始め帝国の将兵の出鼻を挫いたフリュンゲル軍を、彼らが一矢報いることもなく撤退させては彼らの立つ瀬がない」などと話していたが、それはほんの一端に過ぎない。
国を相手に「大き過ぎる貸し」、それも、相手が望んだ訳でもないそれを作ることを、ゲオルグは躊躇っていた。彼の基本的な外交理念は「相手が返しきれる程度の貸しならばいくらでも作る」である。それも、返しやすい、早く言えば金品或いは新住民など、比較的簡単に揃えやすいもので、だ。
だが、一国の軍隊を無血で撤退させるとなると、それは戦果にしてはあまりにも大きく、自国の将兵であれば領地や陞爵、あるいは叙勲に加えて褒賞金で報いることになるであろう。だが、それを他国の元首がやったともなると、前例がない為にどのような例が妥当か皆目見当がつかない。
これがただの人間、他国の貴族等であれば、礼として金銀宝石に加え、帝国内における身分の保証として帝国の爵位を与えるという方法もあったであろう。だが相手はドラグニルであり、爵位なんぞ何の役にも立たない。というより、ドラグニルにしてガルディナの元首という時点で既にその身分は確立されており、ましてや、ガルディナでは貴族制度そのものがない。更に、元首に対し帝国が爵位を与えたとなると、属国として見なしていると思われる可能性が非常に高い。
特に、ゲオルグに対し絶対的な忠誠を誓っている正規軍や近衛のドラゴニュートがどのような反応を示すか、リュドミラからすれば恐ろしいことこの上ない。
では一体どのような謝礼ならば妥当と言えるのか、皆目見当がつかない、というのがリュドミラの本音であろう。相応の財を贈る、というのが最も簡単ではあるが、そもそもそれらを多数保有するガルディナに対する謝礼としては些か不足に思える。では多数の亜人と食糧を無償で提供するというのも良いだろう。戦時下でなければ、だが。
軍を動員し糧食を常に消耗し続けている現状で、亜人の輸送の為の兵力と糧食をどう都合するのか、そして、こんな情勢下でそんな真似をして国内から反発が出ない訳もない。では何らかの形で戦線が膠着、或いは戦争自体が集結した後であればどうか。これも簡単ではない。出兵に参加した諸貴族への報奨、或いは遺族への保障、そして疲弊するであろう国庫の財源、食糧の充填など、戦後処理というものが待っているからだ。
つまるところ、ゲオルグが出張ってフリュンゲルの軍を撤退させる、という事態は帝国としては必ずしも歓迎出来るものではない、ということだ。
「返せもしない貸しを作るのは、いたずらに敵を増やすだけだろう。俺に対する反発勢力が生まれることは避けたい。とは言え、万に一つでも帝国に敗北されるようなことがあっても困る。ディナントが勢いづくようなことになっては目も当てられん」
「そうね……確かに、敗けるくらいならば貴方に貸しを作ってでもフリュンゲルを撤退させて貰える方が助かるのは事実だけれど、生憎と我が国とてそう易々と敗北するつもりもないわ。むしろ、一部では両国を纏めて叩く好機と捉えている者もいるくらいよ?」
「成る程、頼もしいな。なれば、俺も先の一件は控えよう……であれど、何もしないというのも、友好国として申し訳が立たぬ。援軍の派遣くらいは、検討しよう」
援軍の派遣、その言葉に、リュドミラの眉を顰めた。
「援軍……先の一戦でも派遣した、あの?」
「あぁ。ドラゴニュートで編成された近衛、獣人主体の正規軍、その混成部隊だな」
「……彼らの勇躍振りは耳にしているわ。また派遣するとなれば、今回は規模も大きくするのでしょう。けれど、今回の一戦にはラシードも居るとは言え、必ずしもガルディナ人に対し好意的な者ばかりではないわよ」
リュドミラが眉を顰めた理由はそれだった。これまで、ゲオルグ、そしてガルディナの正規軍に顔を会わせてきたのはラシードやその部下、そしてラシードの息子の率いる部隊など、比較的ガルディナ人に対し隔意の少ない者達だった。無論、前回の取引に際し同道してきた貴族連中も、内心はどうあれそれを表に出さない程度に教養と理性のある者達である。
だが現在の対ディナント戦線に赴いている者達は、確かにラシードの部下も多いが、それ以上に貴族の私兵も多い。そして私兵の多くは農民上がりの一市民。日頃ガルディナ人、もとい彼らが亜人と呼ぶ者達の犯罪行為に辟易としている者も少ないはないだろう。
それ故の懸念であった。
「勿論、承知の上だ。むしろ、今後の事を考えれば、陣中でもめ事を起こす要因は排除すべきだろうよ。だが、同じ敵に共同で立ち向かい勝利を収めることが出来れば、或いはその距離感を一層早く縮めることが出来るやもしれん」
「それはそうでしょうけど……」
「なに、俺とて邪魔をしたい訳ではない。ただ、友好国としての面目と、そして俺なりの打算があってのこと、というだけのことだ。まぁ、街に戻り議会にかけねばならんことではあるが、恐らくこちらの議会は承認するだろう。なにせ、敵がディナントとなれば、な」
「…………」
腕を組み目を伏せて、リュドミラは考える。
ゲオルグがフリュンゲルに乗り込み国王を恫喝し、軍を撤退させた場合。
ガルディナ軍が派遣され、戦線に投入された場合。
ガルディナが一切の不干渉を決め込み、独力で二か国の連合軍を相手取らなければならない場合。
いくつかのケースとそれぞれのメリット、デメリットを天秤にかけ、どれが最も帝国にとってが利があるか、それを検討する。
ガルディナの議会で援軍の派兵が承認されたのは、それからおよそ一週間後のことである。




